弓様 1

Dare you touch my baby




■このお話は■

『春を抱いていた』ドラマCD6のジャケットイラストに果てしなく妄想を煽られた不治の春抱き病患者ふたりが、勢いに任せて書き散らしたものです。あの美しいイラストへの冒涜だ!とお思いになる方は、読まないほうが賢明でしょう(笑)。
それ以外のみなさまは、あの岩城さんと香藤くんのとんでもないツーショットを脳裏に浮かべながら、にまにまと読んでいただければ幸いです。






その日、スタジオは朝から異様な興奮に包まれていた。
一月ほど前から撮影の始まった、俳優・香藤洋二の久しぶりの写真集。
30歳になった香藤の「大人の男」としての魅力を最大限に引き出す、というコンセプトの大型プロジェクトだった。
撮影は、よほど気乗りしないと人物を撮らないことで知られる天才フォト・アーティスト、浅尾セイジ。
海外暮らしが長く日本での仕事が限られているため、業界ではすでに伝説のカメラマンと言われていた。



今日は、その写真集『SEXY BEAST』の中で唯一のゲストモデルとの撮影日。
「香藤洋二のあらゆる表情を捉えたい。」
「そのためには、絶対に必要な一枚のはずだ。」
そう主張する浅尾の強い希望で実現した、スペシャル・コラボショットだった。



静かにドアが開き、俳優の岩城京介が姿を現した。
薄暗いスタジオの片隅が、ぱあっと日が差したように明るくなる。
黙って軽く会釈する長身の男に、その場にいた者すべての視線が集中した。
とにかく目を引く、端正な美貌。
いっそそっけないくらいの立ち姿だが、背筋がピンと伸びて美しい。
洗いざらしの細身のヴィンテージジーンズ。
無造作にはおった黒いシルクのシャツから、ほの白い鎖骨が見え隠れしていた。
すらりとした指先に、手首に、撮影用の銀のジュエリーが鈍く輝く。
普段かっちりしたスーツの印象の強い岩城からは想像もつかない、荒削りの色香。
どう見ても男らしい魅力を発散しているのに、どこかにあやうい気だるさをも感じさせる。
スタッフの誰かが、ゴクリとのどを鳴らした。



「岩城京介ってさあ・・・あんなキケンな雰囲気だったっけ。」
ため息とともに、ひそひそ声が聞こえた。
「さあ。・・・この仕事、何度も断ったんだって?」
「浅尾セイジが直談判して、やっとのことで承諾を得たって。」
「そりゃそうでしょ。香藤洋二の添え物なんて、ねえ。」
「うーん、そんなことが理由じゃないと思うけどなあ・・・」
「じゃあ、何?」
「・・・亭主と共演すりゃ、それだけで話題になる人だからねえ。あざとく稼いでるって思われるのが、いやなんじゃないの。」
「そうかもねえ・・・それにしても。」
訳知り顔が、こっそり笑った。
「・・・どっちが亭主なんだか。なんだか牡の顔、してるよ?」



緊張感をはらんだ岩城の顔つきに、スタジオはしんと静まり返ったままだった。
そのとき。
廊下からバタバタと足音がした。
「遅れて、ごめん!」
飛び込んで来た美丈夫に、スタッフが一斉に声をかけた。
「やっとご登場ですかあ。」
「おはようございまーす、香藤さん。」
「まだ浅尾の大将来てないから、余裕っすよー。」
明るい挨拶が飛び交い、スタジオが活気を取り戻す。
香藤洋二はまっすぐに、岩城に駆け寄った。
「岩城さん!」
「・・・ああ。」
岩城が目を細めて、軽く頷いた。
香藤はすでに、撮影用の白いタイトジーンズ姿だった。
上半身には、いかにも自前と知れる派手な柄のセーター。
素肌にそのまま着ているのか、流れるような筋肉のしなやかな動きが見てとれた。
「ごめんね、遅刻しちゃって。朝イチのインタビューがなかなか終わらなくって。せっかくゲストで来てくれてる岩城さんを待たせるなんて・・・」
ふと、香藤が言葉を止めた。
眉間にしわを寄せて黙り込んだ香藤に、岩城がそっと声をかけた。
「どうした?」
深い吐息をついて、香藤がやっと口を開く。
「・・・脱ぐんだよね、そのシャツ。」
「ああ。昨夜おまえも、絵コンテを見ただろう。」
「うん・・・」
そうなんだけど、と言いよどんで。
香藤は岩城の腰に腕を回した。
「おい、香藤・・・」
とっさに岩城が身をよじったが、香藤はそれを難なく封じ込めた。
岩城と香藤が何年も連れ添った『夫婦』であることなど、芸能界に知らない者はいないが。
それでも、仕事場でそれをあからさまに匂わせることは珍しい。
岩城の細腰に絡みつく、香藤の太い腕。
スタジオ内がざわり、とどよめいた。



