桃様 1

仮面の剥がれる時


最近、香藤の様子が変だ。

いつも通り明るく振舞っているが、それが不自然な明るさなのが岩城には分かる。
だてに夫婦生活を長く続けているわけではない。

香藤が何か悩んでいるのは確かだ。
そして、その悩みを岩城言えないというのは、きっとその悩みが岩城に関係していることだからだろう。

香藤は生来、打たれ強い。
中傷や批判なら、むしろそれをばねにしてしまうだろう。
香藤が本当に弱いのは、岩城に絡むことだけだ。
そして、香藤はその弱さを岩城に決して見せようとしない。



「金子さんに聞いてみるか・・・」
香藤に隠れて事情を探ろうとするのは気が引けるが、香藤が動かない以上、自分が動くしかないだろうと岩城は判断した。
問題が起きた時は、素早く的確に行動することが大切だ。
命取りになる前に。

岩城はマネージャーの金子に電話したが、案の定、金子の口は固かった。
きっと、「岩城さんには、余計なことは言わないで」と、香藤からきつく口止めされているのだろう。
それくらいは、岩城にも予想範囲内のことだった。

「金子さん。問題は放っておいて解決するようなものなんですか?ひょっとして、俺の事が絡んでいるんじゃないでしょうね?」
「はあ・・・でも、香藤さんは心配ないと・・・」
「金子さんは、本当にそう思っているんですか?あいつの問題は、俺の問題です」
金子も不安に思っていたのだろう。
岩城の「絶対に香藤には、聞いたことを洩らさないから」という言葉に、渋々と話しだした。



香藤は今、ダブル主演で「仮面の剥がれる時」というドラマを撮っている。
香藤の役どころは、大物代議士の私生児で売れっ子のホストだ。
母親が病死したあと、その事実を知った香藤は、自分たちを捨てた代議士への復讐に燃え、その矛先を異母弟へと向ける。
もう一人の主役は、その異母弟役の人気アイドルの高瀬勇樹だ。
退廃的で孤独の影を背負った香藤と、清潔で真っ直ぐな高瀬。
お互いの真逆なキャラがお互いの魅力を引き立て合い、二人を取り巻く女優陣も華やかで、「仮面の剥がれる時」は、今一番視聴率を取っているドラマである。

その脚本を手掛けるのは、超売れっ子の真野秀春。
知的で大人の雰囲気を持つ45歳の美丈夫で、TVへの露出も多い。
妻は、某大手企業の社長の一人娘の朝香。
真野が売れる前は、散々朝香の実家の世話になったとかで、今でも頭が上らないらしい。
朝香は超が付くほどの焼もち妬き屋で、真野は業界では恐妻家で有名だ。

その真野が香藤に、「岩城さんと二人きりで会えるように、セッティングしてくれないかな」と、しつこく持ちかけてきたのだ。
もちろん、香藤はそんな言葉に聞く耳を持たなかった。

毅然と突っぱねる香藤に、真野も業を煮やしたのだろう。
「香藤君の役は、あと2話で死んじゃうんだよね〜。金を貢がせたホステスに刺されてさ」と、言い出したのだ。
暗に、岩城に会わせなければ役を降ろしてしまうというのである。
香藤は、それならそれで構わないと突っぱねた。

ところが、それに慌てたのが番組プロデューサーだ。
今期一番の視聴率ドラマ。
スポンサーの評判もいい。
この先、大物ゲストも登場する予定になっている。

それに何より、香藤の役どころの人気がスゴイのだ。
ファンレターも7対3で、アイドルの高瀬よりも香藤の方が断然多い。
女性というのは、危険な香りを振りまく男に弱いのだろう。
そんな香藤の演じる役が途中で死んでしまっては、どんな抗議が来るか想像するだけでも怖い。
ひょっとしたら、視聴率も激落ちするかもしれない。
それだけは、避けたい。

説得しようとするプロデューサーに耳を貸さない真野の態度に、今度は、プロデューサーがキレてしまった。
コトは香藤と真野だけの問題ではなくなり、人気ドラマだというのに、現場の雰囲気は現在最悪なのである。



「真野さん、奥様には頭が上らないから、女性問題は厳禁なんですよ。だから、気に入った男性に手を出してるらしいんです・・・」
「それで、俺に目を付けたということですね」

岩城は眉間に深くシワを刻んだ。
電話を切った後、暫く目を伏せて考え込んでいたが、やがてその目に光が灯った。
それも一瞬。
岩城は再度金子に電話をかけ、あることを調べるように頼み、真野と二人で会えるようにセッティングを依頼した。
「しかしっ、岩城さん・・・」
「大丈夫。俺に考えがあります。このことは香藤には内密にしてくださいね、金子さん」
「・・・はあ、そうおっしゃられるなら・・・」

電話を切った後の岩城の口元には、妖しげな笑みが浮かんでいたが、幸いそれを見ているものは誰もいなかった。
「甘く見られたもんだ・・・」
まさに岩城の中の魔性が、顔を出した瞬間だった。




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