春隣 Spring steps

春隣(はるどなり)――― Spring steps ――― 5





家に帰った途端、岩城さんは俺の手を引いてバスルームに直行した。
無造作に俺の服を脱がせて、床に放り投げる。
岩城さんが俺を裸にするって、あんまりないシチュエーションだから。
正直に反応して勃起した俺のペニスを、岩城さんは笑って指で弾いた。
「・・・ぁうっ」
「まったく、もう」
先端にちょっとだけキスして、岩城さんは俺のお尻をペチンと叩いた。
「ほら、先に入ってろ」
―――丸っきり、お袋モードだよ、それ。
洗い場に腰を下ろすとすぐに、岩城さんが入ってきた。
後ろに立ったまま、俺の髪に顔を寄せる。
「・・・ほんとに、シャンパンの匂いがするな」
それから、シャンプーしてくれた。
今日はずいぶん甘やかされてるよね、俺。
あは・・・背中に岩城さんのが、あたってる。
待ちきれなくて振り向いたら、岩城さんが釘を刺してきた。
「そっちの始末は、まだだ。少しくらい待て」
―――自分だって勃ってるくせに、妙に冷静なんだから。
しょうがないからダッシュで身体を洗って、岩城さんをくるくる洗って、一緒に湯船に飛び込んだ。
派手な音を立てて、湯が跳ねた。
いつもみたいに、岩城さんを後ろからがっしり抱え込む。
ほうっと息をついて、上半身を俺に預けてくる岩城さんの首筋に、俺はキスをした。
「香藤・・・」
なだめるような岩城さんの言葉は聞こえないふりで、ほんのりと染まったうなじに舌を這わせた。



もともと身体の熱かった岩城さんの息が、すぐに荒くなる。
「―――さすがにちょっと、びっくりしたよね」
おいしそうな耳元にキスしながら、俺は言った。
俺の指は、岩城さんの胸へ。
けなげに硬く立ち上がった乳首が、愛撫を待ちかねてたから。
熟れた柘榴色っていうか・・・何とも言えないやらしい色で、俺を誘ってるんだ。
「な・・・にが? はぅん・・・っ」
急に乳首を摘まれ、ねじり上げられて、岩城さんが仰け反った。
キスを求める唇に、俺はチュッと軽いくちづけを落とす。
「・・・お義父さん。あんなにあっさり、岩城さんをやるって言うなんて、俺、思わなかったよ」
「ばっ・・・あふんっ・・・んんっ」
色っぽい嬌声が、バスルームに響く。
岩城さん、今日は特別に敏感みたいだ。
その気になったときの岩城さんは、本当に、スゴイから。
「まさか、ね」
「あん・・・うん・・・っ?」
「息子を嫁がせる日が来るとは、思わなかっただろうね」
「・・・!」
どうやら、俺の発言がお気に召さなかったらしくって。
岩城さんは腰をずらして、背中で、俺のペニスを俺の腹にぎゅうっと押しつけた。
「い・・・痛いよ!」
大事なところを押しつぶされて悲鳴を上げた俺を、岩城さんはいたずらっぽい目で振り返った。
うわ・・・婀娜っぽい流し目。
ごめんねのキスを、つやつやの黒髪に落とす。
大人しく俺に抱かれたまま、岩城さんがぼそっと言った。
「・・・ありがとう」
「何が?」
「全部・・・」
そう言って俺の胸に顔を伏せる岩城さんが、あまりに可愛くって。
俺は岩城さんを抱きしめる両腕に、力を込めた。
心配してた俺たち家族の挨拶が、まあまあ無事に終わったこと。
一生添い遂げるって、お義父さんに宣言する勇気をもらったこと。
それともシャンパンの雨から、岩城さんを守ったこと・・・?
―――岩城さんの言葉の意味はともかく。
今、俺の腕の中に、裸の岩城さんがいる。
気持ちよさそうに俺にすべてを委ねて、許してくれてる。
それだけで、俺には十分だった。
一生、そうだといい。
一生、岩城さんが安心して還って来れる場所でありたい。
俺は岩城さんの顎をつかんで、くちづけた。
甘い甘い、したたるようなキス。
岩城さんの両腕が、待っていたように俺の首に巻きついた。
深く唇を合わせて、舌先を絡ませる。
「・・・ん・・・っ」
鼻に抜ける息が、色っぽい。
焦れた岩城さんが、無理な体勢で腰を擦りつけてきた。
パシャン、とお湯が跳ねる。
「岩城さん・・・」
返事の変わりに、熱い吐息。
俺は岩城さんの身体の向きを、後ろ抱っこの形に戻した。
しなやかな熱い身体が、ちょっと抵抗する。
後座位はいやだ、っていう意味なんだろうけど。
でもこれが、岩城さんにいちばん負担にならないんだよ・・・?
なだめるように、ほの白い太腿を撫でた。
挨拶みたいにペニスを軽くしごいて、そのまま奥へ指を滑らせる。
岩城さんの喉が鳴った。



