記 憶
一匹の黒猫が俺の足元に近付いてきた。
そして俺を見上げこの瞳をじっと見つめる。
『貴方は何も覚えていないのですか?』
分かるはずのないその言葉。
しかしその心の声は俺の中に響いてくる。
そっとその黒猫に手を差し伸べ瞳を見つめ問うてみた。
「いったい何を……」
『私の名はエンジェル、神に仕えるもの。
そして貴方は私たち猫の王』
真っ直ぐに向けられた瞳は逸らされる事無くそう呟く。
『貴方は恋をした…人間の男に。
王である貴方が人間の男に恋をするなど以ての外。
神は怒り、貴方を猫の世界から追放した。
貴方が愛した男と同じ人間の姿に変え、猫であった記憶を消し、愛した男の記憶も全て消し去った。
この世界で愛しいその男を見つけてみろとばかりに……。
それが神の下した貴方への罰』
一言一言かみ締めながらエンジェルは話し続けた。
『神は貴方を試されたのです、貴方の恋が真であるか……。
しかし貴方はちゃんと彼を見つけた。
この(猫)の世界を捨ててまで求めたもの、貴方の彼に対する想いは真であった。
そして今、恋をし彼と共に幸せに暮らしている。
………今日は神から貴方への伝言を預かって参りました』
今思えば、俺はずっと何かを探していたような気がする。
肩肘を張り、世の中の全てに背を向け否定して……。
心を固く閉ざしながら、それでもこの伸ばした指の先に触れる温もりを探していた。
それが何なのか分からないまま香藤と出会い、恋に落ちた。
しかしこれは偶然ではなかった。
あの日、俺が求めたもの。
俺が恋焦がれ求めたその手、微笑み。
あの日の記憶が甦る。
香藤の優しい瞳が愛しむように俺を見る。
大きく温かな手が俺を抱き上げ、そして頬に落とされる甘いくちづけ。
俺はずっと恋をしていたんだ。
ずっと……ずっと前から。
……香藤洋二という男に。
『二人の幸せを祈っている……そう仰っていました』
神からの伝言を伝え、安心したようにエンジェルが微笑んだ。
捜し求めていた愛しい人に出逢えた喜びと、それを認められた喜び。
「あぁ……俺はやっと神からの許しを得たんだな……」
言葉にならない想いが胸の奥から込み上げ頬を伝った。
おわり
瑠璃さま
Uploaded (anew) 12 October 2014
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