Every moment of your life

Every moment of your life  
あなたの人生のすべてを見つめていたいから





たとえば岩城さんがふと振り返って、俺に微笑みかける。
ふんわり穏やかな、極上の笑顔。
たったそれだけのことで、俺の鼓動は跳ね上がる。
寒風が吹いて、つややかな髪が揺れる。
その冷たさに、ひょいと首をすくめながら。

「なんだ、どうした?」

無造作に首をかしげて、俺を見返す美貌の恋人。
しなやかな身体、しなやかな心。
やさしい、甘い、安心しきった、俺だけの岩城さん。
そうやって切り取った瞬間のすべてが、息を呑むほどきれい。

「ううん、なんでもないよ」

岩城さん。
俺だけの岩城さん。
俺の最愛の人。
永遠に、俺だけの恋人―――。



+++



つむじ風の一月。
俺たちはぽっかり開いた午後を、のんびり散歩して過ごした。
寒いけどすごくあったかい、そんなひととき。

「おまえみたいな風だな」

岩城さんはすうっと目を細めて、幸せそうに笑うんだ。
時期はずれの都心の日本庭園。
ちょっと渋いけど、デートスポットとしては穴場中の穴場だね。
泣きそうな空のせいか、誰もいないパラダイス。
岩城さんと一緒なら、真冬だろうとパラダイス。

「風が冷たいよ」

なんて、メロドラマの主役みたいな気障な台詞を言って。
そっと細い腰を抱き寄せられる、特典つき。

「俺は、雪国の生まれだぞ」

小さく笑って、岩城さんがいなす。
甘い匂いの身体はゆったり、俺に凭れかかったまま。
さらさら前髪が乱れて、俺の心がざわめく。

「気持ちがいいな・・・」

ゆるゆると俺に身体を添わせて、うっとり呟くように。
真冬、なんだけどね。
でも火照った頬に、冷たい風が心地いい。
俺は頷いて、岩城さんの手を取った。
ひんやりした、しなやかな指。
指輪が、ひとつ。
男らしい筋張ったその手を、俺は大切に握りしめた。



時に忘れ去られたような、古い古い庭。
だあれもいない、太鼓橋のその向こう。
寒椿が、ほろほろと咲き誇っていた。
真っ赤な椿。
白い椿。
白とピンクのマーブルの、薔薇みたいな椿―――。

「きれいだね」

岩城さんの好きな花に、語りかけるみたいに言った。
ひそやかに、俺の腕の中の恋人が微笑する。

「武士の家には、植えないものなんだけどな」

―――ああ、そうか。
椿って、咲いてるときは綺麗だけど。
咲き終わったら、ガクからぽとり、落ちるから。
縁起が悪い・・・ってことかな。

「いいじゃない、綺麗なんだもん」

俺がそう言うと、岩城さんは嬉しそうに頷いた。
武士の家って、岩城さんの実家のことかな。
それとも、去年撮った映画のこと、思い出してるのかな。



大きな踏み石づたいに、池を渡る。
凍りつきそうな水の中に、たくさん鯉が泳いでいた。
小ぶりだけど、鮮やかな色。
こんなに寒い日じゃなかったら、のんびりとこの辺に座り込んで。
俺の特製弁当を広げて、ピクニックができるのにね。

「それは、無理だろう」

マフラーを巻きなおしながら、岩城さんが苦笑した。
―――わかってるよ。
俺たちが、好きで選んだ仕事だもんね。
でも、こういうときは、芸能人って立場が邪魔になる。
人目を忍んで行動しなくちゃいけないのが、とてももどかしい。

「俺は、これで充分だよ」

ちょっと照れながら、俯き加減に。
岩城さんはそう言って、俺の手をぎゅっと握り返した。
―――あは、俺の考えたことなんて、お見通しだね。
いつだって、俺にいちばん心地いい言葉をくれる。
いつだって、俺に何よりの愛を注いでくれる。
岩城さんってホント、奇跡みたいな人だよね。



木枯らしの一月。
今にも雪の降りそうな曇り空。
誰もいない、凍てついた冬の庭。
岩城さんと俺だけの、静かな世界―――。

「香藤・・・」

それは、岩城さんのとびっきりの愛の言葉。
甘い声で、俺の名前を呼ぶ。
想いがぎゅっと込められてて、痺れそうなくらい。
俺の呼吸は、それだけでだんだん速くなって。
岩城さんに向かって、駆け出し始める。

「うん?」

ささやかな、日常の幸せ。
ささやかだけど、かけがえのない幸せ。
岩城さんが、そこにいてくれる。
俺だけのために、そこにいてくれる。
岩城さんの吐息を、鼓動を、誰よりも近くで感じられる。
そばにいる一瞬、一瞬が、俺の宝もの。

「好きだよ・・・」

キスの予感に、俺は胸を躍らせる。
今でも子供みたいに、湧き上がる興奮にドキドキするんだ。
いい歳して、って思うけど。
何年一緒にいるんだ、ってからかわれるかもしれないけど。

「・・・こら」

岩城さんは微笑して、しょうがないなあ、って顔で俺を見た。
やさしい、愛おしい、柔らかなまなざし。
―――言っとくけどね?
そうやって笑うときにできる目尻の皺も、ものすごく魅力的だよ。
それだけで俺、勃っちゃうくらい。
やさしい、愛おしい、柔らかな俺の恋人。
ため息が出るほど、きれいだよ・・・。



