Autumn romance

Autumn romance ある晴れた日に


「どこに行くんだ?」
車に乗り込みながら、岩城さんが聞いた。
からりと晴れた秋の空。
久しぶりのふたり揃ってのオフ。
これで上機嫌になるなってほうが無理だよね。
「ひ・み・つ。岩城さんの好きそうなところだよ」
子供みたいな口をきいた俺をちらりと横目で見て、岩城さんは笑った。
しょうがないなあ、って顔。
屈託のない、きれいな笑顔。
君の笑顔が僕の幸せ・・・なんて歌があったっけ。
ありがちな歌詞だけど、でもそれ、ほんとだと思う。


俺は軽快にハンドルを切って、東名高速へ。
平日のお昼前のせいか、ありがたいことに道はすいていた。
あっというまに裾野インターで降りて、国道246号線へ。
助手席の岩城さんは何も言わず、窓の外を見ている。
なんていうの?
こういう沈黙って嫌いじゃない。
気まずい沈黙じゃなくて、満ち足りた、あたたかい静寂。
ポツリポツリと会話を交わすけど、でもしゃべらなくても充分つながってる気がする。


緩やかな斜面を上って、森の奥を切り開いたような空間へ。
しんとした森の中、あざやかな紅葉が目にまぶしい。
その中に、忽然とモダンなビルが現れた。
「香藤、あれ・・・」
「うん。美術館だよ。ベルナール・ビュッフェって画家の。この間ロケでこの近くまで来たときに、スタッフが教えてくれたんだ。立派な美術館で、でも知る人ぞ知るって感じだから静かで、おすすめだよって」
岩城さんがふわりと微笑んだ。
やわらかな晩秋の木漏れ日。
ひんやりした空気が気持ちいい。
駐車場からエントランスまでのほんのちょっとの道のりを、俺たちは手をつないで歩いた。
誰もいないから、岩城さんも文句を言わない。
ちょっと頬を染めて、うつむき加減で。
たぶん、照れて「いい歳の男ふたりが、手をつないで歩くなんて」って言いそうになるのを我慢してるんだ。
・・・かわいいよね、ほんと。


ビュッフェの絵は、すごい迫力だった。
実を言うと、岩城さんを連れてくるつもりでちょっとインターネットで下調べした。
だからどんな絵を描く人か、知ってる気でいたんだけど。
でも見る人の感情を揺さぶる本物の力は、やっぱり体験しないとわからない。
コンピュータのスクリーンではひっかくような鋭角なラインばかりが目立つ感じだったけど、生で見る作品は、もっとずっと骨太。
生命力に溢れていて、強烈な存在感で俺を圧倒した。
「・・・すごいな」
ため息まじりに、岩城さんがつぶやいた。
大きなキャンバスの前で、憑かれたように立ち尽くしてる。
「うん。・・・俺、こんなすごい画家がいることすら、知らなかったよ」
「それはお互いさまだろ」
顔を見合わせて、くすりと笑う。
「この絵を好きかって聞かれると、答えに窮するかもしれないけどな・・・」
「そだね。きれいな絵だからうちに飾っときましょう、って感じじゃないね」
岩城さんと美術館デートなんて初めてだったけど。
恋人と自分が同じものに共鳴するって思えるのは、とてもうれしい。


ランチは、美術館に併設するレストランでとった。
流行りのスローフードが自慢らしいけど、でもいちばんのご馳走は風景だった。
壁一面ぐるりとガラス窓で覆われたその向こうには、秋なのにしたたるような緑の庭。遠景には七重の山紅葉。
うっとりするほどの眺めだった。
店員や他のお客さんたちが、俺たちをチラチラ見てたけど。
客層がいいのかスタッフのしつけが行き届いているのか、誰も不躾に近づいて来なくて、ホッとした。
まあ、このくらいの視線では気にならない程度には、俺たちの神経もたいがい太くなってるけどね。
「おいしい、岩城さん?」
「ああ。・・・いいところだな」
微笑む岩城さんに、俺のほうがドギマギした。
とろけるような甘い表情で俺を見つめる。
俺の背後がざわめくのがわかった。
・・・ああ、また岩城さんのフェロモンの被害者が増えちゃった。
自分の魅力に無頓着な俺の恋人は、まったく気がつかない。
それどころか、ふいにいたずらっ子みたいな目をして、俺の手をつついた。
岩城さんの左手には、オフのときは必ずつけてくれる結婚指輪。
俺の手には・・・ない。今朝、してくるの忘れたんだ。
「あ・・・ごめん」
「所有のあかし、なんだろ?」
くすくす笑う。
「俺だけにさせておくのは、ずるいぞ」
そういうの男のエゴって言うんだ、と、とびきりセクシーな低い声でそう囁かれて。
節操のない俺の下半身は素直に反応した。
「岩城さん・・・」
情けない声を出すと、岩城さんはまた笑った。
・・・いじわるなんだから、もう。


