第六話

Je t'mbrasse xxx キスしてあげる




「編集長」
「なんだ?」
「これ、翻訳あがってきました。先月の、イレーヌ・デュトワの本誌独占インタビュー」
「ああ、あれね」
「それ、基本的にまだテープ起こしたまんまです。これから原稿にまとめますけど、一応、素材の状態で目を通してもらえると」
「・・・長そうだなあ。おもしろいの、これ」
「はは。来月の巻頭、いけると思いますよ。まあ、読んでみてください。ページの都合上、けっこう削っちゃうと思いますから」
「オッケー」







お待たせしてごめんなさい。
車、なかなか停められなくって。
自分で運転して来たのかって?
もちろんよ。
パリのドライバーがどれだけ凶暴か知ってるでしょ?
他人の運転する車なんてこわくて乗れないわよ。



ええ、はじめまして、ね。
日本の雑誌の単独インタビューはこれが始めて・・・じゃないかしら。
ええ、そうね。
『La lune descendante』(邦題=傾く月)、もうすぐ撮影終了よ。
とてもいい映画になると思うから、なるべくたくさんの人に見てもらいたいわ。
日本で話題になってる?
キョースケが出てるからでしょ。
それでいいのよ(笑)。
きっかけは何だっていいの。
とにかく、日本のみなさんがこの映画に興味を持ってくれて嬉しいわ。
で、今日は、キョースケのことを話せばいいのかしら?
そりゃ、わかるわよ(笑)。
いいのよ、彼の話をするのは楽しいから。



出演依頼が来たのは、そうね、一年ぐらい前だったかしら。
アンドレアス(編集註=アンドレアス・セガン監督)とは以前にも一緒に仕事をしたことがあって。
ええ、そうね、現代フランス映画界を代表するアーティストだと思っているわ。
面白そうな脚本だったので、出演するって即答したの。
もっとも、アンドレアスはアラン(編集註=夫君のパリ・バスティーユ交響楽団主席指揮者アラン・フォンテーヌ氏)と旧交があるから、どっちにしても、頼まれたらイヤとは言えないけれどね(笑)。



共演者については、私のエージェントから聞かされたわ。
ジュールズ(編集註=キャスティング・ディレクターのジュリアン・マクリード氏)がプライベートで日本を旅行したときに、すごく印象的な役者を見つけたって言ってるって聞いて。
目で感情を表現できる、っていう触れ込みだったわ。
職業病っていうのかしら。
あの人、いつどこに行っても、必ずそうやって光る才能を見つけてくるのよ。
その後で、キョースケのコンポジット(編集註=俳優・モデルの基礎データを記した身上書)をもらったの。



そのときの印象?
そうね―――ハンサムだとは思ったわよ。
でもコンポジットの写真なんて、信用できないもの(笑)。
ものすごく修整されてるのがふつうだから。
それ以上の印象はなかったわね、正直言って。
年齢より若く見えるけど、でもそれは東洋人の場合よくあることでしょ?



キョースケの経歴ねえ。
ブルーフィルム(成人映画)に出演してたこと?
エージェントは渋い顔をしたけど、私は気にならなかったわよ。
なんでかって?
だって私、彼の出ている映画を見たもの。
そうそうそれ、『春を抱いていた』。
荒削りだけど、いい役者だと思ったわ。
ただ、英語もフランス語もほとんどできないって聞いて、それだけはちょと気になったけれど。
映画を撮る上で、スタッフとの意思疎通がはかれないっていうのは、役者にとってものすごいハンデだから。
実際キョースケは、相当苦労したと思うわよ。
ええ、そう。
通訳がいればいいってものじゃないから。



キョースケ本人に最初に会ったのは、制作発表の記者会見のとき。
スケジュールを無理やり調整して、それだけのために日本から飛んできたのよ、彼。
疲れているでしょうに、みんなに丁寧に挨拶して、ずっと笑顔を絶やさなくて。
育ちのいい好青年って感じだったわね。
あら、青年っておかしい?
私より何歳か年下でしょ(笑)。
まあとにかく、スタッフの好感度は高かったと思うわ。
私?
ふふ、すらりと背が高いのに、まずびっくりしたわ。
すっきりしたまなざしのハンサムで、コンポジットの写真どおり(笑)。
おまけに、いい声でねえ。
声の出ない役だなんてもったいないって言ったら、頬を赤らめちゃってね。
ブルーフィルム云々って聞いてたのとは全然ちがう、すれてない印象だったわね。
通訳を通しての会話の間中、キョースケはね、ほとんど視線をそらさないのよ。
あの黒い瞳は、くせものね。
アンドレアスにそう言ったら、あっという間にそれがアランに伝わって。
しばらく彼に拗ねられて、大変だったわ(笑)。



