もうひとつのマスカレード

もうひとつのマスカレード  『仮面の欠片』その後


「うっわ・・・」
俺は絶句して、岩城さんを見上げた。
紅潮した頬。
黒髪が乱れて、白い額にはらりと散っていた。
悩ましい半開きの唇。
首筋にうっすらと浮いた汗。
どこからどう見てもいつも通り、壮絶にきれいな岩城さん。
でも、明らかにまなざしの温度が違った。
熱い視線。
深い湖のような暗い色の瞳が、情欲に濡れて俺を見据えている。
俺を欲しいって。
俺を抱きたいって。
・・・壮絶にきれいな、雄の目をした岩城さん。
俺は思わず、全身を震わせた。


「香藤・・・」
つやめいたテノールに名前を呼ばれて、俺は肩越しに振り返った。
両腕を拘束している手錠のチェインが、がちゃりと冷たい音を立てた。
輝くような全裸に、シャツを無造作にまとっただけの岩城さん。
皮の鞭を片手に、仁王立ちで俺を見下ろしている。
くらくらするくらい、きれいだった。
隠すもののないペニスが半ば、勃起していた。
さっきまでの情事の名残りで、根元からぬらりと濡れてる。
それがなぜか、禁忌のように思えて。
いつも見慣れているものなのに、俺は思わず目をそらせた。
なぜ、と聞かれてもうまく答えられないけど。
俺を抱きたくて欲情する岩城さんを、俺は正視できない。
恥ずかしい・・・んだと思う。
このきれいな人が、火を噴くような熱い目で、俺を欲しがっているのが。
岩城さんに求められている、っていうことが。
抱きたい、という性衝動の対象になっていることが。
めったにない状況だから、っていうのもあるけど。
自信がない・・・のかも、しれない。
俺の身体は、岩城さんのきれいな裸体とは似ても似つかない。
俺には、肌理の細かいしっとりしたもち肌もなければ。
岩城さんみたいな扇情的な細い腰もない。
こんな図体のでかい筋肉野郎を、岩城さんは本当に抱きたいんだろうか。
・・・そう言うと、岩城さんに呆れられるけど。


「ひゃっ・・・」
何度も叩かれて赤く腫れた俺の尻に、岩城さんがそっとキスを落とした。
労わるように、癒すように、何度も何度も。
「痛むか・・・?」
静かに聞かれて、俺は首を振った。
・・・いや、本当は痛いけど。
・・・本当は、岩城さんがどう思ってようが、俺は断じてMじゃないけど。
でもね、岩城さん。
岩城さんにされることなら、もう何でも、感じちゃうんだよ。
岩城さんが、生々しい、素のままの感情をさらけ出してくれる。
それは俺に対してだけだって、知ってるから。
「・・・そうか」
岩城さんが、低く笑った。
絡めとられて逃げられない獲物を前に、舌なめずりする男の声、なんだ。
ああもうホントに、さっきまでの艶姿がうそみたいだ。
岩城さんの指が、つるりと俺の後穴に触れた。
「いいか・・・?」
ひどく俺をそそる、セクシャルな声。
許可を求めているんじゃなくて、覚悟を促してるんだ。
俺は黙って、頷いた。
声が思わず震えてしまいそうだから、言葉にはしないけど。
岩城さんの好きなこと、していいよ。
それがきっと、俺にとっても最高に感じることだから。


「んんっ・・・」
ジェルをたっぷり乗せた岩城さんの指が、俺の中に入ってきた。
なだめるように、俺の背中にキスを落としながら。
岩城さんが、少しずつ少しずつ、俺の中の道を拓いていく。
岩城さんのために、俺のために。
「香藤・・・」
やさしい声。
・・・何ていうか。
セックスの最中でもう、何がどうなってるのかわからなくなっちゃうときよりも。
準備というか前戯というか、そっちのほうがずっと恥ずかしい。
「あ・・・ふんぁ、んっ」
いいところに、そろりと触れられた。
俺は思わず、唇を噛んだ。
・・・俺はいつだって、岩城さんに思いっきり声を上げさせるくせに、勝手なもんだ。
だって、岩城さんの喘ぎ声はさ、もう特別だから。
俺の上げるみっともない声なんかと、比べものにならない、でしょ。
「・・・か、とう」
くすりと笑って、岩城さんが背中から手を伸ばしてきた。
細いきれいな指先が、耳から頬を伝って、俺の唇にたどりつく。
トントンとノックするように、乾いた唇に触れてきた。
声を我慢するなって?
・・・こうやって、やさしい仕草で、岩城さんは少しずつ俺の自由を奪う。
了解の合図に、俺はそのきれいな指先にキスをした。


