それぞれの夜(笑)

それぞれの夜・・・(笑)



※これは、2007年お正月前後に配布されたGOLD付録?小冊子の中の1ページ、「春を抱いていた」&「僕の声」スペシャル・コラボCMの続き・・・のつもりで書きました。他愛ないコメディだと思ってくださいね。
(CM自体は、声優業に初チャレンジの岩城さんが保坂さんと、香藤くんが黒川さんとそれぞれ組んでお仕事をする、というもの。ぽよよーんとのん気な(笑)岩城さんとは対照的に、香藤くんは黒川さんの声に思わず身体が反応し、ドキドキ動揺しちゃう・・・というお約束展開なのです。)




「・・・ただいまー・・・」
香藤の声音に、キッチンにいた岩城がふと眉をしかめた。
「おかえり」
のっそりとリビングに姿を現した香藤を、訝しげに見つめる。
「どうしたんだ?」
「・・・え?」
まっすぐに見つめる澄んだ黒い瞳。
バツが悪そうに、香藤はちょっと俯いた。
「なんでも、ないよ」
すたすたと近寄って、岩城は香藤の顔を覗き込んだ。
「なんでもないってことは、ないだろう」
ふわりと笑って、香藤の腰に両腕を回す。
「元気がないぞ。何か、イヤなことでもあったのか?」
「・・・なんで、わかるかなあ」
苦笑して、香藤は岩城の身体を抱き寄せた。
額にちょんと、啄ばむようなキス。
そのまま唇がなめらかな肌をすべり、瞼に、頬にくちづける。
「ん・・・」
つややかな黒髪を揺らして笑いながら、岩城が身じろぎした。
「こら、ごまかす気か?」
「んー・・・」
そうじゃないんだけど、と独り言のように呟いて。
香藤はため息をついて、腕の中の岩城を見つめた。
「・・・あのさー」
「うん?」
「・・・岩城さん、ごめん!」
「は?」
きょとんと、岩城は香藤を見上げた。
「俺、浮気者じゃ、ないはずなんだけど!」
「・・・はあ?」
「好きなのは、ホントに岩城さんだけなんだけど・・・!!」
「・・・?」
「なのに、なんでかわかんないけど、俺・・・」
困ったように、言葉に詰まる香藤。
その香藤よりももっと困惑して、岩城はまじまじと香藤の顔を見つめた。
「ごめんなさい、岩城さん」
「・・・香藤」
「ホントに、ごめんね」
「・・・香藤、あのな」
「何もないって誓うから、岩城さん、許して・・・」
「・・・おい!」
ぺちり、と。
岩城は香藤の頬を軽く叩いた。
「へ?」
「おまえはいったい、何を言ってるんだ?」
呆れた口調でそう言って、岩城は香藤の耳をつかんだ。
「痛いって、岩城さん!」
「ちゃんと、俺にわかるように説明しろ」
「あー・・・」
岩城の気遣わしげな視線に気づいて、香藤は苦笑した。
「・・・ごめん」
もう一度抱えなおすように、腕の中の恋人をしっかり引き寄せる。
「・・・今日の仕事でね―――」
「ああ」
香藤の胸に頬をつけたまま、岩城が頷いた。
「声優さんと共演するやつだろう? 俺も、そうだったから・・・」
「うん。それでね、俺が組んだ相手って、黒川さんっていうベテラン声優さんだったんだけど・・・」
「うん?」
「俺、傍にいて、どうも妙な気分になっちゃって」
そこまで言って、香藤は恐る恐る岩城の顔色を窺った。
「妙って・・・?」
ゆらめく岩城の瞳が、香藤に先を促した。
「・・・だって」
申し訳なさそうに、香藤が肩をすくめた。
「声がさ・・・」
「うん?」
「声が、岩城さんにそっくりなんだよ!?」
「は? 俺に?」
「うん」
「似てるのか?」
「似てるなんてもんじゃないよー。声だけじゃなくてさ。息遣いとか、台詞まわしとか、ホンットもう・・・!」
ため息をついて、香藤はぎゅっと岩城を抱きしめた。
「たまんなかったよ、俺」
岩城の首筋に鼻をこすりつけるようにして、香藤がささやいた。
「岩城さん・・・」
甘い吐息が、岩城の耳をくすぐる。
「香藤・・・」
香藤の抱擁の中で、ほうっと全身の力を抜いて。
岩城はぽつりと、呟いた。
「・・・ばか」
ゆっくり腕を上げて、香藤の広い背中を優しく撫でる。
「岩城さん・・・?」
そろそろと、香藤が頭を上げた。
そこには、滲むような微笑を浮かべた岩城の顔。
「ホントにばかだな、おまえは・・・」
誘惑の、甘いかすれ声。
密着した香藤の下半身が、ドクリ、と一気に反応した。
それに気づいて、岩城のしなやかな腕が香藤の腰に絡みついた。
「岩城さん・・・」
いいの、と香藤の熱いまなざしが聞いた。
「さあな」
ひと言、さらりとそう応えて。
岩城は身を捩って、香藤の腕の中から抜け出した。
くるりと背を向け、リビングを出て行こうとする。
「岩城さん・・・?」
まるで気まぐれのように足を止めて、岩城は振り返った。
「今度は俺が、お仕置きをする番だな」
婀娜めいた、悪戯っぽい微笑。
香藤がごくりと、喉を鳴らした。
「・・・来い」
ゆっくりと二階を視線で指し示しながら、岩城が低い声で言った。
「罰を受ける気が、あるならな」
したたるように甘い捨て台詞。
陶然と見つめる香藤に流し目をくれて、岩城はそっとドアを開けた。