周囲の好奇の視線をものともせずに。
岩城のつややかな黒髪を鼻先で掻き分けて、香藤は岩城の耳元にささやいた。
「岩城さんの腰、ヤバすぎ・・・」
香藤の唇が、かすかに岩城の頬をかすめた。
「上半身脱ぐのはしょうがないけど。このジーンズ、何とかならない?」
ヒップハンガーのベルト通しに指を引っかけて、香藤が小声で言った。
「何とかって・・・」
岩城がくつくつと笑った。
「これはこういうデザインなんだ。」
「・・・それは、わかるけど。」
口を尖らせた香藤に、岩城が呆れたように言った。
「ばか。何を心配してるんだ。」
しなやかな指先が、香藤の褐色の髪の毛をかきあげた。
ゆっくり、愛おしむように。
きらめく漆黒の瞳が、包み込むように、香藤だけを見つめていた。
岩城の細い指が香藤の頬をすべって、鼻先をツン、とつつく。
流れるような一連の動作。
スタジオのどよめきが、さらに大きくなった。
無遠慮な視線が、寄り添う二人を舐めるように見ていた。
それにようやく気づいた岩城は、苦笑しながら、香藤の抱擁から逃げ出した。
「あん・・・岩城さん。」
「もう時間だろう。」
香藤の制止を振り切って。
岩城はシャツを脱ぎ捨て、すたすたとセットに近づいた。



「待ってよ、岩城さん。」
「じゃ、お願いします。」
追いかける香藤に続いて、カメラマンの浅尾がセットの中に入ってきた。
床に座る二人に、浅尾がレクチャーを始めた。
「岩城君はここに腹ばいになって。気持ち、左側を少し上げる感じで。」
「はい。」
「香藤君は、そこに同じように寝そべって、左側を下にして右肘をついて上体を上げて。出来るだけ、くっついて。」
「はい。左手は腰、でしたね?」
「うん。絵コンテ、見てくれたんだよね?」
「はい。見ました。」
岩城が指示通りに身体を横たえ、香藤もそれに倣った。
「じゃ、いくよ。」
浅尾が撮影位置まで下がり、カメラのファインダーを覗き込んだ。
「岩城君、左手で右肩、抱えるようにして。そう!いいね!」
シャッターを切る音が続いた。
何気なく香藤は浅尾の後に居並ぶスタッフ達に目を向けた。
男たちが、それぞれに頬を染めているのに気付いて、ふと、その視線の先の岩城を見下ろした。
ジーンズから腰の括れが見え、その先の両脚を所在無げに膝から下をあげ、両足を絡ませている。
裸の肩から背中が異様なほど滑らかで、そのラインはエロティックでさえある。
「岩城君、もう少し身体、左に上げて。」
「はい。」
「右手、自分の左腕に添える感じで。」
す、と岩城の身体が動き、指示通りの姿勢をとった。
それを香藤は何気なく眺めていて、視線を下におろした途端、ぎょっとして固まった。
岩城の胸が持ち上がっている。
どう見ても乳首が写りこんでしまうことに気づいて、香藤はひそかに舌打を漏らした。
「どうした?」
それが聞こえて、岩城は首をねじって香藤を見上げた。
「ううん。なんでもないよ。」
香藤がにっこりと笑い返すと、岩城は同じように微笑を返した。
「・・・なんか、ちょっと硬いですね、岩城さん。」
「うん。やっぱりああいうのって、やなのかもな。」
スタッフがこそこそと話している。
それにとっくに気付いていた浅尾が、カメラを下ろして岩城たちの前に膝をついてしゃがんだ。
「あの、岩城君。」
じっと浅尾は岩城を見つめた。
香藤のほうがその顔に、ドキリ、として眉をひそめた。
「ねぇ、岩城君。岩城君に来てもらったのは、香藤君の攻撃的な表情を引き出すためなんだ。男の色気、満載のね。だから、岩城君にはベッドの中から、誘うように睨む顔をして貰いたいんだよ。」
岩城は、その浅尾の真剣な顔を見つめていた。
視線を落とし、しばらく黙り込むと岩城は顔を上げた。
「わかりました。」
浅尾は頷くと、セットから出ていった。
カメラを抱えたまま、シャッターを切らずに待つ浅尾。
香藤は黙って、岩城の俯き加減の頭を、後から見つめた。
顔は見えなくとも、岩城がどんな表情をしているのか、手に取るようにわかった。