「ああぁ・・・は、うん・・・んんっ」
声をもう、とめられない。
岩城さんの指が、俺の中をかき回す。
全身が痺れて、熱くて、どうしようもなかった。
「香藤・・・」
かすれた声で名前を呼ばれて、またゾクリとする。
もう・・・3本目、なのかな。
慣れてないくせに、俺のそこは岩城さんの指を嬉々として呑み込んでる。
熱い内壁が、うねるように岩城さんを求めてるのが、わかった。
「ふっ・・・あ、い、わきさ・・・あん・・・ぁ・・・はあっ」
腰が、揺れる。
肌が、ざわつく。
・・・信じられない、恥知らず。
今さらだけど、今でも思う。
この俺が、岩城さんのものをそこに突っ込んで欲しくて、涙流すんだ。
恥ずかしくないわけがない。
・・・後ろからの体勢で、俺の顔を見られないですむのがちょっと救い、かも。
岩城さんの手が、後ろから回って俺のペニスを捉える。
腹筋で押しつぶされて、それでももう限界まで張りつめてた。
「ああっ・・・!」
それをしごきながら、岩城さんがそろりと体重を俺に乗せてきた。
岩城さんのピンと張りつめた乳首が、俺の背中にあたる。
俺の尻の谷間に、岩城さんのいきりたったペニスが擦りつけられた。
「あぁぁ・・・ん!」
「か・・・とぉ・・・あ、ふ・・・っ」
ぬめった感触。
岩城さんの重み。
うなじに、熱い吐息がかかる。
・・・もう、たまらなかった。
どうしても、キスが欲しくて。
無理な姿勢のまま、俺は首をねじって岩城さんを振り返った。
それに気づいた岩城さんが、ふわっと微笑した。
そのまま顔が近づいてきて、赤い舌が俺のまなじりを舐める。
「泣くな、よ・・・」
ため息のようにささやいて、岩城さんが俺の涙をすくい取った。
「ねえ、岩城さん・・・?」
唇にキスが欲しくて、俺は甘ったるいおねだり声を出した。
くすり、と笑って。
岩城さんは、今度は焦らさずにねっとりと俺にくちづけた。
キス、うまいよね、岩城さん。
いつもは俺がリードするけど、こういうときはまったく逆。
俺の咥内を犯す、吐息を奪うほどの濃厚なキス。
めまいがした。
「ん・・・ぁん・・・っ」
息が乱れた俺を、岩城さんが満足そうに見つめる。
幸せな顔、なんだ。
岩城さんの愛撫に溺れて、たぶんみっともないくらい欲情まみれの顔をしてる俺を見て。
・・・本当に愛されてるんだね、俺。


