Shades of love

Shades of love xxx




「香藤、誕生日おめでとう」
ふだん通りの岩城さんだった。
なめらかで深みのある、とてもいい声。
すっと腕を伸ばして、岩城さんは俺の前に小さな箱を置いた。
「一日、早いけどな」
小さな不意打ち。
ストレートな笑顔がまぶしい。
―――悔しいくらい、本当に。
いい男だと思う。
まぶしいくらいの色男。
「ありがと」
俺は余裕のキメ顔、で応えたつもり。
ちょっと考えてから、俺は食べかけの茶碗と箸を脇に置いて、その箱を手に取った。
軽い感触。
―――なんだろう。
岩城さんはこれからすぐロケに出てしまう。
ここ何ヶ月か、俺たちはすれ違いばっかりだ。
今、ここで。
一緒にいられるのは奇跡的だった。


「なに?」
慎重に包装紙を開けながら、俺はテーブル脇に立ったままの岩城さんを見上げた。
返って来たのは、小さな微笑だけ。
いいから開けてみろ、か。
心なしかうれしそうだ。
「これって・・・あ!」
そっと箱の蓋を開けた。
イタリア高級ブランドのロゴ入り眼鏡ケース。
―――まさか、これ・・・?
「ありがとう!」
凄い。
正直ちょっとびっくりした。
俺がどこかの雑誌で見かけて、ちょっといいなと思っていたサングラス。
―――ビンゴ!
これってなんて奇跡?
胸の奥がきゅん、とした。
「これ欲しかったんだよ!」
興奮気味に言った俺に、岩城さんは目を見開いた。
「そうなのか」
「うん!」
「お前に似合うと思って」
「うん!」
俺は立ちあがって、岩城さんを真正面から見つめた。
「だから・・・」
視線を合わせたままポーズを取り、ゆっくりとサングラスをかける。
カメラの前にいるつもりの、思いっきり気障な仕草で。
「―――どう? 似合う?」
ぷ、と小さく笑って。
「ああ」
岩城さんは楽しそうに笑った。
「いい男?」
「ああ、そうだな」
さらりと流されてしまった。
「俺の欲しいものがわかるなんて、さすが岩城さんだね」
「それは偶然だろう」
「ううん、違うと思うよ?」
にんまり笑顔を返して、俺は岩城さんの頬にキスをした。
「以心伝心。そういうことでしょ?」
「うん・・・」
「夫婦だもん、あたりまえじゃん」
「そうだけど、な」
岩城さんの頬が、ほんのり朱に染まる。
―――ああ、なんて可愛いんだろう。
最高にかっこよくて、最高にかわいい。
俺の岩城さんは完璧だ。
「夫婦善哉っていうんじゃない、こういうの」
「言いたいことはわかるが・・・」
岩城さんが苦笑した。
「それは意味が違わないか」
「夫唱婦随?」
「おい」
「いいじゃない、とにかく趣味が似てるってことだよ!」
「まあ、そうだが」
しらっと首をかしげる、そんな仕草も可愛い。
「もう!」
それ以上の言葉を封じたくて、俺は岩城さんにキスをした。
大ぶりのサングラスのフレームが、ちょっとだけ邪魔。
「んんっ」
鼻梁にぶつかったせいか、甘い唇が抗議に震えた。


