みわ様 1

Votre voix


「それって、俺なら死んじゃいそう」

だって、岩城さんを好きだって言えないじゃん・・・
と、そのあと砂を吐きたくなるような(予想はしていたが)セリフを香藤が零しまくった。

「お前らしいリアクションだな」

そう言いながらも、岩城も同じようなことを心の中で考えていた。


+++


ふたりがこんな会話を交わしていたのには理由があった。
岩城にオファーが来た仕事がそれだ。

“雑な仕事をしたくない”
という岩城の考えを、理解・尊重してくれる事務所に岩城は心から感謝していた。
が、そんな事務所がスケジュールの立て込んでいる岩城に、お伺いを立ててきた。
清水は封を開けられた手紙を、恐る恐る差し出した。

─── Laissez svp faire des nouvelles soudainement.

フランス語で書かれた手紙を、直接岩城が読むことは叶わない。
そこで相手の関係者が書いたと思われる英訳文の手紙を、これまた事務所が日本語に訳したものが同封されており、それを岩城が読んだ。

─── 突然の手紙をお許しください。

という書き出しの文を、岩城が目で追った。
そして最後まで読み終えたあと、目の前の清水と同じく逡巡の色を濃くした目をした。
「・・・・・・どうしましょうか・・・」
「やはり岩城さんもそう思われますか?」
同じ考えを持ってくれたことを喜ぶ反面、その手紙に書かれた内容を受けるには、難しいこともあるのは事実だった。
もちろん、時間さえあれば事務所も岩城本人も、やってみたい・やらせてみたい役柄でもあるのだろうが。

手紙に書かれていた、岩城に是非ともという役は、事故のショックで声を出すことが出来なくなった青年の役だった。
それならフランス語に堪能でなくても、映画自体の主人公はおろか、スタッフも全てフランス人という中にいて、通訳は必要になるが演技においての言葉の問題は無きに等しいというものだった。
あとは、僅かなセリフのシーン、そして表情のみの演技。
難しくもあるが、外国映画ということを差し置いても俳優ならば一度はやってみたいと思う役でもある。
演技力も要求される。
その演技力があると見込まれたのだから。

「言葉も本当に最小限のようですし、ハンデも気にされることはないようですしね。同封されてきたプロットも読ませていただきましたけれど、とてもいいものなんですよね。社長も出来たらと仰っているんです。でも岩城さんのお考えも社長はご理解していますから」
「でもなんだって俺が・・・なんでしょうね。日本の芸能界に精通している・・・というわけでもないのでしょう?」
当然の疑問だった。
「この夏にバカンスと称して日本をご旅行されたようですね。滞在先のホテルでたまたま観たTVで岩城さんをご覧になって・・・としか書かれていませんけれど、戻られてからお調べになったのでしょうね。それに声のない役なだけに、岩城さんの表情に惹かれるものがあったのだと思いますけれど?」
言外に岩城の純粋さと、艶っぽさを含んでいるのだと分かり、岩城は少し照れたような笑いをした。
「もちろんやりがいは凄くあります。もし本当に俺の演技を見て是非にと仰っているのなら、スケジュールのことは清水さんをはじめとする事務所に一任します」
「はい。ありがとうございます」
局のラウンジから、清水が事務所への連絡のために一度出、岩城はもう一度自分宛の手紙を読んだ。


+++


「・・・で、それ受けるんだね?」
「ああ、多分な。正式な契約のために一度向こうに行くことになるかもしれない」
岩城の言葉を聞いて、やはりと言うべきか、香藤が言った。
「撮影の間、会えなくなっちゃうね」
・・・と。

顔も見られない。
映画の撮影は時間も不規則だ。
時差のこともある。
声も聞けない日だって、何日もあるかもしれない。
互いに仕事だと割り切っても、割り切れない思いがあるのは同じだった。

香藤は、岩城から渡された手紙をテーブルに置き、岩城の横に座った。
ソファのスプリングが軋み、革の音がした。
そして岩城は、渡されていたプロットを閉じ、ガラスのテーブルの上に置いた。
捲り上げられていた紙の、閉じる音がした。

香藤の肩に岩城の頭が載せられ、香藤が呟こうとした。
その唇を、岩城が指で押さえた。言いたいことは分かっていると言いたげに。

声が聞けないのなら、目を見ればいい。
お互いの姿が見えないのなら、肌のぬくもりを感じればいい。
肌が合わせられないのなら、心に手を当てればいい。

そして今度は岩城が言葉を発せずに、唇の形を変えた。
(Je・・・)
香藤が息だけでクスリと笑い、その唇を塞いだ。



‘05.10.25.
みわ


先日、ましゅまろんどんさんの“春抱き好きに88の質問”を読ませていただき、 岩城さんにやらせたい役柄=盲目の・・・のくだりでとても驚かされました。
実は、自分の回答では公表していなかったのですが、私個人的には“口がきけなくなった役”とういうのを想像していたからです。
そのお話しをましゅまろんどんさんにしたところ、 「是非書いてみて」 というお言葉を戴きました。
自分ひとりでは、ちょっと臆していた題材で、書き上がった物もかなり消化不良な出来なのですが、背中を押して下さったましゅまろんどんさんに感謝の意を込めて・・・



©みわさま

みわさんから、思いがけずこんなに素敵なプレゼントをいただきました!
とてもうれしいです。ありがとうございます。
これまで、「春抱き」の世界観にはヨーロッパは似合わないと思い込んでいたところがあるのですが(もしそうならたくさんネタあるのに残念!みたいな・・・笑)、このお話を読んだとき、まるで違和感なく、パリの街を歩く岩城さんの姿が浮かびました。
撮影で長期滞在、「単身赴任」の岩城さん。
美しい街で美しい人に囲まれていても、香藤くんがそばにいないのでさびしい。
さびしいって言えないけど、喪失感から解放されることはない・・・。
そんな想像(妄想?)から生まれたのが、拙作「Tu me manques」(「傾く月」シリーズ)です。
Votre voixの続編というか、派生SSです。よろしかったら、そちらも読んでやってください。

2012年10月12日 サイト引越に伴い再掲載
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