憎みきれないろくでなし2009

憎みきれないろくでなし2009




その箱に気づいたのは、ほんの偶然だったわ。
念願の新居に引っ越してきた翌朝。
ダンナが出勤したあと、二階の客間を片づけようとして目についた。

「あら、ずいぶん古ぼけた箱ね―――」

ガムテープが少し剥がれていて、箱が日焼けしてるのがわかった。
段ボール箱に印刷されてるのは、地元の農協のロゴマーク。
つまり私の物なんだけれど、とっさに思い出せなくて。

「そういえば、見覚えが・・・?」

私は両腕を組んで、うーんと首をひねってみた。
三年前の春。
私は長年つきあった彼氏とようやく挙式にこぎつけた。
遅い結婚だったせいか、感動するより、ホッとしたってのが本音。
安い賃貸アパートに住んで、それから共働きで必死に貯金して。
憧れのマイホームを、やっと建てたばかり。

「ああ、わかった!」

この古ぼけた箱は、私の青春時代のお宝箱だった。
あんまり忙しくて、すっかり忘れてたわ。
小学校の卒業文集。
中学生の頃、初めて買った定期入れ。
修学旅行アルバム。
大好きだったアイドル歌手のレコード。

「アパートの押入れに隠したのよね、私」

もう要らないんだけれど、捨てられない懐かしいガラクタ。
センチメンタルな記憶の断片。
それを、結婚するときにひとつにまとめた。
こうやって封印して、私はお嫁に来たんだった。

「―――っていうことは・・・?」

引っ越しの荷解きは、まだまだ終わっていなかったけれど。
甘酸っぱい過去に会いたくて、私はその箱を開けたの。
いたずら心というか、好奇心ね。
慎重に包みを広げると、高校時代のアルバム。
黄ばんでもいないから、とてもそんなに古いとは思えない。
懐かしい、ふるさとの記憶がよみがえる。

「えっと・・・部活の写真は―――」

もちろん私はまっすぐに、彼の写真を探した。
セピア色の青春のど真ん中にいる、憧れのあの人。
その名前を思い出した途端に、胸がどきんと高鳴った。
まぶしくて遠い初恋。
少女趣味のポケットアルバムを、私は息をつめながらめくった。
そっと一葉、もう一葉。

「あった・・・!」

ごめんね、って心の底でダンナに謝りながら。
私は食い入るように、彼の写真を見つめた。
20年の時を、一気にタイムトリップ―――。

そこに、彼がいた。
漆をとろりと流し込んだみたいに黒い、切れ長のきつい瞳。
真夏でも日焼けしない、肌理の細かい白磁の頬。
すらりとした長身を剣道着に包んで、カメラを斜(はす)に睨んでる。

「・・・先輩・・・」

今見ても、やっぱりカッコいいから悔しい。
私の初恋の人。
はじめての彼氏。
ふたつ年上の、剣道部の副主将。
憧れてあこがれて、どうしようもなく夢中だったわ。
ダメ元で告白して、強引につきまとって彼女にしてもらった。
そっけない、でも本当は優しい彼が、断れないのをいいことに。

「半年で、振られちゃったけどね―――」

私は苦笑しながら、段ボール箱の底に手を潜らせた。
ちりん、と小さな音がする。
修学旅行のときに買った、小さなちりめんの匂い袋。
紐を解こうとした指が、ちょっと震えてしまうのがせつない。

「・・・あは・・・」

ころん、と。
くすんだ金色の釦(ボタン)が転がり出た。
学ランの第二釦。
先輩の卒業式に、おねだりした宝物。
黙って手渡されて、この世の終わりみたいにわんわん泣いた。
好きだった、本当に大好きだったのよ。
ずっとずっと、一緒にいたかった。

「―――卒業したら、東京に行くからって」

それが、別れの言葉になってしまう時代だった。
あまりにもあっけない、初恋の終わり。
私を見つめる澄んだ瞳には、なんの迷いもなかった。
何も言えなくて、何を言えばいいのか分からなくて。
私はただ悲しくて、子供みたいに泣きじゃくった。

