寒椿 Adored and cherished

寒椿 Adored and cherished 前編




「コーヒーを淹れようか」
岩城さんが立ち上がった。
しんしんと粉雪の降る一月の都心。
窓の外は凍てつく冬の庭だけど、家の中はほかほか暖かい。



食べ終わった皿を重ねて、俺はキッチンに向かった。
コーヒー豆を挽くいい匂い。
岩城さんの好きな、モカ・エチオピア。
白い項に誘われて、俺は岩城さんを後ろから抱きしめた。
岩城さんの肌の甘やかな匂いが立ちのぼる。
ざっくりニット越しのしなやかな身体。
あったかい肌に直に触れたくて、俺は片手をセーターの下に差し入れた。
「こら・・・香藤」
岩城さんが笑って、悪戯な俺の指を捉える。
「んん・・・ちょっとだけ、ね?」
形ばかりの制止をすり抜けて、俺はもう一方の手を細い腰から下へ滑らせた。
ウールの下のたしかな弾力。
まあるいお尻のカーブが、俺を誘惑する。
するりと身をよじって、岩城さんが逃げ出した。
「食事の間くらい、待てないのか」
呆れたように言って、俺を振り返った。



蠱惑的にきらめく黒い瞳が、俺を見つめる。
キスをいざなう紅い唇。
サラサラゆれる黒髪。
肌理の細かい芳しい肌。
―――なんていうか。
究極の造形美、だよね。
どこもかしこも、俺をそそるパーツだけでできてる感じ。
岩城さんの美しさって、外見だけじゃないんだけど。
俺は感嘆の思いで、目の前の恋人を見つめた。



世界で唯一の、この俺が心底惚れ抜いた、最愛の人。
昨日より今日のほうが、きれい。
今日よりも明日のほうが、きっともっときれい。
だんだん研ぎ澄まされていくその美しさに、俺はいつも感嘆する。
清冽な心の美しさ。
俺だけを愛する、俺だけを欲しがる、ひたむきな愛情の美しさ。
こんなすごい人、世界中探したっていないと思う。
岩城さんのハートはあまりにきれいすぎて。
俺はときどき、そのまぶしさに眩暈を覚える。
この人の恋情を一身に受ける資格が、俺にあるのかと思うほど。



明日この人は、36歳になる。
また俺を置いてけぼりにして、岩城さんは一歩、踏み出してしまう。
たった36歳、もう36歳。
だけど俺たちを隔てる6歳の年齢差が、また半年間、現れる。
俺は苦笑した。
いつからだろう?
岩城さんの誕生日に、そんなことを思うようになったのは。
生涯最後の恋人が、この世に生まれてきた日。
この日に心から感謝して祝う気持ちに、偽りはないのに。



「ねえ、岩城さん」
睫毛をちょっと揺らして、岩城さんが先を促した。
「・・・好きだよ」
驚かさないようにそっと。
俺はもう一度、岩城さんを抱き寄せた。
今度は前から、しっかりと。
―――本当に言いたいのはそんなことじゃない。
でも、この人への思いはいつだって、言葉にならないから。
せつなくて、もどかしくて。



ふたり一緒のオフ。
こんなふうにふたりでゆっくり過ごせるのは、本当に久しぶりだ。
岩城さんは抵抗しなかった。
俺の腕の中で、安心しきって弛緩する身体。
愛しくて、愛しくて、たまらない。
俺は、いい匂いのする首筋にキスを落とした。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
それから指をすべらせて、鎖骨へ。
俺を待っているなめらかな肌へ。
「ん・・・」
岩城さんが熱い息を吐いて、俺の肩にぎゅっと頬を押しつけた。
俺の鼓動が、跳ねる。



「・・・煮詰まるぞ」
俺の指に好きにさせていた岩城さんが、かすれ声でつぶやいた。
コーヒーはもうとっくに出来上がってて。
「うん・・・」
キッチンでこれ以上盛り上がったら、俺はきっと止まらなくなっちゃう。
岩城さんの誕生日くらい、ちゃんとベッドで愛してあげたい。
俺は岩城さんを解放し、コーヒーカップを取り出した。







風呂からあがって寝室に入ると、岩城さんは俺のベッドの中で文庫本を読んでいた。
「お待たせ」
「ん・・・」
うわの空みたいな返事。
ベッドに腰かけて、俺は岩城さんの髪をなでた。
「このページだけ・・・」
―――いつの間にそういう暗黙のルールになってたのか、覚えてないけど。
岩城さんがそういう気分のとき。
何か特別な日や、いろんな事情で、最初からセックスするのがわかってるようなとき。
岩城さんはこうやって、俺のベッドで待っててくれる。
まあ、それは俺が、寝室にたどり着くまで待っていられればの話なんだけど。
でもやっぱり、岩城さんのベッドでセックスするほうが断然多い。
いつだって、俺が先に欲しくなるから。
隣りに寝ている恋人に、どうしても触れたくなるから。
―――ほんと言うと、さ。
岩城さんもそれを望んでるって、俺は信じてるけど。