「お義兄さん・・・さ」
「・・・んん?」
胸を大きく喘がせて、岩城さんが吐息混じりに返事をした。
こりこりの宝珠の下の、かわいい肛穴。
愛撫を期待して震えてるのが、指先に伝わってくる。
―――見られないの、ちょっと残念。
「・・・少し弟離れ、してくれるといいんだけど、ね・・・」
「はう・・・っ」
俺は、人差し指を岩城さんの中に挿入した。
ねじり込むように、奥を探る。
「な・・・んで・・・?」
首を仰け反らせて、俺の肩に預けて。
岩城さんはうっすらと目を開けて、俺を見た。
けぶるまなざしは、もう明らかに情欲に濡れていて―――果てしなく、俺を誘ってた。
指一本で、こうだもん。
たまんないよね。
俺は指を増やしながら、岩城さんのうなじにねっとり舌を這わせた。
「だって・・・俺、あんなふうに嫉妬されても・・・」
「・・・嫉妬?」
「そうだよ、岩城さん」
三本目。
岩城さんが、まるで溺れるみたいな悲鳴を上げた。
「まっ・・・待って、くれ・・・あ・・熱いっ・・・」
ピチャン、とお湯が跳んだ。
岩城さんの身体がぐらりと揺れる。
「お湯・・・入っちゃった・・・?」
慎重にしてるつもりだけど―――敏感な粘膜だから。
お湯が入ったら、確かにしみるよね。
震える肩に、俺はそっとキスを落とした。
深い息をついて、岩城さんが首をねじって俺を見た。
涙目・・・なんだ。
「ごめんね、大丈夫?」
俺はその濡れたまつげに、くちびるをつけた。
か細い声が、聞こえた。
「嫉妬・・・?」
「ああ、お義兄さんのこと。うん。多分ね、岩城さんが素直に俺に甘えるのが、悔しいんだと思うよ」
ふふって息だけで、岩城さんが笑った。
「おまえと、兄貴を比べても・・・な」
中でうごめくいたずらな俺の指に、岩城さんが眉をしかめた。
「ふっ・・・ん・・・はぁん・・・っ」
悩ましい声がエコーして、バスルームに反響する。
上気して、岩城さんの全身は桜色に染まってた。
艶めかしい、って言うの?
絶対に女じゃないけど、でも男でもない、壮絶な色香をまき散らしてるんだ。
俺はもう、魔に魅入られた気分で。
「・・・挿れるよ・・・」
岩城さんの両脚を拡げて、その細い腰を持ち上げた。
いや、もちろん、浮力と岩城さんの協力がないと、絶対無理なんだけど。
ぐったりした肢体を、俺の股間に落としこむみたいに。
岩城さんの肛穴にほとんど垂直に、ペニスを突き立てた。
「・・・んぁぁっ・・・あぁっ・・・はぅんっ・・・!」
バシャバシャと、お湯が勢いよく跳ねた。
ほんとにお湯が浸入してるんじゃないかってくらい。
岩城さんの内壁は、熱くて、きつくて。
うねるように狂喜して、俺を奥まで呑み込んだ。
「い、岩城さん・・・!」
一気に持っていかれそうになって、俺はギリギリで踏みとどまる。
岩城さんの身体は、痙攣するみたいに震えていた。
俺は後ろから抱いた細い腰を掴んで、強引に上下に動かした。
「・・・はんぁあっ・・・あぁっ・・・んっ・・・か、香藤っ」
嬌声はほとんど、ファルセット。
快感が強すぎて、息も絶え絶えって感じ。
俺の上で悶えて悲鳴をあげる岩城さんは、もう、妖艶としか言いようがなかった。
かすれた喘ぎ声も。
ぬめるように輝く、今はほんのり染まった肌も。
しなやかな、シミひとつない背中も。
すがるものを求めて彷徨う、きれいな二の腕も。
―――本当に、どこまでも、エロティック。
たまらなくなって、俺は岩城さんの背筋にキスを落とした。