彼の性指向?
そのときは知らなかったわ。
どう思ったかって?
別に―――ああそう、って感じね。
この業界で、そんなの気にしてたらやっていけないわ(笑)。
ああ・・・そういえば。
アンドレアスの秘書のジェラルディンが、キョースケの就労ビザの手続きをしたんだけど。
申請書類には彼が独身だって書いてあって、彼女、首をかしげてたわね(笑)。
どういう意味かって?
あのね、出演交渉のとき。
アンドレアスがまず、キョースケの事務所に連絡を取ったんだけど。
最初にやんわり、断られてるのよ。
断るっていうより、牽制された感じかしら。
ひとまず話は伝えるけど、あんまり期待しないでくれって。
彼は家族をとても大事にするから、長いこと日本を離れなくちゃならないような仕事は受けるかどうかわからないって。
そう言われたら、きっと新婚なのかな、とか、赤ちゃんが生まれたばかりなのかな、とか思うでしょう?
だからみんな、なんとなく、キョースケは既婚者だと思い込んでいたのよ。
まあ、ある意味、それは正しかったわけね(笑)。



共演した印象・・・そうね。
まじめで、努力家。
自分の台詞はほとんどないのに、脚本をかなり読み込んでいる感じだったわね。
もちろん、全部フランス語よ。
キョースケのお勉強につき合わされるマキが、悲鳴を上げてたもの(笑)。
ああ、マキって、彼についてた通訳。
パリ在住の日本人で、フランス人のご主人がいるのよ。
熱心なのはいいんだけど・・・そうね。
物事には必ず、全力であたるべきときと、力を抜いていいときと、あると思うんだけど。
彼はその加減ができない、そんな気がしたわ。
いつも、一生懸命。
それはいいんだけど、なんだか、ときどき辛そうだったわね。
不器用・・・なんでしょうね。



ふつう俳優はね、与えられた役柄を自分のほうへ引き寄せるのよ。
よく、「役を自分のものにする」って言うでしょ。
それが演じるってことじゃないかしら、たいていの場合。
でも、キョースケは違うみたいね。
なんて言うか―――自分が、その役柄のほうに入っていっちゃうの。
自我を消して、精神的にその役に同化する・・・っていうことかしら。
「演技する」という意味では同じだけど、でも感覚的に全然ちがうわね。
ああ、そうね(笑)。
たしかに残念だと思うわ。
こういう演劇論、キョースケとしたかったわねえ。



え、噂?
噂になったの、私とキョースケが?
ふふ・・・日本だけじゃないの、それ(笑)。
私は何も知らないわよ。
仲がいいって、それは本当よ。
私たち以外に、ほとんど出演者のいない映画だっていうせいもあるけど。
あれだけ一緒の時間を過ごしたら、親しくもなるわ。
光栄ね、あんな若くてハンサムな俳優さんの恋のお相手だと思ってもらえるなんて。
そう書いといてちょうだい(笑)。
実際には、ありえないお話。
私が既婚者だからじゃないわよ(笑)。
彼がゲイだからでもなくって。
そういうの以前の問題ね。
―――私、彼には魅かれないの。
ごめんなさいね、失礼かしら。
誤解しないでくれる?
キョースケに魅力がないっていう意味じゃないのよ。



彼は本当にすてきで、私、大好きよ。
ハンサムでやさしくて、理想の恋人だと思うわ。
でも、ねえ。
私の―――何ていうの、本能的なもの?
メスの部分っていうと、ずいぶんひどい表現だけど(笑)。
とにかく、私のそういう動物的な部分が求めるのは、男性の本能というか、攻撃性というか。
要するに、原始的なオスの匂いみたいなもの(笑)。
その人とのセックスを想像したときに興奮するかどうか、って言い換えてもいいわ。
とにかく、私は男性のそういう部分を無意識に嗅ぎ分けて、そこに魅かれるのよね。
子宮で恋をする、っていうのかしら。
女なんて、そんなものじゃない?
だから、キョースケはだめ(笑)。
オスのフェロモン、ほとんど感じないんだもの。
彼に関しては、申し訳ないけど、私はまったく不感症だったわ(笑)。
あんなにいい男なのに、ほんと、もったいないと思います。