荒い吐息のまま、岩城さんがちょっと身体を起こした。
背中が急に軽くなる。
「こ・・・のままで、大丈夫、か・・・?」
俺の尻を両手で包み込むように愛撫しながら、低いかすれ声で聞いてくる。
俺は目の端で、ぐるりと部屋を見渡した。
今俺が乗っかってるへんてこな台より、セックスに適当な場所、ね。
さっき俺が岩城さんを抱いた・・・あれ、か。
ちょっと考えて、俺は結局、首を横に振った。
いいよ、ここで。
俺、今すぐ岩城さんとひとつになりたいから。
・・・っていうか、たぶん、腰が砕けて歩けないよ、今。
「・・・そうか」
岩城さんが、褒めるみたいに俺の尻をポンと叩いた。
「あん・・・っ」
痛いよ、それは。
悲鳴をこらえた俺に、岩城さんがそっと笑う気配がした。
岩城さんの熱い手のひらが、俺の尻をとらえ直す。
俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「・・・いくぞ」
小さく言ってから。
岩城さんのペニスが俺の後穴に押しつけられた。
ズルリと、熱いシャフトが俺の中に入ってくる。
「あぁぁぁ・・・あ、はあ、はあ・・・ぁ!」
すごい、圧迫感。
無理やり拓かれたそこが、痛い。
・・・そう。
あれだけ丁寧に馴らされても、やっぱり、裂かれるような痛みはあるんだ。
それなのに、全身が、甘く疼いた。
ゆっくりと、確実に、犯されていく。
岩城さんに、犯されていく。
「ああ・・・はぅ・・・ふあっ・・・い、わき・・・さ・・・っ」
痛みはどうしようもなく甘美で、俺はそれに酔いそうになる。
甘ったるい声を、止められない。
「・・・か、とぉ・・・」
岩城さんのせわしない吐息が、うなじにかかる。
ゆっくり侵入してくるペニスを身体の奥に感じながら、俺は懸命に力を抜こうとしてた。
場数、とか言うと岩城さんに怒られるかもしれないけど。
俺はやっぱり、慣れてないから。
でも俺が弛緩しなかったら、岩城さんがつらいよね。
「あふ・・・んんぅっ」
俺の身体の一番奥に、岩城さんが息づいていた。
涙をこぼして快感にあえぐ俺。
もう、みっともないとか思ってる余裕もない。
「んん・・・かと・・・ぉっ・・・!」
岩城さんの律動が、だんだん早くなった。
岩城さんが、俺の首筋に、髪に、ぎゅっと握りしめた拳に、キスをくれる。
なだめるように腰を撫でられて、あえぎ。
愛おし気に太腿を愛撫されて、悲鳴をあげた。
もう全身が性感帯になったみたいに、何をされても、感じてしまう。
「ああ、い、わきさ・・・んんっ、ふぁ、ふ・・・っ」
岩城さんの指先が、先走りをこぼして震える俺のペニスを弾く。
もうひとつの手が、堅くしこった乳首を探し出して、くすぐっては離れる。
身体の隅から隅まですべて、岩城さんが触れてないところはなかった。
俺のすべてを、岩城さんは愛してくれていた。
指一本、触られただけで電流が走る。
岩城さん、だから。
岩城さんとの、セックスだから。
どんな状態でも、俺は最高に感じてしまう。
「ああ、あぁ、ふっん、んん、んぁぁ・・・!」
鼻から抜ける俺の息の、そのあさましさにゾクリと震えた。
岩城さんが、激しく腰を叩きつける。
俺も、そのリズムに合わせて腰を振っていた。
もっと、もっと。
熱いのを、もっと。
岩城さんがくれる快感に、気が遠くなりそうだった。
「ん、はぅ・・・か、とぉ、香藤・・・っ」
途切れとぎれに、俺を呼ぶ苦しげな声。
岩城さん、もういきそう、なんだ。
それがたまらなくセクシーに響いて、俺はいっそう煽られる。
「あ、あぁぁぁぁ、ん・・・はんん、んあっ」
腰の深い、本当にこれ以上ないくらい深いところをえぐられて。
俺はたまらず、派手に嬌声をあげた。
もう、感じすぎて、まともに呼吸できないくらい。
岩城さんが、ずっと俺のペニスをしごいてくれてる。
それに助けられて、悲鳴をあげて、俺は果てた。
ほぼ同時にどさりと、岩城さんの重みを背中に感じた。
ゼエゼエと、本当に辛そうなくらい、荒い息。
俺の中で、いけたんだ・・・?
うれしいよ、岩城さん。


岩城さんの乱れた息をうなじに受けながら。
「い・・・わき・・・さ・・・」
俺はそっと後ろに腕を伸ばして、岩城さんの手をとった。
手錠をしたままだから、ちょっと不自由だけど。
「・・・ん?」
ぐったりと力の抜けた岩城さんの手に、指をからめる。
吐息でくすりと、笑って。
岩城さんが、俺の指先にキスしてくれた。
それから、ちょっと身じろぎ。
鍵を取り出して、俺の拘束を解いてくれた。
ちょっとだけ赤く皮のむけた手首に、キス。
くすぐったくて、俺は笑った。
岩城さんは、しばらくじっとしてたけど。
気だるそうな身体を前にずらして、俺にいっそう乗り上げるような体勢になった。
「・・・どしたの・・・?」
あえかな息が、耳元で聞こえた。
俺の手にもう一度指をからめ、そのままゆっくり、背後に導いた。
・・・ん?
はおったままのシャツの裾をめくりあげる。
岩城さんの、きれいなお尻。
いや、内腿?
岩城さんは身体を震わせながら、息をつめて、そっと俺の指を岩城さんの後穴に引き寄せた。
「岩城さん・・・?」
誘われるままに、指をあてがった。
どろりと濡れた感触。
・・・そっか。
思わず、顔が緩んだ。
さっき俺が中で吐き出したのが、今のセックスで零れ落ちちゃったんだね。
「ふぁ・・・んんっ」
敏感なそこに触れられて、岩城さんは思わず声を上げた。
その甘いせつない響きに、たまらなくなって。
俺は身体を起こして、岩城さんをちゃんと前から抱きしめた。
「香藤・・・」
キスをねだる、赤い唇。
潤んだ瞳。
擦りつけられた岩城さんの股間が、また熱くなってる。
誘ってるんだよね?
挑発してるんだよね?
岩城さんは嫣然と笑うだけで、何も言わない。
ほんと、俺、岩城さんには一生勝てないよね。
どうしようもなく、惚れてるから。
完敗の気分で、俺は腕の中の恋人にキスをした。




©ましゅまろんどん
27 November 2005


まったくもう・・・「抱かれて喘ぐかわいい香藤くんが見たい」というharumiさんの非情なキリリクです。
わたしには死ぬほど難しいお題(泣)・・・まさかのリバ。
この程度で許してやってください(汗)。


2012年10月13日、サイト引越にともない再掲載。