『きっと、瞳を閉じて、ちょっと悩んでる。プライバシーを、しかも、ベッドの中の顔をさらけ出さないといけない。羞恥と、浅尾さんの言葉と俺のことが、岩城さんの中でせめぎ合ってる。』

そう思いながら、香藤もじっと待った。
岩城の黒髪が、ゆらり、と動いた。
瞳を閉じたまま、床に左肘をつき上体を起こすと、岩城の手が香藤の前で肩に添えられた。
ゆっくりと岩城の瞳が開いた。
その顔つきが、まるで変わっていた。
「・・・おい。」
スタッフ達がその顔にたじろぎ、無意識に後ずさりをした。
「なんて顔だよ・・・。」
「あんな顔、出来るんだ・・・。」
スタッフの一人が、首を振った。
「違うだろ。あれは、香藤さんへの顔なんだ。出来るとか、出来ないって話じゃないな。」
じっと、その顔を見つめていたスタッフ達は、誰ともなく顔を見合わせた。
「あの顔を、香藤さんだけが見てたってわけだ。今までは。」
ゴクリ、と喉を鳴らして岩城の顔を見つめたスタッフは、そそけた頬のまま、香藤を見つめた。
彼らの目の前で、いったん下を向いた香藤は、ぐい、と右腕を岩城の腋の下へ差し込んだ。
手首にした、メタルバンドが岩城の乳首を掠め、その冷たさにビクッと岩城が震えた。
途端に、シャッター音が響いた。
「なんか、猛獣って感じだな・・・。」
「香藤さんか?」
「二人とも。」
自分の肩に頬を寄せ、挑むような、岩城の視線。
それに酔っていたスタッフ達が、香藤の顔に一様に息を飲んだ。
「コワ・・・。」
誰かの小さな声がした。
岩城の胸を下から抱えるように回された香藤の腕が、その所有権を主張し、岩城の髪に頬をつけた、片側の口角を上げた口元が、岩城が自分以外を認めることはない、と余裕を漂わせる。
そして、その瞳が少しでも近寄ろうとするものの意思を萎えさせるほど、強く鋭い。
「・・・すげぇ。」
誰かが漏らした、溜息のような声。
浅尾が切る、シャッターの連続音が響いた。



「はーい、オッケーです!」
「撮影終了でーす。」
「岩城さん、香藤さん、お疲れさまでしたー。」
浅尾が短く頷いて、カメラを降ろした。
レフ板に反射していたまばゆい光が、ふっと消えた。
「ふう・・・」
香藤は大きく息を吐いて、岩城の背中に素早くキスをひとつ落とした。
「岩城さん、お疲れさま。」
右手で抱えていた岩城の胸を、ねぎらうようにポンポンと軽く叩く。
岩城がくすりと笑って、身じろぎした。
「さすがに、この姿勢は疲れるな・・・」
肘をついてゆっくり上半身を起こそうとした岩城を、香藤が押しとどめた。
「ちょっと待った、岩城さん!」
「なんだ?」
「動いちゃダメ。俺が今、シャツを取ってくるから、そのまま寝てて。」
「はぁ?」
すくりと立ち上がった香藤を、岩城が寝そべったままで不審げに見上げた。
けぶる黒曜石の瞳が、上目遣いに香藤をとらえる。
「・・・岩城さん・・・」
はらりと額にこぼれかかる一筋の黒髪。
撮影の緊張感が解けた後の、上気した頬。
強いライトにさらされてかすかに汗ばんだ、絹のような肌。
ルーズに着崩したジーンズから覗く、しなやかな腰。
そこから優美な弧を描いたラインが、ちらりと見え隠れする引き締まった尻へと視線を誘惑する。
・・・あまりに、扇情的すぎて。
香藤は身動きもできずに、岩城のしどけない姿態をまじまじと見つめた。
撮影スタッフの誰かが、堪えきれないというようにため息を漏らした。
ヒュウ、とスタジオの片隅でかすれた口笛が聞こえた。