午後は、今日のハイライト。
クレマティスが咲き乱れるホワイトガーデン。
「香藤、ここ・・・」
岩城さんが目をみはった。
見渡す限り、秋咲きのクレマティス。
大きな真っ白の花。可憐な薄紅色の花。あでやかな紫の花。
いったい何種類あるんだろう。
それから、原種のシクラメン。
淡い真珠色だったり、目の覚めるような深紅だったり。
シュウメイギクやフジバカマも彩りを添えてる。
「ここね、クレマティスの丘って言うんだって」
俺はそっと言った。
「前にさ、ガーデニングの番組見てたとき。クレマティスの特集だったけど、岩城さん、あんなのもいいなあって言ってたでしょ?」
「そうだったな・・・」
岩城さんはうれしそうに頷いた。
聞いたこともない名前のついた花たちを、ゆっくりゆっくり見て回る。
無邪気に顔を輝かせている岩城さんがうれしくて、俺はその後をついて歩いた。
ほんとに、きれいな庭だった。
淑やかな庭・・・ってのはおかしな表現かもしれないけど。
これみよがしに咲き誇る薔薇みたいな派手さはなく、あくまで、奥ゆかしい感じ。
・・・岩城さんみたい、だよね。
もちろん、どんなに美しい花より、俺の岩城さんのほうがきれいだけどね。


結局、俺たちはいくつか鉢植えのクレマティスを買った。
ガーデンセンターで育て方を熱心に聞く岩城さんを、他のお客さんは遠巻きに、興味津々で見てた。
所帯じみてる、ってひそひそ声が聞こえて、俺は吹き出しそうになる。
あたりまえじゃん?
俺たち、所帯持ちだもん。
帰路につくころには、日が暮れかかっていた。
冬が近い、と思わせる弱い日差し。
「今日はありがとう」
楽しかったよ、とつけ加えて岩城さんが笑う。
「よかった」
俺もうれしいよ。
一日、岩城さんが自然に包まれて、気持ちよさそうに羽根を伸ばしているところを見られたから。
「香藤・・・」
ふわりと触れる吐息。
あっという間もなく、岩城さんは俺の頬にかすめるようなキスをくれた。
「・・・もうおしまい?」
ニヤリと笑って、俺は岩城さんの瞳を覗き込んだ。
「バカ、前向いて運転しろ」
照れ隠しの、憮然とした声。
「はーい」
俺は、ハンドルを握りなおしてアクセルを踏んだ。


「ほら岩城さん、こっち向いて?」
エコーのかかった声が響く。
湯気のむこうの岩城さんを、俺は腕の中に閉じ込めた。
「香藤・・・」
甘いかすれ声。
振り返った切れ長の瞳が濡れていた。
家に帰ったとき、岩城さんがちょっと寒そうにしていたので。
俺はさっさと風呂を沸かし、岩城さんを裸に剥いて、一緒にバスタブに飛び込んだ。
「あったかくなった?」
「ああ・・・」
ただ質問に答えただけなんだけど。
その声の色っぽさに俺はドキリとした。
太腿を開いて座る俺の脚の間に、岩城さんの身体。
背中を俺に預けて、ほうっと吐息をついた。
肩が冷えないように、俺は湯をすくってはその白い身体にかけてやる。
しばらくじっとしていた岩城さんが、そろりと手を俺の股間に伸ばしてきた。
「ん・・・っ」
岩城さんにやさしく愛撫されて、俺のペニスは素直に反応する。
俺はゆっくり追い立てられる。
触れてくれる後ろ手のぎこちなさが、なぜかいっそう快感を煽った。
「元気だな・・・」
「ちょ・・・ちょっと待って」
すんでのところで、俺は岩城さんの腕をつかんで引き離した。
「・・・いっていいぞ?」
「そうじゃなくて」
ちょっと息が切れてて、かっこ悪いけど。
俺はその漆黒の瞳を見つめながら、目いっぱいの低音でささやいた。
「俺、岩城さんの中でいきたい」
「香藤・・・」
頬を染めて、岩城さんが俺を見返した。