パタリと本を閉じて、岩城さんが俺を見上げた。
布団に入って来ない俺を、不思議そうに見つめる。
「好きだよ、岩城さん」
唐突にそう言った俺に、ふっと微笑した。
「・・・早く、来い」
つややかな甘いテノールで、俺を誘う。
「うん・・・」
眠り姫にキスを捧げるみたいに、真上からそっとくちづけた。
唇を甘噛みして、歯列をそっと舌で愛撫すると、柔らかな舌が俺を迎えに来てくれた。
こっちで遊ぼうよ、と誘われるように。
俺は岩城さんの口腔深くに侵入した。
「・・・んふっ・・・」
低く喉を鳴らして、岩城さんが俺の唾液を飲み込んだ。
力強い両腕が、俺の肩に廻る。
ぎゅっと引き寄せられて、俺は思わずベッドに片手をついた。



俺は岩城さんの隣りに身体をすべり込ませ、布団の中のしなやかな肢体を抱きしめた。
さっさと脱がせたパジャマの下に、下着はなかった。
「香藤・・・」
欲情に濡れた瞳で、俺を見つめる。
「うん・・・待って」
火照り始めた恋人の身体に、俺は両手を這わせた。



ときどきマジに、この世のものじゃないのかもしれない、と思う。
それくらい岩城さんの身体は、魔法のように俺を絡めとる。
「香藤・・・」
潤んだ瞳ひとつで、俺を翻弄する。
年を重ねるごとに、岩城さんはどんどん大胆になる。
どんどん俺に貪欲になって、それを隠そうとしなくなった。
・・・たまんないよ。



「・・・あぁ・・・んんっ・・・はっ」
耳元で聞こえる、岩城さんのあえぎ声。
いつ聞いてもあんまり色っぽくて、それだけで俺の血が沸騰する。
ちらりとベッドサイドの時計に目をやった。
ちょうど、12時。
俺は岩城さんの太腿を抱えなおした。
「ぁん・・・っ」
衝撃に、俺をすっぽり包み込む岩城さんの柔壁が震えた。
岩城さんの身体の最奥に納まった俺のペニスが、悦びにドクドク脈打つ。
「・・・目ぇ開けて、岩城さん?」
眉を寄せて荒い息をついていた岩城さんが、ゆっくり瞳を開いた。
切れ長のまなざしが、ぼんやりと俺を見つめた。
ほっこり赤く染まった眦に、うっすら涙を浮かべて。
「きれいだよ・・・」
俺は思わずそう言った。
言わずにはいられなかった。
急に我に返ったみたいに、岩城さんがちょっと照れて笑った。
「何、言ってるんだ・・・」
そんな岩城さんの左手をとって、俺はそっとくちづけた。



「お誕生日おめでとう、岩城さん」
くすり、と小さな笑い声。
「ああ」
「36歳、だね」
「・・・それは言うな」
岩城さんは苦笑した。
「俺の誕生日まで、6歳差かあ。また俺、置いて行かれちゃったね」
「・・・ばか」
「・・・大好きだよ。今の岩城さんが、いちばん好き」
「香藤―――」
「きれいだよ、岩城さん。今の岩城さんが、いちばんきれいだ・・・」
汗にぬめる胸が、弾んでいた。
何度も俺に吸いつかれて、真っ赤に充血した乳首。
そのしこった先端を、俺は指で弾いた。
「はっ・・・」
敏感に反応して、震える身体。
岩城さんの手が伸びてきて、自分の胸の上で俺の指をしっかりと押さえつけた。
手のひらが、岩城さんの心臓の音を掴まえる。
「岩城さん、感じすぎ」
ニタリと笑う俺に、岩城さんは顔をしかめた。
「・・・誰のせいだ」
悔しさ半分、あきらめ半分の答えに、俺は今度は声をあげて笑った。
セックスの最中に嬉しくて笑うなんて、岩城さんとじゃなきゃ考えられないよね。
「おまえが俺を、こんなにしたんだろ・・・」
肩で息をしながら、そんなことを言う。



笑う俺を、岩城さんは憮然とした表情で見上げた。
睨む瞳がちょっと潤んでて。
それがまた、とてつもなく色っぽい。
「・・・可愛いね、岩城さん」
快感を貪欲に求める岩城さんも、素直じゃない岩城さんも。
俺を叱る岩城さんも、俺に溺れる岩城さんも。
俺にはもう、可愛くて可愛くて、しかたない。
じっと見つめると、岩城さんがほうっと息をついて顔を背けた。
「・・・そうやって」
枕に顔をうずめて、独りごとのように、岩城さんがぼそりと言った。
「いつまで・・・」
それっきり、口を噤んでしまった。




ましゅまろんどん
27 January 2006


たしかこれは、開設まもない我がサイトのカウンタ777(3ケタ!)のキリリクが元になっています。懐かしすぎる・・・そして、岩城さんも香藤くんも若い(遠い目)。
2012年11月22日、サイト引越にともない再掲載。文章に最低限の改訂を施しています。