もちろん、モテたわよ、彼。
あんな外見だから、どこにいても人目を引くし。
あまり言葉が通じないのが、ある意味、彼のミステリアスな存在に拍車をかけていたと思う。
そうそう。
スタッフで彼にあこがれてる子、けっこういると思うわ。
大の男に向かって、失礼かもしれないけど。
キョースケって、なぜか、保護欲をそそるのよ。
守ってあげたい、って思わせるの。
―――ヘアメイクの・・・あ、これは実名を出すと可哀相だから、伏せておいてくれる?
日本の雑誌までは、まさか読まないと思うけど(笑)。
スタッフのひとりに、若いヘアドレッサーがいてね。
彼も、なかなかハンサムな子なんだけど。
どうやらその子、キョースケにのぼせあがっちゃって。
毎朝、目の前の椅子にキョースケが座るわけでしょ?
キョースケの首筋を眺めながら、悩ましいため息をつくんですって。
どうして知ってるのかって?
ふふ、マキから聞いたの。
彼女、自分がちゃんと見張っていないと、キョースケが誰かにいたずらでもされるんじゃないかって、真剣に心配してたみたいだから(笑)。
・・・え、キョースケ?
本人は、まったく気づいてなかったんじゃないかしら。
そういう意味では、彼、まったく周囲が見えてなかったから。



そうねえ。
キョースケの色気、ねえ。
あるでしょうね、私にさっぱり通じないだけで(笑)。
わかる気はするのよ?
―――どう言ったら、いいのかしら。
彼はいつもすごく、身ぎれいにしてるのね。
ええ、清潔だとか、そういう意味もあるけど。
でも、それだけじゃなくて・・・うなじの襟足の揃えかた、だとか。
手や爪先の手入れの行き届きかた、だとか。
肘のケアなんかもそうだけど。
とにかくびっくりするくらい、細かいところまで行き届いて綺麗なのね。
もともと肌も綺麗だし、たぶん、持って生まれたものなんでしょうけど。
でも、それだけじゃなくて。
すごく神経を使って、隅々まで丁寧に手入れしてる感じ。
ともかく・・・キョースケのそういうところにそそられるって、そう言ってるスタッフが何人もいたわ。
だって、男の人ってふつう、そこまで気が回らないでしょう。
まさか日本人はちがうって、言わないでしょ?
もちろん俳優だから、ってのはあるとは思うけど。
私の周囲には、ファンには絶世の美男子だと思われているけれど、現実にはそういう身支度の全然できない人、たくさんいるわよ。
誰かさんのために・・・って、想像しちゃうわよね(笑)。
―――ああもう、これ以上は言えないわ。



ヨージ・カトー?
ええ、会いました。
キョースケのシュヴァリエ(騎士)。
とってもいい子よ。
茶色い瞳のハンサムで、とびきり魅力的な笑顔の。
モデルみたいにスタイルがよくて・・・スポーツで鍛えてる体型ね、あれは。
いつ会ったのかって?
ふふ・・・飛び込んで来たのよ、彼。
ほんとよ、文字通り!
私たち、ロケ先にいてね。
雨が上がって、ちょうど撮影を再開しようかっていうときだったんだけど。
キョースケがふっと、振り返ったの。
そうしたら、どこからか突然、あの背の高いハンサムが現れてねえ。
あっという間に、お姫さまをさらって行っちゃった(笑)。
もう、びっくりしたわよー(笑)。
スタッフも私も、ただ呆然。
何が起きたのかって?
ふふ、教えてあげたいけど、ダメよ。
キョースケにあとで恨まれちゃうわ。
クロード(編集註=撮影監督のクロード・シェニエ氏)がカメラを回してたから、そのうちメイキングにでも出てくるかもしれないわね・・・?



キョースケに年下の恋人がいるっていうのは、知ってたわ。
本人からも、聞いたことあるわよ。
どんな人か、想像したこともあったけど。
根拠があるわけじゃないけど、私ったら絶世の美少年を想像してたわ(笑)。
なぜかしら?
恋人のことを話すキョースケが、とても優しい、包み込むような目をしていたからかもしれないわ。
その人のことが可愛くて、愛おしくてたまらない、そういう感じ。
だから、っていうわけじゃないけど。
ヨージはまったく、予想外だったわね(笑)。
精悍で、セクシーで。
無邪気で、自然体で、まったく気負うところがないのよ。
そういうところ、キョースケと正反対ね。



ちょっとだけ?
うーん、そうね。
何て言うのかしら。
ずっと私、キョースケのイメージにほんの少し、違和感を感じてたのよね。
とても魅力的な人なんだけれど。
でもなぜだか、少しくすんだ印象っていうのかしら。
もともと、華やかなタイプではないんでしょうけど。
それでも、スターとしての絶対的なインパクトに欠けてるように思えて。
―――悪口じゃないのよ、これ?
ただ、ジュールズがあれだけ絶賛していたのにおかしいなって、思ってたの。
でも、彼の役柄が地味な、暗い青年だったから(笑)。
そのせいかな、とも思っていたのよ。
だから、ね。
みんな息を呑んだわ。
ヨージが来て、キョースケが一気に色づいた感じだったから。
ええ、もう。
頬が紅潮して、瞳が生気にきらめいて。
スイッチが入ったような、そんな印象だったわ。



