第三話 (前編)



佐和が、岩城に小君の身の回りのことを、こまごまと教えている。
「呆れましたぞ、統領。」
「うるさい。」
「天下一の陰陽師が、なんとも不器用な。」
岩城のしめたおしめを付けた、褥の上の小君を見ながら、佐和が笑った。
不恰好なそれを、岩城も苦笑しながら見下ろした。
「これでは、小君がかわいそうだな。」
「では、よく見ていてくだされ。」
佐和が、おしめを付けなおすのを、岩城は感心したように眺めた。
「上手いもんだな。」
「何を仰る。三位殿のほうが、よほどお上手ですぞ?」
「え? 香藤が?」
「・・・さ、出来ましたぞ。」
佐和が岩城に頷いて、席を譲った。
「加減が難しいな。」
「締めすぎても、緩すぎてもいけませぬぞ。」







「小君、どうした? これ、泣きやんでくれ。」
夜、褥の上で、岩城は人型の小君を抱いて、オロオロしていた。
そこへ、一条の鬼の声がした。
「統領・・・。」
「なんだ?」
「殿のお戻りでござる。」
「そうか。」
ほっと、息を吐いて岩城は小君を抱えなおした。



「大丈夫?」
それから少しして、香藤が帰ってきた。
褥の上で、小君を抱く岩城の傍へ座りこんで、その背中を摩った。
「一条の鬼が、教えてくれたよ。岩城さんの一大事って。」
「・・・泣きやまないんだ・・・」
途方にくれて、ぺったりと褥に座っている岩城から、香藤は小君を受け取った。
「なんで泣いてるんだ? どうすればいいんだ?」
今にも泣き出しそうに眉を寄せて見上げる岩城を、香藤は堪らず抱き寄せた。
「大丈夫。おしめだよ、岩城さん。俺やるから、心配しないで。」
「うん。」
さっさとおしめを取替え、産着を整えると、香藤は小君を抱き上げた。
ふにゃふにゃと、頼りない泣き声を上げていた小君が、香藤に揺すられるうちに、すやすやと眠った。
「上手いもんだな。佐和も言っていたが。」
「ん? そう? 俺、兄弟がいるからね。結構子守したよ。」
「そうだったのか。」
岩城は、じっと褥の上で眠る小君を見つめた。
「俺はだめだな。なんだか、情けなくなってくる。」
「しょうがないよ。気にしなくていいんだよ? 初めてなんだからさ。」
「そうだけどな。」
「ほら、だめだよ、岩城さんも、寝ないと。」
香藤は小君と反対側に寝そべり、岩城を抱き寄せた。
「もう、目の下に隈つくって。だめじゃん。」
「だめじゃんって言われても、しょうがないだろう? 夜泣きするし。お前はいないことが多いし。」
「そっか。俺、夜回りしてるからね。わかった。これからは代わってもらうよ。」
香藤は岩城を抱き寄せ、額に口付けを落とした。
「すまん。」
「いいよ、気にしないで。」



内裏から戻ってくると、真っ先に小君のところにすっとんで行く香藤に、岩城は笑いながらも、複雑な顔を浮かべた。
「なに、岩城さん?」
「いや、別に。」
「小君に焼きもち、妬いてんの?」
「ち、違う!」
香藤は、くすっと笑うと岩城の頬に唇を落とした。
「岩城さんが産んでくれたから、大事なんじゃない。」
「・・・香藤。」
ほっと力が抜けた岩城の身体を、香藤は優しく抱き寄せた。
「そうでしょ?」
見あげた岩城の頬に、淡い笑みが浮んだ。
「大好き、岩城さん。」
「すまない、香藤。」
香藤は笑って首を振った。
「可愛い、岩城さん。」
「馬鹿、可愛いって言うな。」
頬を染める岩城の背を、香藤は優しく撫でていた。
岩城はその胸に頬をつけ、ふっと笑った。
「ん?」
「お前に可愛いって言われるのは、久しぶりのような気がするな。」
「そりゃぁ・・・。」
香藤が苦笑するのを見上げて、岩城は小首を傾げた。
「いつも思ってるけど、岩城さん、そうやって怒るじゃん。」
「べ、別に怒ってるわけじゃない。」
「そ? なら、毎日言ってあげる。」
「・・・バカ。」







ほやぁ・・・ほやぁ・・・
「んっ・・・。」
岩城が、小さな声で泣く小君に気付いて、目を覚ました。
「小君・・・よし、よし・・・。」
小袖の上に単を羽織って小君を抱き上げ、私室を出ようとした岩城の背に、香藤の声がした。
「いいよ、気にしなくて。」
「でも、寝られないだろう?」
「それは岩城さんもでしょ。」
香藤はゆっくりと褥から起き上がり、岩城を手招きした。
「寒いから、中に入って。」
褥の中に岩城を呼び戻すと、香藤は小君のお腹を軽く叩きながら、囁いた。
「ほれ、小君。泣くな。おたあさまが寝られないだろう?」
「お、おたあさま?」
「え? だって、そうじゃん。岩城さんがおたあさまで、俺はおもうさま。でしょ?」
「そ、それはそうだが・・・。」
「いいじゃない。細かいことは。岩城さんも、横になってなよ。」
香藤は、枕元から竜笛を取り上げると、静かに吹き始めた。
軽くひきつけるような泣き声を上げていた小君が、だんだんと泣きやみ、声を上げて両手を叩くようになった。
「さすがに、お前の子だな。竜笛に反応したぞ。」
香藤は、吹きながら目で笑って頷いた。
そのうち、すやすやと寝息が聞こえ、気付くと、小君を抱えるようにして岩城も眠っていた。
「可愛いなァ、二人とも。」
香藤はそっと笛を枕元に戻すと、小君を挟んで横になった。







ある日、帝が賀茂保憲を呼んだ。
「洋二殿の御息所のところへ、参るすべはないものか?」
「は?」
「赤子の顔、見てみたい。」
くすり、と保憲は笑いをこぼし両手をついた。
「畏まりました。」
数日後、帝は方違えを口実に、小君の顔を見にやってきた。
「御簾などいらぬぞ。小君の顔が見えぬ。」
岩城に抱かれた小君を、帝は目を細めて覗き込んだ。
「洋二殿の小さい頃とそっくりじゃと、親王殿がいうてあったが、ほんによう似ておじゃる。」
「ええ、目元など特に。」
岩城はそう答えた。
「縁戚のものから、養子をもろうた、ということにしてあるのじゃな?」
「そうです。」
「あいわかった。ならば、小君は洋二殿の跡取りということになるな。それでかまわぬな?」
帝の問いに、香藤はためらった。
が、岩城は婉然と笑って、頷いた。
「いいの、岩城さん?」
「いいさ。この子は、お前の跡取りにする。」
「どうして?」
「お前の竜笛に反応したから。」
香藤は、それを聞いて嬉しそうに頷いた。



小君が産まれて一月ほどたち、岩城がようやく本調子となった頃。
私室に入った香藤は、そこに小君の姿が見えないことに、少し眉を寄せた。
「岩城さん、小君は?」
「佐和のところだ。」
「え?」
岩城は、小袖を羽織ったまま、褥に座っていた。
香藤がその前に座ると、岩城が頬を染めた。
「その・・・小君がいるとまずい。」
「・・・え?」
香藤が聞き返す前に、岩城は香藤の頬に手をあてた。
「待たせて悪かった。」
その言葉に、香藤は顔中に笑顔を咲かせた。
「もう、いいの?」
「ああ。」






つづく




サイト引越に伴い2012年12月17日に再掲載。