※ましゅまろんどんの
「Turbulence」を先にお読み下さい。
Midnight Landing
「ああ・・・」
「岩城さん?!」
「ああ――・・・っ」
「どうしたのっ 大丈夫だから落ちついてっ」
いきなり、抱きついて泣き出した岩城さんを、俺はじっと抱きしめていた。
俺の身体にしがみ付いてる腕が、震えてる。
その腕を見下ろした。
・・・全身に鳥肌が立ってる。
こういう声を上げて泣くの、初めてかもしれない。
昔、ドラマで共演した時、俺が死ぬシーンで、恐くて一晩中泣きながら俺の帰りを待ってたことはあるけど・・・。
あの時だって、こういう泣き方じゃなかった。
岩城さんの嗚咽・・・。
俺の方まで悲しくなるような、恐くなるような、そんな声。
岩城さんがここまでになること・・・。
想像はつく。
息をするのも辛そうにしゃくりあげて、肩が上下に動いてる。
俺は、岩城さんを抱きしめながら、背中とか、髪とか撫でながら、ずっと声をかけてた。
少し泣き声がやんで、岩城さんが大きく息を吐いた。
身体が俺から少し離れた。
俺は、その岩城さんを引き寄せて、抱きしめなおした。
俺の胸に頬をつけて、岩城さんは荒い息をしてる。
ときどき、鼻啜ってむせて。
「大丈夫だよ。大丈夫だからね。」
俺がかける声に、岩城さんは黙って頷いてる。
やっと身体の震えが止まって、俺を見上げた。
泣いて、目と鼻と頬が真っ赤になってる。
その顔が、俺の顔を見て、また泣きそうに顔を顰めた。
「・・・すまん・・・。」
「いいよ、気にしなくて。大丈夫?」
「うん・・・。」
「・・・あの・・・あのな、香藤。」
「いいよ。無理して話さなくていいから。」
ぐ、と岩城さんの顔が歪んだ。
奥歯噛み締めてるのがわかる。
顰めた眉。
ぎゅっと閉じられた瞼から、また、涙が零れた。
ベッドに仕事は持ち込まない。
そう、約束した。
約束した以上、岩城さんはそれを守る人だ。
たとえ、仕事で悩んでたとしても、ここまで慟哭することはない。
そう思って、ここで、って言ったんだろうから。
岩城さんはプロだ。
昔から俺以上にそういう意識の強い人だった。
それに、仕事のことでここまで泣くような女々しい人じゃない。
考えられるのはひとつだけ。
バカだなぁ・・・。
愛しいくらい、バカだ。
愛情の表現の仕方が違う、俺だって言葉が欲しいって、
そう言って、昔、岩城さんを責めたことがあったっけ・・・。
この人は、ほんとに・・・。
愛しくて、愛しくて、たまらない。
この涙の一粒、一粒。
俺を愛してるって叫んでる。
この声の一つ、一つ、
俺が居なければ生きていけないって訴えてる。
「・・・香藤・・・香藤・・・香藤・・・。」
「うん、大丈夫だよ。大丈夫。」
安心して欲しい。
俺はずっと傍にいるから。
何があっても傍にいるから。
岩城さんの全部を受け止めるから。
そんなの、とっくの昔に覚悟は決めてる。
「無くならないと感じるものに、わざわざ不安を覚える事はない。」
そう言って、俺を安心させてくれたくせに。
自分はありえないことで、考え込みすぎて。
・・・それが、岩城さんなんだけど。
わかってるけど。
俺を信じてくれてるってのも、わかってるけど。
どうしても、こうなっちゃうんだ、この人は。
だから・・・。
早く不安を取り除いてあげなくちゃ・・・。
岩城さんの涙がやっと止まった。
俺の胸から身体起こして、両手で瞼、こすって。
「だめだよ。そんなにしたら、目が腫れちゃうよ?」
「うん。」
まるで子供みたいに、こくって頷いた。
そんな仕草が可愛いよ。
ほんとに、いつまで経っても。
「ねぇ、岩城さん。」
「あのな、香藤。」
同時に口開いて、二人でちょっと笑った。
「いいよ、言って?」
「いや、いい。先に言え。」
「うん。」
じっと岩城さんを見つめた。
泣きはらした顔。
まだ睫が濡れてる。
「あのね。」
「うん?」
そっと手を伸ばして頬に触れた。
ゆっくりと撫でる俺の手に、岩城さんは手を重ねて頬ずりした。
俺を見つめる瞳を、俺は真っ直ぐに見返した。
「ずっと一緒にいるよ。」
「か、とう・・・。」
「ありえないことで、不安になる必要は何にもないんだからさ。」
唇が震えてる。
また泣かしちゃうけど、これはいいよね。
岩城さんの頬を伝う涙を、俺は両手で掬った。
「か・・・と・・・」
「俺は、岩城さんがいないとだめなんだ。だから、ね?」
「・・・っ・・・」
頷いて、ほっとして、俺の胸に擦り寄って。
さっきとはまるで違う泣き方。
・・・よかった。
岩城さんを両腕に抱いて。
ずっと、ずっと。
愛してるって伝えよう。
岩城さんの中にいる間も。
岩城さんが眠りにつくまで、ずっと。
「おいで、岩城さん。」
弓
15 August 2006
2013年1月31日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。
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