「ぁはん・・・んんっ」
背骨をたどってキスするたびに、岩城さんの肛内が蠕動した。
俺に深々と貫かれて、感じて、感じて、どうしようもなく感じて。
「も・・・もっと・・・か、とぉ・・・んんっ・・・奥・・・あぁぁんっ」
とびっきり甘いかすれ声で、そんなこと言うんだ。
こんな強烈なおねだり、いつの間にするようになったんだろう。
「さ・・・最高だよっ・・・いわ、きさっ・・・」
俺は容赦なく、岩城さんの最奥を下から攻めた。
えぐるように腰を使って、奥の奥まで、岩城さんが俺でいっぱいになるように。
気が狂うほどの快感を、分かち合いたくて。
「あぁぁぁ・・・んんっ・・・ふぁっ・・・ひぃい・・・んぁっ!」
ほとんどすすり泣きみたいな悲鳴を上げて、岩城さんが果てた。
絶頂感に全身がそそけ立ち、痙攣するのがわかる。
「んん・・・!」
岩城さんの熱い柔壁が、ぎゅっと俺を搾り取るように絡みついた。
もう我慢できなくって、俺は岩城さんの肛穴の奥深くに、叩きつけるように射精した。
「はぅん・・・ああぁっ」
その感触に岩城さんが再び感じて、俺の上で身体をくねらせた。
岩城さんのペニスは、ほとんど構ってあげられなかったけど。
とっくの昔に、弾けてたみたいだった。
―――あんまり気に悩まなくなったよね、岩城さん。
後ろじゃなきゃ達けないっていうの。
そのせいか、どんどんセックスが奔放になっていく気がする。
ぐったり仰け反ったまま、俺の肩に頭を乗せて。
「・・・か、とう・・・」
荒い息の下、かすれた声で俺を呼んだ。
「・・・なあに?」
目を閉じて、ちょっと苦しそう。
「岩城さん、大丈夫・・・?」
「水、ほし・・・」
そうささやきながら、岩城さんはふっと気を失った。



