呼び声 そして

呼び声 そして




濃い夜の気配。
いつの間にか、寝室はしんと静まり返っていた。
アラーム時計の音がかすかに響く。
外を通る車のエンジン音がひどく遠く、頼りなく聞こえた。
「・・・香藤」
岩城がそっと、香藤の髪を撫で上げた。
「うん・・・」
すん、と鼻をすすってから。
赤い目をした香藤が、照れたように顔を上げた。
岩城は黙って、その額にキスをした。
唇が触れたその瞬間だけ、香藤がちょっと目を閉じる。
まるで魔法をかける儀式のように。
「ごめん・・・重いよね」
名残惜しそうに、香藤は岩城の上から身体を起こした。
仰臥したままの岩城を見下ろす。
ゆったり弛緩した、しなやかな肢体。
今の抱擁で着乱れたシャツの裾から、ほの白い肌が垣間見える。
ベッドカバーに零れた、つややかな黒髪。
毛先が乱れて額にかかり、端正な美貌を少し幼げに見せていた。
濡れたような黒曜石の瞳が、香藤をとらえる。
「香藤・・・」
低いかすれ声で恋人を呼ぶ、紅い、紅い唇―――。
チラリと一瞬だけ、舌がのぞく。
香藤はゾクリと身体を震わせた。
「・・・岩城さん・・・」
小声で囁いて、早まる鼓動を確かめるかのように、香藤は岩城の胸に手を置いた。
指先を遊ばせて、薄い布の下の乳首を弾く。
小さな突起が、香藤の指を悦んで堅く勃ち上がった。
「・・・んっ」
岩城は紅潮する顔をそっと背けた。
「・・・いいの?」
返事の代わりに、岩城は黙って目を閉じた。



プレゼントのリボンをほどくように。
香藤は丁寧に、岩城のシャツの釦をはずした。
はだけた肌からは、ほのかな汗の匂い。
「ん・・・」
香藤の大きな手が、岩城の肌をまさぐる。
時々ピクリと身体を震わせて、岩城はその愛撫を受けた。
「岩城さん・・・」
大切な人の名前を呼びながら、香藤がキスの雨を降らせる。
なめらかな首筋に。
香藤を誘う、きれいな鎖骨のラインに。
熱い息を吐いて上下する、岩城の胸に。
固く引き締まった腹に。
扇情的な小さな下着の下で形を変えつつある、岩城の性器に。
キスの道筋を、香藤の指がたどった。
「んん・・・っ」
下半身を裸に剥かれて、岩城は無意識に腰を揺らした。
「まだ、何もしてないよ」
くすりと笑って、香藤が岩城の内腿を撫でた。
それだけで、岩城が甘い息を吐く。
「・・・ほんと、敏感だよね」
なめらかな肌の感触を楽しむように、香藤は岩城の脚にそろりと舌を這わせた。
大腿から膝へ。
膝から足首へ。
くすぐるように、何度も足の指をねぶった。
「はっ・・・」
はぐらかすような愛撫に堪えかねて、羞恥で顔を火照らせた岩城が、上半身を起こそうとした。
「うん?」
「・・・いい加減に・・・」
しらっと顔を上げた香藤を、睨みつける。
「よくない?」
香藤は無邪気な笑顔を見せて、抱えていた岩城のふくらはぎをつうっと指でなぞった。
岩城がふっと眉をしかめて仰け反る。
「そ・・・じゃ、なくて・・・っ」
もどかしさに、岩城が首を振る。
「なに?」
わかりきったことを聞いてくる香藤に、焦らされて。
岩城は無造作に手を伸ばし、香藤の股間をぎゅっと握った。
「・・・たた!」
香藤があわてて、岩城の手首を掴む。
「痛いって、岩城さん・・・!」
「うるさい」
指で確かめた香藤の熱さに、満足したような顔つきで。
「早く・・・しろ。待てないのは―――」
岩城がのっそり起き上がった。
獣のように両手をシーツについて、上目遣いに香藤をねめつける。
「・・・俺だけじゃ、ないだろう?」
濡れた紅い唇を、覗かせた舌でペロリと舐め上げた。
香藤の喉が、ゴクリと鳴った。



「んああぁ・・・っ!」
岩城の身体のいちばん奥深いところを、香藤が侵していた。
ドクドクと脈打つ灼熱が、岩城の中を蹂躙する。
「ぅく・・・っ」
岩城の腰をいっそう強く引き寄せて、捻じり込むように、香藤が律動を繰り返した。
「・・・はうっ・・・んんっ」
絶え間ない快感に押し流されながら、岩城は全身で香藤にしがみついていた。
「岩城さん・・・!」
火を噴くような囁きに、岩城はゆっくり目を開けた。
まなじりに零れる涙を、香藤の舌が吸い取る。
「・・・かとっ」
岩城が何か言おうとしているのに気づいて、香藤が動きを止めた。
「なぁに・・・?」
荒い息が岩城の耳にかかる。
それだけで、岩城は肌を火照らせて身をよじった。
「あ・・・っ」
その感触をやり過ごして、岩城はじっと香藤を見上げた。
「・・・焦るな・・・」
「・・・え?」
降りかかる柔らかな薄茶色の髪を、岩城は掻きあげた。
そのまま片腕を香藤の首に廻し、胸元にしっかりと抱き寄せる。
「焦ることは、ない―――」
そっと言い聞かせるように、岩城は続けた。
「・・・俺は、いつまででも、待つから」
岩城が先刻の話の続きをしているのだと、ようやく気づいて。
香藤はゆっくり、顔を上げた。
「岩城さん・・・」
澄んだ瞳が、まっすぐに香藤を見上げていた。
香藤の帰還を信じて疑わない、迷いのないまなざし。
香藤は、こくりと頷いた。
照れたように笑って、岩城の頬にキスを落とす。
そのまま唇をすべらせて、耳元でささやいた。
ありがと。
あふれる思いを込めて。
ほとんど吐息だけのその言葉に、岩城は幸せそうに微笑した。



