それがデフォルトである、という僥倖



それがデフォルトである、という僥倖




「なあ、香藤?」
「うん?」
「・・・愛って、なんだと思う?」
「へっ・・・!?」

薄茶色の瞳をいっぱいに見開いて、香藤は岩城を見つめた。
驚いた、なんてものじゃない。
文字通り、鳩が豆鉄砲を食らったような表情である。

「香藤?」
「なんか・・・ショック」
「え?」
「俺ちょっと今、がっかりしたかも・・・」

香藤はがっくりと項垂れた。
今度は岩城が、意外そうに目を瞠る。
とある暑い、暑い七月の夜。
ふたりは久しぶりに、向かい合って夕食をとっていた。

「なんでだ?」
「だってさあ、あんまりだよ、岩城さん」
「へ?」
「それ聞かれちゃうと、俺の立つ瀬がないっていうか」
「立つ瀬?」

きょとんとした岩城の顔。
大きくため息をついて、香藤はぽりぽりと頭をかいた。

「岩城さーん・・・」
「・・・だから、なんでだ?」
「いや、別に、いいんだけどね」
「おい、香藤?」
「こういうのって、押しつけるようなもんじゃないと思うし」

ちょっと俯いて、香藤はテーブルにのの字を書いた。
いじけたその仕草に、岩城が嘆息する。
カタリ、と静かに箸を置いて。
岩城はまじまじと香藤を見つめた。

「いったい、おまえは何を・・・」
「でもさ、あんまりだと思うんだよね」
「香藤」
「・・・こんなに長く連れ添ってきて、さ・・・」
「だから、何でだって・・・」

ぶつぶつと香藤が繰り返す。
岩城の声が、思いがけず大きくなった。

「だから、香藤!」
「うわ!?」

驚いて、香藤が椅子から転げ落ちそうになる。
今度は岩城のほうが、驚く番だった。

「おい、香藤!?」
「・・・び、びっくりしたー」

はあ、と香藤が息を吐く。
ふと落ちる静寂。
岩城はそろそろと、浮きかけた腰をおろした。

「・・・ごめん、岩城さん」
「さっきからおまえは、何を言ってるんだ?」

同時に話し始めて、岩城と香藤が顔を見合わせる。
ふ、と笑みがこぼれた。
張りつめていた空気が穏やかに緩む。
同じ問いを、何度も口にした岩城。
ようやく落ち着きを取り戻して、香藤は微笑んだ。
岩城の手を取り、温めるように両手に包む。

「ごめん。俺、暴走した」
「それは気にしてない。でも・・・」
「うん。俺、ちゃんと言わなくちゃダメだよね」
「ああ」
「・・・俺さ、岩城さんを好きになったその日からずっと、毎日毎日、全身で一生懸命、目いっぱい愛情を示してるつもりなんだよ」
「うん?」
「暑苦しいくらい、いつもいつも」
「ああ・・・?」
「ホント、これでもかってくらい、しつこいくらい。思いっきり愛情表現してると思ってた―――」
「・・・?」

香藤はそっと顔を寄せた。
岩城の髪を、指先でかきあげる。

「でもさ、それって俺がそう思ってただけだったのかな」
「え?」
「俺、ショックだったんだ」
「香藤・・・」
「だって岩城さん、あんなこと言ったでしょ?」
「あんなこと?」
「愛ってなんだって、さっき聞いたじゃない」
「ああ」
「それ、つまり、そういうことだよね」
「は?」
「俺の気持ち、通じてなかったのかなあって、思っちゃって」
「おい、香藤・・・」
「それで・・・なんかさ、ちょっと自信喪失しちゃったんだ」

バカみたいだよね、と。
苦笑しながら、香藤はそう続けた。
岩城はぽかんと、香藤を見つめている。

「・・・?」
「・・・あれえ、岩城さん。もしかして」
「うん?」
「もしかして―――俺の言ってること、わかってない?」

澄んだ瞳が揺れ、オニキスの輝きが陰る。
じっと見返す岩城の表情が、混乱に曇った。
香藤はもう一度、嘆息する。

「そっか。やっぱり独りよがりだったのか・・・」
「へ?」
「いや・・・わかってるけど」
「香藤」
「こういうのって、相手に伝わらないと意味ないんだよね。別に、岩城さんが悪いってわけじゃ・・・」
「おい」
「でも、さ・・・」
「おい、香藤」
「はい?」
「なに、バカなこと言ってるんだ?」

岩城がゆっくりと微笑した。
力強く、両手を添えて香藤の手を握り返す。

「それは、おまえのことだろう」
「うん、そうだよ?」
「おまえはいつも、そうじゃないか」
「うん、だから、俺はそうなんだってば!」

どこか、奇妙にかみ合わない会話。
無限のループ。
眉間にしわを寄せて、香藤はぽりぽりと頭をかいた。
岩城は岩城で、大まじめに首をかしげる。
それでも、次の言葉は同時だった。

「どう言ったらいいのかなー」
「なんでそれが、愛とは何か、っていう話と繋がるんだ?」
「・・・」
「どうした?」

香藤を見つめる、岩城のまっすぐな眼差し。
一点の曇りもない、100%の愛情と信頼を寄せた瞳。
香藤を、香藤だけを、真正面から見つめている。
香藤はため息をついて、ゆっくりと立ち上がった。
テーブルを迂回し、岩城の側へ。
そしてしっかりと、恋人を抱き寄せた。

「・・・ほんと・・・!!」
「香藤?」
「岩城さんって、岩城さんすぎる・・・!」
「ああ、なんだ?」
「最強だよ、マジで―――」
「・・・?」

大好きだよ、と香藤が囁いた。
知ってる、と岩城が小声で応える。
香藤の胸に抱かれて、岩城が首をかしげた。
よく話が見えない、と感じているのだろう。
その額に、香藤は小さなキスを落とした。

「・・・もう、いいや」
「おい、香藤・・・怒ってるのか?」
「ううん、怒ってないよ」
「でも」
「怒ってないってば。ただの、俺の勘違いだから」
「は?」
「いいから、いいから。気にしないで」
「・・・香藤」
「愛してるよ、岩城さん」
「ああ」

なんとなく、それで話がついてしまった。
それ以上なにも言うことがなくて、岩城は口を閉ざした。

―――岩城さんを愛してる俺しか、岩城さんは知らないんだもんね・・・。

あまりにもシンプルな、それが香藤の結論だった。
考えてみれば、ごく当然のことだ。
岩城は、香藤との恋愛しか知らない。
香藤がたゆみなく注ぎ続ける溢れるほどの愛情のすべてをひっくるめて、それが香藤だと認識している。
香藤と愛情は、不可分なのだ。

香藤の愛の言葉を受け止めて、穏やかに頷く岩城。
花がほころぶような、甘い笑顔。

それが最高の愛の勲章なのだと、香藤はそう思った。





藤乃めい
12 July 2009


2013年10月20日、サイト引越にともない再掲載。
初稿(ブログに発表)を全面改定、大幅に加筆。ほぼ新作です。
オリジナルのタイトル(仮題)は、「愛ってなんだ」。
それにしても、岩城さんがバカすぎる(苦笑)。
いくら天然でも、ここまでニブイとまずいだろう・・・(汗)。