ちょっと逡巡してから。
岩城さんは身体の向きを変え、俺の太腿を跨いだ。
パシャリ、とお湯が跳ねる。
中腰のまま、岩城さんはキスをねだるように目を伏せた。
俺はその細い腰をきつく抱きしめて、唇を重ねた。
浅く、深く、長く、短く。
恋人の吐息を奪うように。
恋人の慄きをなだめるように。
「は・・・んぁ」
終わらないキスから逃れるように身をよじって、岩城さんは息をついた。
上気した頬。
うるんだ瞳が深い光をたたえて俺をとらえた。
荒い吐息が、艶めかしい。
俺はつるりと両手をすべらせて、岩城さんのお尻を捉えた。
「あっ・・・」
指先で、手のひらで、そのなめらかな肌を愛撫する。
それだけで岩城さんはせつなげな声をあげた。
「香藤・・・」
堪えきれずに、股間を俺に擦りつけた。
もう欲しい、って合図。
「まだ無理だよ」
耳元にキスして、俺は岩城さんの後穴に指を伸ばした。
慎ましく閉ざされたそこを誘惑するように撫でてから、中指を突き立てる。
「あっ・・・んんっ」
岩城さんの両腕が俺の首にからみついた。
俺の指を受け入れようと、岩城さんの身体がゆっくり弛緩する。
息を吐き、息を吸い、ぎゅっと瞼を閉じたまま。
「あっ、あっ、あ・・・はぅ」
すがるように俺に上半身を預けて、岩城さんはあえぎ声をあげた。
恥ずかしいのに、感じて感じてしょうがない、って顔。
こういうときの岩城さんは、ほんとにもう、どうしようもなく色っぽい。
クラクラするよ・・・。
「香藤、かと・・・あぁっ」
俺をねだる、低いかすれ声。
それを聞くだけで、甘い疼きに全身がしびれた。
まだちょっと早い、とは思ったけど。
さっきからずっと限界状態だった俺は、もう我慢できそうになかった。
「ごめんね、岩城さん」
「んん・・・っ」
「痛かったら言って・・・?」
俺を見つめるうるんだ瞳が、わずかに揺れた。
いいから、大丈夫だよって、先を促す眼差し。
つややかな黒髪を撫でながら、岩城さんの腰を俺の股間に引き寄せた。
待ちかねたように、岩城さんが俺のペニスをつかんだ。
そのまま自分で後穴にあてがい、そろりと体重をかける。
「んんっ・・・あはぅ・・・っ」
「ん、きつ・・・っ」
焼けつくように熱い岩城さんの内壁が、ねっとりと俺を包み込んだ。
きっついけど、脳天までしびれそうな快感。
ちゃぷん、とお湯が波打った。
浅い吐息。
苦しそうに眉をひそめながら、それでも岩城さんは俺の腿にペッタリ座り込んだ。
ズルリと、俺が岩城さんの奥に納まる。
岩城さんのやわやわな最奥にきゅうっと迎えられて。
なんというか、俺が本来いるべき場所に、戻ってきた感じ。
腰を揺する岩城さんに律動を任せて、俺はその肢体をくまなく探った。
「あ・・・かと、香藤・・・っ」
岩城さんのうなじに舌を這わせ、なだめるように、そのしなやかな背中をさすった。
「大丈夫・・・?」
震えるまぶたが開かれ、けぶる黒曜石の瞳が俺を見つめる。
ああ、と吐息交じりに頷いて、岩城さんは少し笑った。
苦笑、かな。
長いこと一緒にいるのに、いまだに余裕のないセックスをしてる俺たちへの。
「ずっと・・・」
「ん?」
「ずっと、こうしていたい、な」
ぽつりと、一言。
いつまでも、相手を奪いつくすほどの熱い想いを持っていられたらいい。
相手に触れていないと飢えを感じてしまう、そんな恋愛。
そういう意味だと、思った。
「うん。そうだね・・・」
至近距離の紅い唇に、俺はそっとキスを落とした。
「ん・・・」
鼻に抜ける、甘いあえぎ。
「俺も、いつもいつも、こうやって岩城さんと繋がっていたいよ・・・?」
岩城さんのいちばんいいところを、俺は中から刺激する。
「ひっ・・・ああ、んっ」
甘い声をあげて、岩城さんが俺の耳にかじりついた。
俺にしがみついて、貪欲に俺を求める、俺の恋人。
その痴態を、誰よりも美しいと、俺は思った。
「きれいだよ、岩城さん・・・」
俺は岩城さんの腰をつかんで、叩きつけるように奥を抉った。
「ああっあっ・・・はうっ・・・んんぅっ」
後はもう、言葉にならなくて。
情欲に駆られるままに、俺たちはお互いを貪った。


ぼんやりと覚醒した。
しんと静まり返った、ほの暗い空間。
ベッドサイドの時計を見ると、午前3時すぎ。
俺に額をくっつけるようにして、岩城さんはすやすや眠っていた。
そのむき出しの肩に毛布を引き上げる。
寝乱れた黒髪を、俺はそうっとかきあげた。
・・・何年も一緒に暮らして、いまさらだと思うけど。
俺の腕の中で眠るぬくもりに、俺はいつも驚嘆する。
この、暖かいものが。
この、まぶしく、きれいで、せつないほどに愛しい人が。
俺を守り、慈しみ、支え、ありったけの愛情を注いでくれる。
俺だけが欲しいと身体を熱くして、俺だけを見つめてくれる。
人生のすべてを、俺に預けていてくれる。
・・・奇跡みたいだよね。
この奇跡に慣れることは、たぶん一生ないけど。
「岩城さん・・・」
そっと名前を呼ぶだけで、胸がつまった。
愛してるよ。
ありがとう。
こみ上げたものを封じるように。
俺はその額に、触れるだけのキスをした。



ましゅまろんどん
20 October 2005

2012年10月10日、サイト引越にともない再掲載。若干レイアウトを整えましたが内容は編集していません。