凭れる

凭(もた)れる




「ねえ岩城さん・・・聞こえる?」
「うん?」
俺は岩城さんの項にそろりと指を這わせた。
いつだって俺をいけない気分にさせる、首筋から背中への優美なライン。
触れた途端に、肌がざわりと緊張するのがわかる。
・・・敏感だよね、ほんと。
俺の指だから、なんだけど。


額を、ほの白い肩甲骨のあたりに擦りつけた。
・・・好きだよ。
言葉にならない思い。
いつも言葉にしてるけど、でもそれじゃ足りないから。


「何を、甘えてるんだ・・・」
ひそやかに、俺の恋人が笑った。
「ほら、ね・・・」
俺の胸を、そのきれいな背筋にぴったりくっつけた。
ほんとうにぴったり、なんだ。
ふたつの身体の凹凸が、ちょうど重なる。
まるでずっと昔から、こうやってひとつになるって決まってたみたいに。
寄り添ったまま、じっと肌のぬくもりを交換する。


「くすぐったいぞ、香藤・・・」
いたずらな指先を咎める、岩城さんの低い笑い声。
甘い声で俺の名前を呼ぶ。
・・・もっと、もっと、呼んで?


それから。
「あ・・・」
岩城さんが、小さな声を漏らした。
トク、トク、トク。
俺の心臓の音が、岩城さんの身体を通して届くでしょ?
好きだ、好きだ、好きだって言ってるんだよ。


「聞こえる・・・」
掠れた声で、岩城さんが呟いた。
大きな声を出して、鼓動がかき消されるのを恐れるみたいに。
トク、トク、トク。
岩城さんの背中が、ぎゅっと俺に押しつけられた。
ほうっと息をついて、凭れかかる。
あったかい肌の匂いが、俺を包んだ。


・・・ふだん、甘えるのが下手な人だけど。
こうやってときどき、びっくりするくらい素直になる。
「香藤・・・」
情事の合い間みたいな、色っぽい囁き声。
・・・たまんないよ。
トク、トク、トク。
俺の鼓動が少し早くなったの、わかる?


「ふふ・・・」
顔はそっぽを向いたまま。
岩城さんは、おかしそうに笑った。
「どしたの?」
「・・・いつまで、そうやってるつもりだ?」
ちょっとだけ身をよじって、そんなことを言う。
俺は恋人の項に、もひとつキスを落とした。


「・・・いつまでも」
「は?」
「いつまでも、こうやっていたいんだよ」


今度こそ呆れたみたいに、岩城さんはため息をついた。
「・・・おまえは・・・」
くるりと振り向いて、俺をじっと見つめる岩城さん。
深い湖のような、きらめく瞳。
その瞳の思いがけない熱さに、俺はドキリとした。
「ときどき本当に、思いがけず、可愛いな・・・」


しなやかな指先が、そおっと俺の頭を撫でた。
髪をすいてくれる。
愛おしくてしかたないって顔で。
俺の肌もざわざわし始める。
なんだか甘い予感がして。


「思いがけずって・・・」
口を尖らせた俺に、岩城さんはふわりと微笑した。
「ここでこうして、なついてないで・・・」
「うん?」
「・・・もっと他に、やることがあるだろう?」


けぶる眼差しの、誘惑。
薄く開いた紅い唇が、キスを待っていた。
いつもクールな岩城さんが、ふっと妖艶な恋人に変わる瞬間。
俺は息を呑んだ。


俺の恋人は心臓に悪い。
ぞっこん惚れてて、ほんとにもう、どうしようもない。
降参、だよ。
・・・めまいにも似た陶酔に襲われて。
俺は両腕を伸ばして、岩城さんをしっかりと抱き込んだ。




ましゅまろんどん
23 January 2006


2012年11月21日、サイト引越にともない再掲載。文章に最低限の改訂を施しています。