「・・・本当に?」
軽いキスを三回。
ひと呼吸おいて、岩城さんが呟いた。
「うん」
「おまえが欲しいやつだったのか」
「そうだよ」
「・・・そうか」
まじまじと、岩城さんは俺の顔を見つめた。
ほんの少しだけ意外そうだ。
「こないだ雑誌で見てさ、買っちゃおうかなって思ってた」
それは本当のことだ。
岩城さんにも、それがわかったんだろう。
ふわりと極上の笑みを浮かべた。
「よく似合う、が」
「・・・が?」
岩城さんがゆっくりと、サングラスを俺の頭に押し上げる。
やさしい指が俺の髪の毛をかきあげた。
「少し邪魔だな」
―――キスには無粋な代物だから。
「邪魔だなんて言わないでよ」
俺はそっと囁いた。
「俺の恋人がせっかく贈ってくれたのに」
「ばか・・・」
俺たちはもう一度キスを交わした。
からかうような軽い口づけ。
遊んでるみたいだけど、吐息は甘い。
ついでに甘噛み。
岩城さんが喉の奥で笑った。
「んんっ」
ちゅ、と。
わざと音を立ててから、俺は息を継いだ。
「岩城さんがくれるとは思わなかった。ドンピシャすぎて、びっくりしたよ」
「そうか」
嬉しそうに、岩城さんは小さく頷いた。
「ありがとう、岩城さん」
俺は岩城さんの両手をぎゅっと握りしめた。
指先がちょっと冷たい。
じんわりとぬくもりが伝わる。
「俺も少し驚いた・・・」
少し顔を赤くしたまま、岩城さんが囁く。
「おまえが好きそうなデザインだとは思ったけどな」
「そう?」
「店で見て、ひと目で気に入ったんだ」
「・・・そうなんだ。ありがとうね」
俺は脳裏に、ブランドショップにひとり佇む岩城さんを想像した。
どこの店に行ったんだろう。
銀座か表参道か、それとも新宿か。
―――撮影のついでに行ける場所じゃないよなあ。
岩城さんは、とにかくめちゃくちゃ多忙だ。
それだけじゃなく、もともとあんまり買い物が得意なタイプじゃない。
―――それなのに、俺のために。
わざわざ時間を割いて、自分で見に行ってくれたのか。
「―――本当に、ありがとう」
「いや」
思い出したように笑って、岩城さんは俺の指をしっかりと握り返してくれた。
「あのな」
「うん?」
「お前へのプレゼントだって、すぐにわかったらしい」
岩城さんの頬に照れ笑いが浮かぶ。
「へ?」
「ショーケースにこのサングラスを見つけて、見せて欲しいと言ったら・・・」
「うん?」
「贈り物ですかって、真っ先に店員に聞かれたぞ」
ひょいと、岩城さんは肩をすくめた。
「香藤さんにぴったりですよ、って」
「あー」
「いかにもなしたり顔だった」
「・・・そっかあ」
そうだろうなあとは思ったけど、俺は口に出さなかった。
言うまでもない。
客はなんといっても、『岩城京介』だ。
この最新のアイウェアが岩城さんが好むテイストじゃないことくらい、一目瞭然だったろう。
―――いや、でもさ?
好きかどうかと、似合うかどうかは違う。
俺は片手でフレームを掴むと、そのまま岩城さんにかけさせた。
ちょっとした悪戯心。
「岩城さんがかけても似合うと思うよ?」
「えっ・・・」
反射的に、ふっと眼を閉じるのが可愛い。
「ほら、ね!」
流行りのサングラスをまとった『岩城京介』。
彼の趣味であろうとなかろうと、あっさり着こなしてしまえるのが凄い。
濃いシェイドで、きれいな瞳が半ば見えなくなるのが難点だけど―――。
「・・・岩城さん、格好よすぎ」
うっとり言った俺に、岩城さんは苦笑を返した。
「お前に言われてもな」
「ホントのことだよ?」
「・・・バカ」
こういう若いデザインは、俺向きじゃないだろう。
あたりまえのようにそう言って、岩城さんは俺にサングラスを返してくれた。
「若い、ねえ」
今度は俺が照れる番だ。
「岩城さん、俺が何歳になるのか知ってる?」