☆ ☆ ☆



「あ、そっかー」
はふはふと、熱々のダイコンを口に放り込みながら。
黒川は頷いて、テーブルの向こうに胡坐をかく保坂を見返した。
仕事帰りの、新宿の夜。
鍋料理の店を探していたはずが、気づいたら、地味なおでん屋に落ち着いていた。
現場が重ならないときはメールで連絡を取り、都合がつくようなら晩飯を一緒に食べる。
・・・いつの間にか、それが暗黙の了解になっていた。
もちろん最近の黒川は、コブなしで現れる。
気恥ずかしいのか、居心地が悪いのか、いつもちょっとだけ照れながら。
「で、弓ちゃんのほうはどうだったの」
熱燗をもう一本注文して、保坂が聞いた。
「ああ、香藤くんねー」
楽しそうに、黒川は頷いた。
「チャラチャラしたタレント相手なんて、冗談じゃないって思ってたんだけどさ」
「うん?」
「真面目でいい子なんだよ、これがねー。明るくて、礼儀正しくって。意外だったな」
「そうなんだ」
「そう。初めてのアフレコだから、タイミングに苦労してたけど。結構センスはあるんじゃないかな」
黒川は目を細めて、土鍋の中に箸を突っ込んだ。
「・・・弓ちゃん、ダイコンばっかり」
「え?」
保坂が笑って、鍋を指差した。
「たしかに旨いけど、それ、栄養ないからね。他のもちゃんと食べなよ」
「・・・はーい」
黒川は苦笑して、子供のように口を尖らせた。
「で、保坂くんはどうだったの」
「ああ、岩城京介?」
「うん」
「まあ、そこそこ、かな・・・」
収録風景を思い返した保坂は、眉間に皺を寄せた。
「あれえ?」
「え?」
「何だか、イヤそうだけど。上手くいかなかったの?」
「・・・そういうわけじゃ、ないんだけど」
ゆっくりと髪の毛をかきあげながら、保坂が呟いた。
「予想外っていうか、なんか、ちょっとね」
歯切れの悪い保坂に、首をかしげながら。
黒川は、ふん、と鼻を鳴らした。
「岩城京介ってさ、いつの間にか演技派俳優ってことになってるけど。もしかして、案外ヘタだったとか?」
「あはは」
お銚子を掴みながら、保坂が笑った。
黒川のお猪口に酒を注ぎ足しながら、小さく首を振る。
「それはなかった。初めてなのに、まあ大したもんだよ。かなり練習して来たんだろうね。業界の噂どおり、くそ真面目な優等生って感じだったけど―――」
「あらら」
可笑しそうに、黒川が言葉尻を捉えた。
「優等生は嫌いなの、保坂くん?」
「そうじゃないけど、さ」
その憮然とした表情に、黒川がくすりと笑った。
「どうも、気に入らないらしいな。まさか、俺の魅力の虜にならなかったのが悔しい、なーんて言わないよねー」
けらけらと笑う黒川の言葉に、保坂は絶句した。
「う・・・っ」
「・・・あ?」
しばし硬直した保坂に、黒川は不審げな視線を向けた。
「保坂くん、まさか」
「・・・弓ちゃん・・・?」
決まり悪そうに、保坂が小さく咳払いした。
「もしかして、ビンゴか?」
黒川のつややかなバリトンが、一段低くなった。
「弓ちゃん、あの」
「岩城京介がなびかないんで、拗ねてるわけ・・・?」
「ちょっと、弓ちゃん」
慌て気味の保坂の声に、黒川の表情がふと硬くなった。
カタリ、と箸を置いて、まじまじと保坂を見つめる。
「保坂くん」
上目遣いに黒川の様子を窺いながら、保坂は神妙に頷いた。
「・・・はい?」
「俺も男だし、そういうエゴって、わからないでもないけどさ」
ツートーンの頭を軽く振って、黒川はため息をついた。
「え?」
「保坂くんにしたら、ゲイだって有名な相手が自分に反応しなかったから、なんだか悔しい・・・って、そーいうことなのかもしれないけどさ」
不機嫌そうなまなざしで、保坂を睨みつける。
「でも、言ったくせに」
その瞳の奥に、意外なゆらめきを発見して、保坂はうろたえた。
「な、なに?」
「覚えてないのかよ」
