ゆらめく情動

ゆらめく情動 4


深夜。
ぼんやりと、ステレオから流れてくる音楽を聴いていた。
香藤がかけっぱなしにしている、ほろ苦いジャズ。
あいつの趣味ではないだろう。
―――俺のため、か。
バスルームから出てきた香藤が、近づいてきた。
無造作にタオルを腰に巻いただけの、扇情的な姿で。
それを扇情的だと思ってしまう俺がいることを、もう否定できない。
「岩城さん・・・」
香藤のベッドに腰かけてビールをあおっている俺を見て、うれしそうに笑った。
「お待たせ」
小さく言って、香藤が俺の手から缶を取り上げた。
そのまま肩を抱かれて、ベッドに横たえられる。
「今日は、ありがとう」
やわらかなキスが真上から落ちてきた。
「ああ」
「ごめんなさい。あいつ、言いたい放題だったけど・・・いやじゃなかった?」
何度も、ついばむようなキスが続く。
「・・・気にしなくて、いい」
吐息が乱れた。
「おまえの、妹だからな・・・」
俺は両腕を香藤の首に回した。


片手をすべらせて、背筋をたどる。
きれいな身体だと思った。
体格は俺とさして変わらないが、若いせいか、ほんの少しだけ線が細い。
鍛えられた、優美な筋肉のついた身体なのに、どこか少年の面影を残していて。
成熟した大人の身体に変わる一歩手前の、あやうい魅力。
「香藤・・・」
はだけられた胸に、暖かい舌が踊った。
乳首を愛撫されて感じる自分。
いつのまに、そんな自分を許せるようになったのだろう。
「・・・ん」
声をかみ殺す俺の唇を、香藤の指がなぞった。
素直に声を出せ、という意味だ。
「は・・・あうっ」
感じてどうしようもない左の乳首を咬まれて、俺はのけ反った。
「岩城さん・・・」
熱い吐息。
それよりもっと熱いまなざし。
こいつは、俺のすべてを容赦なく奪う。
愛の言葉で俺をからめとる。
いつか俺は、この男に溺れるだろう、と思った。


「ああ・・・ふ・・・んっ」
俺の身体のいちばん深いところに、香藤がいた。
こんな奥にまで他人が侵入してくることに、いまだに慣れない。
苦痛まじりの違和感。
それでも俺は、あられもない嬌声をあげていた。
蠕動する俺の内壁を、香藤のペニスが乱暴にこすりあげる。
「岩城さん・・・!」
情熱にまかせて、腰を叩きつける香藤。
あさましい俺の腰が、それにあわせて揺れ動いた。
羞恥と快感がぐちゃぐちゃに混ざり合い、何も考えられなくなる。
めまいがしそうだった。
ひときわ酷く、柔壁を抉られる。
「はあ、あ、ん・・・あぁ・・・ひぃっ」
女みたいな悲鳴をあげて、俺は果てた。
体内で、香藤のペニスがはじける。
肛内に熱いほとばしりを感じて、俺は全身を震わせてあえいだ。
香藤の精に内側からじわりと侵されて、快感を感じてしまう自分。
四肢を投げ出し、俺はベッドに沈み込んだ。
息が荒い。
もう、動くのもつらかった。
―――後ろへの刺激だけで、いってしまう。
香藤に抱かれ、翻弄され、気づいたらこんな身体になっていた。
もう後戻りできないのではないか、という漠然とした不安―――。
それでも。
香藤が微笑み、汗まみれの俺の額に、頬に、そっとくちづける。
俺を蹂躙していた男のやさしい愛撫に、俺はゆっくり満たされる。
俺を苛み、そして俺を癒す。
こいつと共有する、気が遠くなるほどの官能。
この男としか分かちえない悦び。
これでいいのかも、しれない。
そう思えた。
「かと、う・・・」
かすれた俺の声。
淫欲に濡れた、雄を誘う響きだった。
俺の中の香藤が、再度じんじんと熱を持ち始める。
たまらなかった。
俺はゆっくり、両脚を香藤の腰にからめた。


ひんやりした感触に目を開けると、香藤がグラスを差し出していた。
「お水だよ、岩城さん。・・・起きれる?」
俺は重たい上体を起こした。
心配そうな香藤の顔。
「・・・今、何時だ」
ほとんど声が出ない。
深く嘆息して、俺は水をあおった。
「ごめんなさい・・・」
うなだれる香藤に、俺は苦笑した。
「明日もオフだからいいが・・・ずいぶん無茶をしてくれたな」
欲しがったのは、お互いさまだ。
この男のタフさには呆れるが、香藤だけを責めるつもりはなかった。
全裸でベッドに正座したまま、香藤が言った。
「だって・・・」
「ん?」
「俺、すごく、うれしかったから・・・」
消え入りそうな声。
洋子さんのことだろうか、と思ったときだった。
「岩城さん。俺、ラジオ聴いたんだよ・・・?」
「ああ・・・」
そうか。
公共の電波で、ハワイ旅行のことを肯定してしまった。
これでまたしばらくは、記者に追いかけ回されるだろう。
―――香藤に言っておかなければ、と思っていたのだ。
「悪かったな。ああいう展開だったんで・・・」
おまえにも迷惑をかけるな、と言おうとしたのだが。
俺の言葉は、香藤のくちづけに呑み込まれた。
吐息を奪うような、激しいくちづけ。
「んん・・・っ」
きつく抱きしめられて、胸が苦しい。
手のひらで香藤の背中をたたくと、ようやく解放された。
「ばか、何を、いきなり・・・」
肩で息をついて、俺はあきれて香藤を見た。
―――やさしい表情をしていた。
洋子さんのアルバムにあった、俺を包み込むようなやわらかな笑顔。
「ほんとに、岩城さんって・・・」
吐息まじりに言って、額にかかった俺の髪をそっとかきあげた。
「俺の、せいでしょ・・・?」
「え・・・」
「ハワイに行ったのも、ホテルで誰かに見られたのも、みんな俺のせいなのに。不本意だったって、言っちゃってもいいのに」
「香藤・・・」
「・・・きっと洋子のこと気にして、言わないでくれたんだよね。それなのに、自分が謝っちゃうんだもん。ほんと、俺、たまんないよ」
泣き笑いのような顔で、香藤は俺を見つめた。
とくん、と鼓動が早くなった。
きっと今の俺は、真っ赤な顔をしているのだろう。
大きな両手が、俺の顔を包んだ。
「好きだよ。大好きだよ、岩城さん。好きすぎて、おかしくなりそうだ」
熱い視線に射抜かれて、俺は動けなくなった。
やさしいキス。
思いの丈をこめた、柔らかいキス。
「岩城さん・・・」
うっとりと、香藤が俺の名前を呼ぶ。
甘やかな何かが胸に湧き上がり、俺は目を閉じた。
ほだされる、というのではなく。
ただもう、堪えきれない、と思った。
きっと俺は、この男に惚れてしまうだろう。
それは悪くない想像だった。




ましゅまろんどん
22 October 2005


2012年10月11日、サイト引越にともない再掲載。文章に最低限の改訂を施しています。