「今さらだけどさ・・・」
香藤はそっと、ひとりごちた。
「俺、とんでもない魔性を飼ってる気分だよ。」
天を仰いで嘆息した香藤に、岩城が眉をしかめた。
「何か、言ったか?」
「ううん、なんでもない。とにかく岩城さん、そのままでいてね。」
そう言い置いて、香藤はさっさとセットを離れた。
脱力したのか、納得したのか、岩城はおとなしく雌伏したままだ。
香藤は、スタジオ脇の椅子にひっかけられていた岩城のシャツを掴んだ。
ふわりと香る、かすかな匂い。
岩城自身は、よっぽどのことがないと香水の類を使わない。
そっと鼻先を寄せて、香藤はそれを確かめた。
移り香、だ。
「・・・俺の、だね・・・」
今朝、玄関先で交わしたキスの濃厚さを思い出して、香藤の頬がゆるんだ。
禁欲的で怜悧な印象の岩城が、香藤の腕の中であでやかに花開く、その瞬間。
ドラマティックなその変貌には、何年一緒にいても目を奪われる。
それが、見たくて。
香藤はいつでも、どこでも、岩城に情交をしかける。
多くの場合、岩城にすげなくかわされるのだけれど。



「はい、これ着て。」
無造作に起き上がろうとする岩城を制し、香藤は膝をついた。
自身の広い背中で岩城を見つめるスタッフ達の視線を遮りながら、シャツを着せかける。
「こんなこと、してくれなくていいのに。」
「・・・だって。岩城さんの肌、人に見せたくないんだよ。」
香藤の瞳は、真剣そのものだった。
するりと袖に腕を通しながら、岩城が苦笑した。
「何を、今さら・・・」
ばか、と続けてから、ふと気づいて香藤を見つめる。
「・・・そのせいか、この腕は。」
香藤の右手を軽くねじり上げるように、岩城はその手首を取った。
「・・・痛いよ、岩城さん。」
「うるさい。」
「俺が何をしたって・・・」
岩城が至近距離で、香藤をじっと睨んだ。
香藤の背筋に、ゾクリと甘いものが走る。
「・・・この手だ。絵コンテを無視して、妙に絡んでくると思ったら。所有権を主張してるつもりだったのか。」
「だって、俺・・・」
岩城の表情を読みかねて、香藤が情けない声を出した。
「怒ってる?」
「・・・ばーか。」
岩城はシャツのボタンをとめながら、香藤にちらりと流し目をくれた。
「それこそ、今さらだろ。こんなことでいちいち怒ってたら、身が持たない。」
ゆらりと立ち上がると、香藤をセットに置いて歩き出す。
「え・・・岩城さん?」
岩城はまっすぐにスタジオの隅に向かうと、くしゃくしゃに脱ぎ捨てられていた香藤のセーターを掴んだ。
ため息をついてそれを表に返し、慣れた仕草でパンパンと埃をはたく。
セットの中でぼうっと岩城の動きを追っている香藤に、それを投げつけた。
座ったままの香藤を見下ろして、一言。
「・・・着ろ。風邪をひくぞ。」
そっけない言葉ではあるけれど。
岩城も、香藤の裸をいつまでも人目にさらして置くのは嫌なのだ、と。
それを察して、香藤がうれしそうに笑った。
「岩城さん・・・。」
香藤の声に、照れていったん顔を背けた岩城が、視線を戻した。
「香藤・・・。」
無言で、見つめあう二人。
周囲のスタッフが、お手上げだという風に肩をすくめた。



浅尾セイジが、その間ずっとシャッターを切っていたことを、岩城と香藤は後で知ることになる。




©弓さま
(ましゅまろんどんとの合作)
14 January 2006

タイトルは、「これは俺の baby だ。指一本でも触れたらどうなるのか、わかってるんだろうな(やれるもんならやってみろ)」というような意味です(笑)。
ましゅまろんどん
9 March 2006

2012年10月15日 サイト引越に伴い再掲載
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