「そういえば、あの日は雪だったっけ・・・」

初めての彼氏、初めての失恋。
あの人に出会って、すべてを知った。
幼い恋。
不器用だったけれど、あんな真剣な恋はなかった。
夢中だった、有頂天だった。
―――16歳だった。

「若かったわ、ホント!」

ほろ苦い恋の記憶に酔いそうで、私はため息をついた。
あの後ずいぶん長いこと、彼を待っていたのよね。
上京しちゃった先輩の、連絡先すら知らなかったのに。
でも私は、待ち続けた。
寂しくなって、私を思い出すかもしれない。
懐かしくなって、電話をくれるかもしれない。
住所が決まったよって、ハガキが来るかもしれない。
―――そうやって、あてのない便りを待って、待って。

「あんな一途な恋愛、もうできないよね・・・」

それでも、夢はゆっくり醒めていった。
時は戻らない。
私は泣いて、傷ついて、少しずつ立ち直った。
春が来て、進級して、そのうちまた新しい恋をして。
卒業して、就職して、故郷を離れて。
そうやっていつの間にか、大人になったんだと思う。

「あら、もうこんな時間!」

ピカピカの壁時計を見上げて、私はようやく腰を上げた。
少しは荷物を片づけないと、すぐに夕方になってしまう。
ダンナも今日は、早めに帰宅するだろうし。
膝の上の古ぼけたアルバムを、私は丁寧に箱に戻した。
―――タイム・カプセルみたいね、これ。

「よいしょっと・・・!」

ひとしきり、荷解きに精を出した。
それから時間ぴったりに、私はテレビをつけた。
紅茶のマグカップを片手に、ちょっと休憩。
平日の午後、見たい番組なんて普段はないんだけれど。
でも今は、ひそかな愉しみがあるから。

「うーん、相変わらずいい男・・・!」

数年前の連ドラの再放送に、実は今ちょっとはまってる。
だって、香藤洋二が最高にカッコいいんだもの。
当時の彼ってまだ、アイドル的に扱われてたと思うけど。
こうやって改めて見ると、いい俳優なんだってしみじみ思う。
少年っぽさを残しつつ、日々たくましくなっている。
無邪気に、オトナの色気を振りまいてるのよね。
可愛くて、カッコよくて、どきどきする。
個人的には、日本でいちばんいい男。
ダンナはまあ、別枠ってことでね。

「・・・なんだか、ねえ・・・」

―――でも、複雑な心境。
香藤洋二っていえば、もちろん、あの人の恋人だから。
日本人なら誰でも知ってるくらい、有名なバカップルの片割れ。
あの先輩が、誰よりも愛してる人。
信じがたい、でも疑いようのない事実。
10年経っても、その偶然にはびっくりするしかない。

「どういう星の巡り合わせなんだろね―――」

まあ、いいわ。
テレビで見かける先輩は、嫌になるくらい輝いてるから。
香藤洋二のことになると照れくさそうに笑う、それが幸せ満開だから。
悔しいけど、本当に悔しいけど。
でも、あれが、彼が恋をしているときの貌だってわかるから。

「・・・ろくでなし」

私には一度だって、あんな顔を見せなかったくせに。
甘酸っぱい気分で、私はこっそり悪態をついた。





藤乃めい
27 January 2009

岩城さんのお誕生日に、ギリギリ間に合いました(笑)。
彼の高校時代の彼女というのは、実は前から書きたかったテーマ。
ようやく登場させられて、少し嬉しい・・・かな?
さて、岩城さんもとうとう30代最後の一年に突入しましたね。
年輪を重ねるごとにますます妖艶な、奇跡の岩城京介。
彼の人生のこれからが、本当に楽しみです♪
最後に、本日カウンタが40万ヒット。ありがとうございます!


2013年9月12日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。