Coming home ― あなたのいる場所 ―
そりゃあ寂しいさ、岩城さんがいない日はね。
あの人を抱きしめて、キスして、誰よりも近くで鼓動を感じて。
身体を重ねて、吐息を重ねて、手のひらを重ねて。
そうやってひとつになって眠るのが、俺の至福だから。
だからそれは、当然。
家族ってそういうものでしょう。
寂しく感じないほうが、どうかしてる。
あの家では特に、そう思う。
もともと、二人でいるための場所だから。
でも、なんて言ったらいいんだろう。
実はそんなに嫌じゃないんだ、ひとりでいるの。
ほんのひと時の孤独だって、わかってるからかな。
だってあの家は暖かい。
とても優しくて、なつかしい。
岩城さんみたいにほんわかと自然に、俺を包んでくれるんだ。
俺の家なんだなあ、って実感する。
おかえりって、そう言われてる気がしたよ。
おまえが帰ってきてうれしいって、抱(いだ)かれるような感じ。
声が、するから。
匂いが、するから。
岩城さんの不在は、いやじゃない。
ホントの意味での不在じゃないから。
岩城さんは、ここにいる。
この家に、しっかり息づいてる。
アメリカから帰国して、まずそう思った。
あの人のぬくもりっていうか、匂いって言うか。
気配・・・って言ってもいいかもしれない。
そんなものが、あの家には満ちていてさ。
深呼吸すると、目いっぱい俺の胸の中に入ってくるんだ。
香藤、香藤、香藤って。
ささやきが聴こえるような気すらした。
鍵を開けるとき、少しだけドキドキした。
「ただいま、岩城さん」
岩城さんがいないのは、知ってたけど。
それでも俺は、あたりまえのように声に出してた。
俺いつも、そうなんだ。
家族がいることを、確かめる感じで。
玄関を入って、リビングにまっすぐ向かう。
俺たちのいちばん好きな場所。
もちろん寛ぐための空間だけど、それだけじゃなくて。
俺にとっては、すごく特別な場所でもある。
だって本を読んでた岩城さんが、すうっと顔を上げて。
俺を認めて、ふわりと笑うんだ。
「帰ったのか、香藤」
俺だけにしか見せない、屈託のない笑顔。
甘いって言っていいくらいの声で、うれしそうに俺を呼ぶ。
それが、俺の至福。
俺の幸せのすべてが、ぎゅっと凝縮された瞬間なんだ。
心が蕩けて、融けて、岩城さんに向かって流れていく。
愛してるよ、って呟いて。
俺だけのためにいてくれてありがとうって、言いたくなる。
岩城さんがいないときでも。
やっぱりリビングは、大好きな場所だよ。
岩城さんからのメモが、置いてあったりするし。
読みかけの雑誌や、投げ出されたままのジャケットがあったり。
たまに、飲みさしのマグカップが残されてたりね。
そんなものが、岩城さんの様子を知らせてくれる。
それだけで俺は安心するんだ。
帰ってきた、ってね。
ソファに腰をかけると、岩城さんの身体の熱を思い出す。
火照った肌の、とろけるような感触と。
俺を抱きしめる腕の、力強さと。
俺を貪欲に求める岩城さんの、あえかなファルセット。
みんなみんな、鮮やかな官能の記憶。
思い出すと、身動きができなくなる。
いつもそこで、セックスするわけじゃないんだけど。
ゆったり穏やかな時間を過ごすことも、もちろん多いんだけど。
なんでかな、ソファは俺にとって常にエロティックなんだ。
おかえりって、岩城さんが言ってくれる。
つややかな黒髪がゆれて、その下の瞳が俺を見つめる。
愛してる、って。
すぐ側に来て、愛して欲しいって。
饒舌なまなざしに、俺はいつも絡め取られる。
すべていつも、このリビングから始まるから。
静寂や沈黙が暖かく、やさしいって。
そしてときには、底なしの誘惑でもあるって。
岩城さんと一緒になって、初めて知った。
あの人の温かい腕の中が、俺の帰る場所。
俺が、いちばん安心していられる楽園。
唯一無二の俺の家なんだ。
ただいま、岩城さん。
俺、帰ってきたよ。
ずっとひとりで放っておいて、本当にごめん。
岩城さんを想わなかった夜は、ないけれど。
いつだって俺のハートのど真ん中に、岩城さんはいるけど。
でも、ごめん。
辛いときに、側にいてあげられなくて。
その涙を、拭ってあげられなくてごめん。
この胸に抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて。
幾万のキスを降らせて、なぐさめてあげたかったよ。
憂愁を吹き飛ばすほど、熱く愛し合って。
何もかも忘れさせてあげたかった。
大丈夫だよって、何度も何度も。
岩城さんが寝つくまで、耳元でささやいてあげたかった。
でも俺、帰ってきたから。
もう絶対に、そばを離れないから。
だから、好きなだけ泣けばいい。
いくらでも甘えていいよ。
家族なんだから、ね。
曝け出すのが恥ずかしいことなんて、何にもない。
岩城さんが、俺の家であるように。
俺も、岩城さんの家なんだから。
ましゅまろんどん
15 September 2006
帰る場所があるって、本当に幸せなことですよね。
愛おしい人を守り、慈しみたい。
そう思うからこそ、香藤くんは駆け足で大人になった。
岩城さんは、幸せものです。
2013年2月10日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。
No reproduction, copying, publishing, translation or any other form of use or exploitation allowed without authorisation. All copyright and other intellectual property rights reserved and protected under Japanese and UK statute and all relevant international treaties.
Copyright(c) 2005-2012 May Fujino