キョースケはほんとうに、全身全霊で恋愛してるんだと思う。
女として、本当にうらやましいわ。
愛する人がいて、その人がいなくちゃ生きていけない。
その人が自分のそばにいてくれて、嬉しい。
―――そういう強い、爆発的な感情を、まなざしや仕草だけで表現できる人だったのね。
それはもう鮮やかな、圧倒的な存在感だったわ。
なるほど、ジュールズが言ってたのは、このパッションだったのかって。
そうよ、情熱的。
途方もなく情熱的で、ロマンティックな人なの。



ヨージがパリにいたのは、ほんの一日程度だったと思うわ。
そうね、忙しい俳優さんだって聞いてるから。
きっと無理をして、キョースケに会いに来たんでしょう。
彼が現れた翌朝、キョースケが彼を連れて撮影に来たんだけど・・・一日中、仕事にならなかったわね(笑)。
いいえ、いつもどおり全力で演じてたとは思うわ。
根がまじめな人ですからね。
でも、彼がどれほどがんばっても、あの日ばかりは、役づくりが上手くできなかったみたいね。
役柄に入っていけないって、苦笑してたもの。
―――ヨージが、そこにいたから。
心に傷を持った、孤独な青年の役に徹しきれないほど、キョースケが幸せを感じていたからでしょう。
実際あの日のキョースケは、なんていうのか、気だるい愁いに満ちていて、目の毒だったわ(笑)。
無意識かもしれないけど―――ふっと視線が泳いで、ヨージの姿を探すのよ。
それで、スタッフにまぎれて立っている彼を見つけて、滲むような笑顔を見せるの。
せつない、幸せな痛み。
私はあなたのものですって、全身で言っていた。
・・・それがうれしいけど、恐ろしくもある。
それがわかってる感じだった。
キョースケを慕ってるスタッフには、たまらなかったでしょうね。



ああ、もう時間なの?
グラビアの撮影は、この後すぐだったわよね。
私の話?
いいわよ、もう(笑)。
日本にはありがたいことに、二年前からファンクラブもありますからね。
ちゃんとフィルモグラフィーを載せておいてくれれば、それでいいわ。
ええ、ありがとう。
キョースケの話、ずっと誰かにしたかったから。
もう一度?
そうね、機会があったら、また一緒にお仕事したいわね。
―――でももう、ないような気がするわ。
もう二度と、長く日本を離れるような仕事は、しないんじゃないかしら。
私の勝手な憶測ですけどね。
じゃあ。
失礼するわ。







「ちょっと、岩井くん!」
「何ですか、編集長」
「このインタビューだけど。俺の深読みかもしれないが、ひょっとしてイレーヌ・デュトワは、日本芸能界最大の謎に、あっさり答えを出してるのか?」
「・・・岩城京介と香藤洋二、どっちが女役かってやつですか? 確かにどう読んでも、岩城のほうが妻だって言ってますね。・・・でも」
「なんだ?」
「最大の謎なんて大げさですよ、編集長。そりゃ何年か前までは、どっちがどっちなんだ、ってのは芸能レポーターの定番ネタでしたけど。今じゃもう、みんなとっくにわかってるんじゃないですかね」
「そうかもしれないが・・・岩城京介の事務所が、こんな記事出したら黙っちゃいないだろう」
「それは考えましたけど。でもこれ、実際にイレーヌ・デュトワが言ったんですからね。出版差し止めも、名誉毀損の損害賠償請求も、しないと思いますけど」
「まあ、そこまでの騒ぎになるとは思ってないが・・・」
「気にしすぎですよ、編集長。映画のいい宣伝になるから、岩城サイドも文句なんて言わないでしょう。イレーヌ・デュトワの言葉に悪意はありませんし、第一、ベタ褒めじゃないですか。親密なつきあいだったことがわかって、いいと思いますよ」
「・・・ま、そうだな」
「グラビア、いい仕上がりですよ。垂涎モノのいい女なんで、巻頭にバーンと飾るつもりでいますから。お願いしますよ」
「ああ、わかった」



fin




le 19 novembre 2005
藤乃めい





サイト引越に伴い2012年11月16日に再掲載。修正は最低限に留めました。
それにしてもイレーヌさん、暴露しすぎ(汗)。このまま載せられる内容ではないので、編集部がかなり手を入れてぬる〜くトーンダウンさせたことでしょう。