※この散文は、『フライト・コントロール』に想を得ました。
Turbulence 乱気流
考えるだけで こんなに辛い
考えただけで 心が凍る―――・・・
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香藤。
香藤。
香藤。
おまえのいない世界なんて、俺には想像できない。
あり得ないし、あってはならない。
おまえがいなければ、俺は息もできないから。
いやだ。
いやだ。
いやだ。
それは、思いもかけない衝撃で俺を襲った。
あるはずのない仮定。
目の前が暗くなり、いやな汗が額を伝った。
香藤と別れる―――。
その言葉が脳裡に浮かんだ瞬間、俺は慟哭していた。
心が軋んで、悲鳴を上げる。
痛くて、寒くて、怖ろしくて。
おまえの温もりを失って生きていけるほど、俺は強くないから。
恐い。
恐い。
恐い。
涙が零れて、止まらなかった。
手先が凍え、身体が震えた。
どうしてこんなに、恐いのだろう。
どうしてこんなに、心が揺れる―――。
不安があるわけではないのに。
おまえを誰よりも信じているのに。
香藤。
香藤。
香藤。
滂沱の涙にくれながら、俺は香藤に縋りついた。
この、確かなもの。
この、大きな愛。
失ったら、生きていけるはずがない。
香藤がいなければ、俺は俺でいられないから。
香藤と別れる―――。
ありえない仮定。
絶対に導き出されることのない答え。
わかっているのに、と何度も自分に言い聞かせた。
おまえの愛にくるまれて、支えられて。
これ以上ないほどの幸せを、おまえは俺に与えてくれているのに。
それでも俺は、戦慄した。
禁忌のシナリオに、胸が引き裂かれるようだった。
おまえの声。
おまえの指。
おまえの心音。
どれひとつ、絶対になくせない。
どれひとつ欠けても、俺は崩壊する。
俺たちは絡み合い、混ざり合い、どこまでも融け合って。
繋ぎ目のないひとつの人生になっているから。
許してくれ。
許してくれ。
許してくれ。
恐慌の中で、俺は香藤に詫びた。
知っているくせに。
わかっているくせに、そんなことを考えた自分を―――。
おまえの愛は雄々しくて、暖かくて、どこまでも深くて。
俺を抱くおまえの腕は、何よりも確かな愛の証で。
疑う余地など、どこにもないのに。
どうして。
どうして。
どうして。
脆い自分が、不甲斐なかった。
俺はおまえに、いつも頼ってばかりだが。
おまえはいつだって、俺を葛藤から救ってくれるが。
それでもせめて、このくらいは。
俺ひとりで、迷いを振り切りたかった。
香藤。
香藤。
香藤。
おまえは、こんな俺を―――・・・。
ふと。
俺を抱く香藤の腕に力が入った。
しっかりと抱き寄せて、ぬくもりを分け合うように。
・・・え・・・。
香藤の声が、遠くに聞こえた。
やさしく宥める、低い声。
何度も、何度も俺を呼ぶ。
大きな手のひらが、俺の背中をさする。
・・・大丈夫。大丈夫だよ・・・。
ふうわりと、暖かい風が吹いた。
海底から浮上してくるような高揚感。
香藤がそこにいた。
そこにある揺るがない確かなもの。
いつもいつも、俺だけのために。
いつの間にか、身体の震えは止まっていた。
香藤と俺の鼓動がぴったり重なる。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
香藤の肌のあたたかな匂いに包まれる。
ほら、岩城さん・・・。
大きな手が、差し出される。
なだめる声に導かれて、俺はそっと目を開けた。
ましゅまろんどん
17 August 2006
大阪にて
※このあと、弓さんの
「Midnight Landing」に続きます。
2013年1月31日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。
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