「・・・なにを」
いきなり、と呟いて。
岩城さんは少し目を瞠って俺を見返した。
目がちょっと笑っている。
その細い腰に手をまわして、俺はゆっくりと岩城さんを抱き込んだ。
「37歳だよ、信じられない」
耳元にキス。
「なにが信じられないんだ?」
「俺の歳」
項にキス―――は、やめておいた。
ものすごくしたいけど。
でも、それをやると止まらなくなって、大変なことになるから。
俺はちらりと時計を見て、清水さんの来る時間までどれだけあるかチェックした。
―――なんか、ため息が出た。
「なんだ?」
「なんでもない」
自重できるあたりが、もう、歳ってことだよなあ。
大人になったとか、言われるけど。
分別ってときにマジで恨めしい。
「香藤?」
「俺もいい歳になったなあって思ってさ」
思わず苦笑した俺の背中を、岩城さんがぽんぽんと叩いた。
「なにを言ってるんだ」
―――誕生日、か。
またひとつ、歳をとる。
実感は全然ない。
だけど、どんどん年齢の数字だけが増えていく。
時間は待ってくれない。
嫌なんじゃない。
無駄にあがきたいわけでもない。
だけど、実感があまりにもないから、違和感が募る。
俺は俺のまま、心はなにも変わっていないのに。
「歳をとるってさ・・・」
岩城さんの項に顔をうずめたまま、俺は聞いた。
「うん?」
「なんか不思議だよね」
「そうか?」
「年齢に比例して偉くなるわけでも、賢くなるわけでもないのに、数字だけが独り歩きしてさ」
「・・・ああ」
「年齢に俺が置いてけぼりをくらってる、そんな気がする」
「ああ」
岩城さんはゆっくり頷いた。
わかる、という意味なんだろう。
両腕がそっと俺を抱き込む。
「年相応の社会人であることを期待されて、ハードルが上がって、なんか焦るっていうか」
「ああ、そうだな」
「ムズムズするんだよ」
「ああ」
「俺はいつだって俺なのに。俺のままなのに」
「・・・うん」
岩城さんが喉の奥で低く笑った。
「・・・俺、子どもっぽい?」
「いや」
ぎゅっと、岩城さんは俺を抱きしめた。
「大人になった、と思う」
久々の、岩城さんの年上風(かぜ)。
押し殺しきれない微笑。
―――もしかするとここで。
俺は、拗ねないといけないのかもしれないけど。
でも、あまりに優しい声だった。
岩城さんの言葉は、あふれるほどの愛でいっぱいだった。
「・・・そうかな」
だから俺は、素直に頷いた。
これは完全に甘えモード。
それを察して、岩城さんの手がやさしく俺の背中を撫でた。
いとおしむ仕草。
顔は見えないけど、どんな表情をしてるのか想像はつく。
「気持ちいい・・・」
「ああ」
岩城さんを目いっぱい抱きしめる喜び。
岩城さんにすっぽり包まれる安心感。
―――どっちも、俺は持ってる。
これ以上の幸せってない。
俺はのろのろと顔をあげて、至近距離の岩城さんを見つめた。
「なんだ?」
「好き」
白い頬を両手で挟んで、俺は丁寧にキスをした。
感謝のキス、かな。
岩城さんがそこにいてくれることへの。
岩城さんが、俺を愛してくれることへの。
「大好き」
「おい、香藤・・・」
濡れた唇を、今度はもっと情熱的に封じた。
これは恋人のキス。
「んん・・・」
もうまもなく、俺を置いて出かけてしまう恋人への。
好きだよ。
愛してるよ。
幾つになっても俺は岩城さんに夢中だって、そんな思いで―――。






2012年6月9日
藤乃めい

やんちゃで無茶苦茶でチャラチャラしてた香藤くんも、もう37歳!
いい男すぎて、ときどき目眩がします(笑)。
お誕生日おめでとう!
素敵な恋人と、オトナな二人の幸せな時間をすごしてください。。。
(ちくしょー)


2014年03月25日、サイト引越により再掲載。初稿(もともとはブログで発表)を大幅に修正・加筆しました。