桃様 2

仮面の剥がれる時 (つづき)


真野は金子から、「香藤には内緒で、是非二人きりでお会いしたい」という岩城の伝言を聞いて、舞い上がった。

映画「ロストハート」で、岩城の壮絶で破滅的な美しさに魂を奪われてから、ずっと忘れることが出来なかった。
香藤のダブル主演の脚本を書くことになったときも、仕事が嬉しいというより、岩城と繋がるきっかけができたことが嬉しかった。

45歳とはいえ、常にジムで手入れを怠らない身体は理想的にシェイプアップされているし、なにより成功している人間が持つオーラが、男としての魅力も最大限に引き出しているという自信もある。
香藤もいい男だが、まだ若い。
岩城のような男には、自分のような大人の魅力を持った男こそ相応しい。
浮かれた真野は、エステで念入りに爪の先まで磨き上げると、意気揚々と指定されたバーに出かけた。



7時半。
ホテルの地下にある、隠れ家のようなバーで岩城は待っていた。

実際、目の当たりにする岩城のあまりの美しさに、真野は息を飲んだ。
職業柄、美しい人間なら掃いて捨てるほど見ている。
しかし、岩城の凛とした内面から輝くような美しさには、今まで出会ったことがなかった。
特に、姿勢が美しい。
それは、思わずこちらの姿勢を正したくなるようなものだった。
「こんなすごい男と、香藤は住んでいるのか・・・」
密かに舌を巻きながら、真野は我知らず、緊張に手の平に汗をかいていた。

そんな真野に、岩城は緊張を解くようにふんわりと笑いかけた。
「ああ、どうもお呼び立てしてすみません。始めまして。いつも、うちの香藤がお世話になってます」
「いや、と、とんでもありません。こちらこそ、お会いできて光栄です。真野です」
思わず素人のようにしどろもどろになりながら、真野は吸い寄せられるように岩城の前の席に移動した。



それからは、真野にとっては夢のような時間だった。
岩城は聞き上手で、真野の自尊心を煽るように話を進めるのが上手かった。
気が付かないうちに、真野は岩城が時々浮かべる意味ありげな妖しい笑みに、すっかり魂を抜かれていた。
トドメは、岩城からすっと差し出されたカードキーだった。
「スィートを取ってあるんですよ」
「・・・っ!」
夢じゃないのかっ。
岩城を抱けるのか?!
真野は食い入るように喉を鳴らして、そのカードキーを見つめた。
そんな真野の様子を見つめる岩城の目に冷たい光が浮かんだのに気が付くには、真野は冷静さをすっかり失っていた。

「その前に、軽く食事して飲みなおしませんか?このホテルの最上階のラウンジからの眺めは、なかなかのものですよ。予約を入れてあるんですが」
真野は魅入られたように、コクコクと頷くだけだった。



まるで雲の上を歩いているようにふわふわとした夢見心地で、真野は岩城に促されるままエレベーターに乗り、最上階ラウンジに向かった。
エレベーターの中で、岩城のほっそりした美しい指を握りたいと思ったが、若造のようにがっついていると思われるのがイヤで、精一杯のやせ我慢をした。
「・・・焦る事はない。時間はあるんだからな・・・」
「何か?」
「えっ?・・・いえ、ああっ、ちょっと緊張してね。僕らしくもないな、ははは」

ラウンジに着くと、早速ボーイがやってきた。
「もう、お待ちになっていらっしゃいます」
「ああ、そうですか。待たせてしまっては申し訳ない。真野さん、急ぎましょう」
ボーイと岩城の会話に、真野の頭にハテナマークが浮かぶ。
そんな真野の目に、一人の妙齢の女性の姿が飛び込んできた。
金のかかったゴージャスな美人だ。
しかも、真野が今一番ここで会いたくない相手だ。

「あなた、もう、こんなサプライズを用意するなんて。びっくりするじゃない」
「・・・朝香っ?!」

それは、お気に入りのシャネルのアンサンブルに身を包み、父親から贈られた合計一千万円はするというネックレスとイヤリングで飾り立てた、妻の朝香だった。

「ああ、奥様、お呼び立てしたのに、すっかりお待たせして申し訳ありません。真野さんとお話がはずんでしまって。岩城です。香藤がいつも、真野さんにはお世話になってます」
「いいのよ、さっき来たところなの。それにここからの夜景は素晴らしくて、退屈しなかったわ」