「香藤・・・」
ため息のような、誘い―――。
香藤を包むとろける柔襞が、先をねだって絡みついた。
「・・・うん」
香藤は岩城の両脚を抱え直し、ぐいっと腰をグラインドさせた。
岩城の中を抉り、深いところを擦り上げる。
打ちつけるように、刻みつけるように、何度も。
その度に岩城の上半身が、ベッドの上で跳ねた。
「んはぁ・・・っ」
捉えられた腰をゆらめかせながら、もがくように彷徨う岩城の手がシーツを握りしめた。
「・・・岩城さん・・・!」
香藤の手が、岩城の胸の飾りをくすぐる。
香藤の唇が、ぬめりを帯びた桜色の肌に、所有の印を刻む。
その感触ひとつひとつに、岩城は甘い嬌声をあげた。
「かと・・・あふっ」
岩城はふるえる両脚で、香藤の腰をきつく挟みつけた。
快感を堪えて、髪を振り乱す。
ぽってりと腫れた瞼。
そこから熱い雫がこぼれ、睫を濡らしていた。
半開きの唇が、かすれた喘ぎをもらす。
しなやかな腕が、香藤の肩を、頬を、髪を、忙(せわ)しなくなぞった。
快楽を求め、与えようとする、扇情的な岩城の媚態。
香藤は陶然として、恋人を見下ろした。
「ぃ・・・わきさ・・・っ」
火照った岩城の肌の匂いに酔いながら。
ひときわ深く、香藤が岩城のいちばん敏感なところを穿った。
岩城の中が痙攣し、搾りこむように香藤の灼熱に絡みついた。
「ひぁ・・・ん、ああぁ・・・っ!」
低くかすれた悲鳴を上げ、岩城が全身を仰け反らせて、絶頂を迎えた。
すがりつく指先が、香藤の背中に爪を立てる。
「んく・・・っ」
熱くふるえる柔襞に翻弄されて、低いうめき声を上げながら、香藤は岩城の中で果てた。
「ああぁ・・・」
迸りを受け止めた岩城が、甘い喘ぎをもらして身体をよじらせた。
香藤はぐったりと、岩城の上に身体を投げ出す。
愛しい重みを抱き込んで―――岩城はうっすらと微笑した。



ふたり分の鼓動が重なっていた。
息も整わないまま―――香藤はそっと、岩城の顔に唇を寄せた。
感じすぎてまだ肌を粟立てている柔らかい身体を、抱きしめながら。
こめかみを流れる汗を舐め、頬にキスを落とす。
すぐに岩城が顔をずらして、唇を重ねた。
「・・・んん・・・」
深いキスを交わす。
「・・・香藤・・・」
かすれた低い声で、岩城はポソリと恋人を呼んだ。
鼻をこすりつけて、甘えるような仕草で、その逞しい肩に頬を寄せる。
くすぐったさに、香藤は身をよじった。
「うん? どうしたの・・・?」
やさしく聞いた香藤の声も、掠れていた。
至近距離で、岩城の瞳を覗き込む。
「・・・なんでも、ない」
岩城はふと微笑した。
それから、ほうっと深呼吸。
「岩城さん・・・?」
香藤の背中に廻した腕に、ぎゅっと力がこもった。
岩城の脚が、するりと香藤の下肢に絡まる。
「気持ちがいいな・・・」
香藤の存在の確かさに安堵したように、岩城が小さくつぶやいた。
「・・・汗でベトベトなのに・・・?」
岩城の肩にくちづけて、香藤がくすりと笑う。
「・・・ああ」
「眠い?」
「さすがにな・・・」
香藤の温もりを抱いたまま、岩城が小さく笑った。
「・・・寝てていいよ。俺が、きれいにしといてあげるから」
子供を寝かしつけるように、香藤は岩城の額にキスを落とした。
それから、瞼にも。
「おやすみ、岩城さん」
ひっそりと苦笑しながら、岩城はゆっくり目を閉じた。




ましゅまろんどん
20 February 2006


もともとは「遊楽第」(春抱きファンサイト・現在は閉鎖)のユウさんに差し上げた小品です。彼女のイラスト&SS「呼び声」の続きのつもりで書きました。だからこれだけだと意味不明かも・・・(汗)。
2012年12月01日、サイト引越にともない(初)掲載。初稿を若干修正しています。