むっとした黒川に、保坂は恐る恐るお伺いを立てる。
「・・・な、何を?」
「・・・美味しそうってだけじゃもう食えないって、あんとき、言ったくせに―――」
わずかに頬を染めて、唇を噛んで。
黒川は俯いて、テーブルにのの字を書いた。
「俺しかいないとか、何とか・・・」
上手いこと言って、この俺を口説いたじゃないか。
黒川の消え入りそうな声に、保坂は思わず頬を緩めた。
「・・・弓ちゃん」
ゆっくりと立ち上がり、テーブルの脇を回って黒川の隣りに腰を下ろす。
黒川の手を取り、しっかりと指を絡める。
「ちょっと、保坂くん!」
周囲の視線を気にして、黒川が手を引き抜こうとした。
それを無造作に封じて、保坂はじっと黒川を見つめた。
「ごめん、弓ちゃん。俺が悪かった」
「保坂くん・・・」
ストレートな謝罪に、黒川は目を丸くした。
「俺が好きなのは、弓ちゃんだよ。それは、昔も今も変わらない」
「・・・」
「岩城京介のことはさ」
保坂はくつくつと笑って、黒川の手を握りしめた。
「弓ちゃんの言うとおり、くだらないエゴだから。・・・俺ね」
「うん?」
「共演が岩城京介って聞いたときから、参ったなー、惚れられちゃったらマズイだろうって、勝手に自惚れてた」
小声でそう言って、保坂は眉をしかめて見せた。
「バカバカしくて、呆れるでしょ」
「・・・まあな」
ぺろりと舌を出して、黒川が小さく笑った。
「現実は、全然ちがったけどね」
「ちがうって?」
頷いて、保坂は黒川の耳に唇を寄せた。
「あの人、丸っきり俺なんて眼中になくてさ」
「へえ」
「唯一、俺に興味を示したのが、この服」
「服?」
黒川は不思議そうに、保坂のジャケットを見つめた。
「ブランドを一発で当てたんだ。日本じゃほとんど知られてないデザイナーだから、よくわかりましたね、ってお愛想を言ったら・・・」
岩城との会話を思い出して、保坂が苦笑した。
「香藤洋二が、似たようなのを持ってるって」
「あはは!」
膝を打って、黒川が破顔した。
「このド派手なブランドを着こなせる日本人なんて、めったにいませんからね、ってさ、そりゃー嬉しそうに言われたよ」
「・・・誉めてるつもりなんだろうけど、それ、要するにのろけじゃないの」
「うん。本人、まったく気づいてなかったけどね」
保坂はため息をついて、頷いた。
「・・・そうかよ、つうか。俺のバカなプライドなんて、ズタズタだったね」
「そうかー」
よしよし、と小さくささやいて。
黒川は手を伸ばして、保坂の後頭部を撫でつけた。
「さて、そろそろ帰るか」
腕時計をちらりと見て、腰を浮かす。
「うん、そうだね」
先にすくりと立ち上がって、保坂は猫のように伸びをした。
それから思い出したように振り返って、黒川を見下ろす。
「弓ちゃん・・・」
「うん?」
「傷つけてごめん」
虚を突かれて、黒川が目を瞠った。
「・・・うん」
もういいよ、と口ごもりながら。
コートとバッグを抱えて、黒川も立ち上がった。
「あ・・・」
伝票を掴んで歩き出す保坂に、小さな声を上げる。
「今日は俺のおごりだよ」
ひらひらと、頭上に掲げた伝票を振って。
背中を向けたまま、保坂が楽しそうに言った。
「・・・そりゃ、どうも」
あたりまえだろ、という言葉を飲み込んで。
黒川はいそいそと、長身の恋人の後を追った。




ましゅまろんどん
11 December 2006


か、書いちゃいました・・・うぐぐ。 いつものことだけど、誰かさんにおねだりされちゃったので。 即席のお遊び企画ですが、楽しかったです(笑)。
ゆる〜い小品なので、寛大な気持ちで読んでいただければ嬉しいです。


2013年2月16日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。