俺がパニックに陥ったのは、言うまでもない。
正体をなくした岩城さんを湯船から掬い上げ、バスローブで包むと、そのまま階段を駆け上がった。
ベッドに横たえると、岩城さんがかすかに身じろぎした。
「い、岩城さん・・・!」
お願い、死なないで。
思わず縋りついて、泣きそうになったけど。
そうだ、水が飲みたいって、言ってたっけ。
俺はあわてて階段を駆け下りて、冷蔵庫からペットボトルをつかみ出した。
もう一度ダッシュで、寝室に戻る。
やわらかいベッドサイドランプの下で、岩城さんが俺を見て笑った。
その顔は、いつもと同じように穏やかで。
「岩城さん・・・」
俺は安堵のあまり、床にペッタリ腰をついた。
―――腰をついて初めて、自分が素っ裸だってことに気づいた。
「・・・風邪、ひくぞ」
いつものやさしい低音。
くすくす笑うその声に、俺は涙が出そうになった。
「・・・岩城さん、お風呂で気を失ったんだよ。大丈夫なの?」
こっちへ来いって、手招きされて。
俺は岩城さんのベッド脇に、膝をついた。
きれいな指先に、そっとキス。
「そんな顔するな。ただの、湯当たりだろ」
「そんな・・・でも」
岩城さんは俺の唇を指で塞いで、照れたように笑った。
「のぼせただけだよ。心配するな。・・・睡眠不足で、アルコール入って。それで風呂場でちょっと羽目をはずしたら、これだ」
苦笑して、俺の濡れた髪をかき上げた。
「水・・・」
俺はペットボトルの水を口に含んで、岩城さんにキスした。
「んん・・・」
気持ちよさそうに、岩城さんの喉が鳴る。
「もっと?」
小さく頷く仕草が、すごく可愛い。
岩城さんの左手が、そっと俺の指に絡まる。
そうやって何度も、口移しって名目のキスをした。
岩城さんの顔色がまたたく間に良くなって、俺はホッとした。
「服・・・着て来いよ」
岩城さんの側から離れたくなくてグズグズしてた俺に、岩城さんが言った。
「別に俺は、どこにも行かないぞ?」
「うん・・・でも」
「バカ、何を心配してるんだ。俺はおまえのものなんだろ。親父に、あんな自信たっぷりに言ったくせに」
「岩城さん・・・」
やりすぎだったのかな、とも思ったけど。
岩城さんの笑顔は、屈託がなかった。
「・・・今さら返品しても、親父は受け付けないぞ。一生、大事にしてもらうからな」
とろけるような笑顔で、そんなこと言うなんて反則だよ。
俺がもう一度キスしようとしたら、すっとかわされた。
「・・・ひとつ、思い出した。おまえ、俺にウソをついてたな」
上目遣いに笑いながら、すねた顔をしてみせる。
「ええ!? 何のこと?」
「おまえのご両親が、俺たちをどう思ってるかって話だ」
「ウソなんてついてないよ? 親父たちはいつだって岩城さんを・・・」
そこまで言って、俺はハッと息を呑んだ。
うちの両親にはどっちが嫁だか婿だかわからないって、俺、昨日言ったんだ。
もちろん、本当にそう思ったからなんだけど。
今日、洋子があっさり、すっぱ抜いたんだった。
「・・・最高の嫁、なんだって?」
諦めたように、岩城さんが笑って聞いた。
「一応誉め言葉、なんだろうな」
「ごめん。俺、マジで知らなかったんだよ」
しょぼくれた俺を見て、岩城さんが両腕を差し出した。
赤ん坊が、抱っこをねだるような仕草。
俺は岩城さんの背中を支えて、ゆっくり上半身を起こしてやった。
しなやかな腕が、俺の裸の背中に廻る。
「まあ、いいさ」
どっちだって、いいんだよ。
情事の余韻を引きずった、セクシーなかすれ声で。
岩城さんはそうささやいて、俺の頬にキスをくれた。






ましゅまろんどん
25 December 2005
「春隣」というのは、俳句の冬の季語です。「春近し」「水ぬるむ」などという季語と同じく、「(今はまだ冬だけれど)もうすぐそこまで春が迫っている、待ち遠しい」というニュアンス。岩城さんとその家族とが、10年の断絶を経て徐々に歩み寄るさまを表現するのに、これ以上適切な言葉はないと思ってタイトルにしました。
オリジナル副題の「長くもがなと」は、意味が伝わりにくいため改題しました。

2012年11月3日、サイト引越にともない再掲載。若干ですがテキストを修正しました。