状況が飲み込めず、真野はメデューサに睨まれたごとく石になっていた。
何故、朝香がここに?
二人は何を話してるんだ?
いや、その前に、朝香のこの機嫌のよさは何なんだ。
まさか岩城さんが、僕がやろうとしてたことをばらしたんじゃないだろうな。
嫌な汗がタラ〜っと背中を伝う。

「ほら、あなた、突っ立ってないで。もうお芝居はいいのよ」
「・・・お、お芝居!?」
思わず声がひっくり返る。
迂闊なことも言えずに、真野は彫像のように突っ立ったまま、目だけ動かして岩城を見た。

「明日は、お二人の結婚記念日ということを聞きましてね。奥様にサプライズということで、真野さんと二人で計画してたんですよ。ねえ、真野さん?」
「あっ・・・ああっ、そうそう、そうなんだ」
「ご結婚12周年、おめでとうございます。私からのプレゼントは、ここのスィートです。先ほど真野さんには、キーをお渡ししてあるんですよ。ごゆっくりと夫婦水入らずで、甘い夜をお過ごしください。もちろん、シャンパンと苺も用意させました」

「まあっ!悪いわ〜、ねえ、あなた」
朝香は言葉にハートを乗せて、頬を高潮させて少女のように胸の前で手を組み合わせた。
そんな朝香に、岩城は最上級の蕩けるような笑みを向ける。
「いえ、いつもうちの香藤が、お世話になっているんです。これからも、真野さんには香藤がお世話になるんですし、お付き合いも長くなりますからね」

朝香の瞳は、すっかりハートマークになっている。
さすが、岩城の女殺し眼差し光線の威力は絶大である。

やっと真野に事情が飲み込めて、体制を立て直したときには、岩城は立ち去ろうとしていた。
「これ以上、私がお二人の間にいるのは無粋ですから、私はここで。楽しい夜をお過ごしください」
岩城は、まだ天国で天使と戯れている朝香に頭を下げると、今度は真野の顔を見据えた。

「では、真野さん。香藤をこれからも、よろしくお願いします」
「もちろんよ!ねっ、あなた」
「・・・ええ、も、もちろんですともっ」
そして、岩城は最後の爆弾を落とした。
「奥様、真野さんからのプレゼント、楽しみですね」
「そうよねっ、あなた、何を下さるの?」

プレゼントなんて、用意してないっ。
気絶しそうなほど混乱した真野の頭の中は、この場を切り抜ける言い訳を探すため、光速でフル稼働していた。



先日、岩城が金子に調べるように頼んだのは、真野夫妻の記念日がどんなものでもいいから、近々ないかというものだった。
結婚記念日が明日だったというのは、ラッキーだった。

真野夫妻に背中を向けた岩城の口元には、悪魔も尻尾を巻いて逃げ出しそうな妖しい笑みが浮かんでいた。

「・・・俺の可愛い香藤を苛めやがって。これで懲りて、二度と香藤には手を出さないだろう」



それから、3日後。
最近の香藤の機嫌は、一点の曇りもなく良い。
悩み事は、無事に解決したようだ。
ドラマで香藤が演じているホストの出番が、ダブル主役なのに、偏って多くなりそうだとプロデューサーから告げられて、香藤はどうしたことかと首を捻っている。

「そりゃ、お前の方が高瀬君よりカッコイイからだろう」
さり気なく惚気爆弾を投下する岩城に、香藤は抱きついた。
「ホント、そう思う?」
「当たり前だ」
「そうそう、昨日、真野さんに言われたんだけどさ。君はよく、あんな怖い人と暮らしてるなだって。失礼だと思わない?岩城さんは、こんなに可愛いのに」
「そんなこと言うのは、お前くらいのもんだ」
「もうっ、岩城さんってば、自覚がないんだから!」

岩城は香藤にソファに押し倒されながら、マリアのような笑みを浮かべた。
知らないことが幸せなこともある。




©桃さま


このお話は、桃さまが「コネコ同盟」(カレンダー萌え企画)に投稿してくださったものを、強引に「ゆすらうめ異聞」に強奪してきたものです(笑)。
桃さま曰く、かの4月イラスト『魔性』のイメージ、「お主も悪よのう」な岩城さんだそうで・・・いやもう、最高ですね。
いとも簡単に、真野氏を手のひらの上で転がす岩城さん。
その余裕しゃくしゃくぶりに、彼の経験値が偲ばれます。きっと岩城さん、こうやって何度も、色絡みのお誘いを撃退して来たんだろうなあ。彼にとって、こんなやっかいごとは日常茶飯事なのかもしれませんね。
桃さん、美味しいお話をありがとうございました♪
Uploaded 7 September 2008


2012年10月12日 サイト引越に伴い再掲載
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