+++



綺麗なんだよ、ホントに。
俺に気づいて、岩城さんがふっと振り返る、たったそれだけのことでも。
そのしぐさが、流れるように優雅なんだ。
どれだけ一緒にいても、見飽きることのない美しい人。
ううん、連れ添う時間が、増えれば増えるほど。
俺は岩城さんの、奇跡のような美しさに息を呑む。
俺はどんどん、この人の虜になっていく。



なんていうのかな。
すっきりと無駄のない、切れのいい身のこなし。
日本舞踊みたいな・・・いや、ちがうな。
踊りみたいに指先まで緊張させた、計算されたものじゃないんだ。
もっとナチュラルで、もっとさりげない。
むしろ―――武道の所作に、近いかもしれない。
そう、そうだね。
岩城さんは、剣道をやってたから。
きっと、そのほうが近いね。



若竹のようなって表現が、岩城さんには相応しい。
背筋がピンと伸びて、しなやかな筋肉に張りがあって。
身体を捩ってできるスーツのしわですら、決まってる感じ。
そりゃもう、ゾクゾクするほどカッコいいんだ。
―――おまけに、軽やかで色っぽいんだから、たまんない。



+++



若竹って言葉に、岩城さんはちょっと眉をしかめた。
困ったみたいなその顔も、すごくセクシーだよ。

「おまえにそんなこと、言われたくない」

苦笑しながら、話題を逸らそうとする。
昔は早く歳をとりたくて、しょうがなかったのにな、って。
照れながら、でも素直にそう言うんだ。
もちろん、俺がいるから―――なんだよね。
俺の恋人で、俺のベッドの相手だから。
俺の―――奥さん、だから。
だから自分が年上なのを、必要以上に気にするんだ。

「歳なんて、関係ないのに」

俺はいつも、気の利いたことは言えなくて。
ただ、同じことを繰り返すだけ。
岩城さんが俺と結婚してなかったら、そんなこと、考えもしないだろう。
ふつう男にとって、歳をとるのは嫌なことじゃないから。
―――そう考えると、ちょっとせつない。

「岩城さん・・・」

大好きだよ。
眩しいくらい綺麗だよ。
本当に、いつだって、誰よりもいちばん綺麗だよ。
しなやかな身体、しなやかな心。
綺麗なのは、岩城さんの存在そのもので。
俺はいつだって、メロメロに参ってるんだよ・・・?

「わかった、わかった」

甘ったるい俺の囁きに、耐えられなくなったみたいに。
岩城さんは頬を染めて、くるりと背を向けた。
きれいな背中のラインに誘われて、俺はそっと腕を伸ばす。
後ろから抱き寄せて、あったかい項に鼻を擦りつける。

「おい・・・」

気にしなくてもいいよ、誰もいないから。
忙しないキスのついでに、耳元にそう囁いて。
俺は両腕でしっかりと、岩城さんを抱きしめた。
しなやかな背中は、ちゃんと俺の身体と重なるようにできていて。
ぴったり隙間なく重なって、鼓動が伝わる。
俺が昂ぶってるのも・・・たぶん、伝わってるよね。

「・・・かと・・・」

ちょっと困ったような、掠れ声。
どうしようもなくエロティックなんだ。
甘い甘い響きで俺の名前を呼ぶ、唯一の恋人。
―――岩城さんの、足が止まる。
ゆっくりと吐いた、息が熱い。
冷たくなってる頬に、ついばむようなキス。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
キスを待ってる紅い唇を、焦らすようにかすめて。

「どうしたい?」

精一杯のキメ声で、俺は低く囁いた。
それから口づけ。
さらりと、一瞬だけ。
岩城さんの官能を刺激して、冷えた身体に火が点るように。
俺が欲しいと、言ってほしくて。



時間が、止まる。
震える吐息が、小さく聞こえる。
ああ、なんていい匂いなんだろう。
岩城さんの冷たい指先が、ゆるゆると身体の脇を伝う。
ためらいがちに俺の手を探し当てて、ぐいっと掴んだ。
―――しゃらり、と重く固い感触。

「・・・わかった」

手のひらに押しつけられた車のキーを、握りしめて。
よくできました、かな?
俺はご褒美に、岩城さんの耳にそっと歯を立てた。
腕の中で、甘い嬌声を噛み殺して。
岩城さんの背中が、びくりと仰け反った。

「行こう、岩城さん―――」

そっと頷いて、岩城さんがようやく振り返った。
眦をほんのり染めた恋人の、拗ねたようなまなざし。
―――とんでもなく扇情的なんだけど。
これ、相変わらず、無意識なんだよなあ。

「バカ・・・」

それも、愛の言葉だね。
一瞬、一瞬すべてが、何よりも鮮やかなんだけど。
でも、俺をねだって肌を火照らせるときがいちばん。
本当に、息を呑むほど綺麗だよ。
ゆっくりと、指先の痺れた手のひらを重ねて。
俺たちは黙って、来た道を戻り始めた。




藤乃めい
26 January 2007

岩城さん、お誕生日おめでとう。
歳を重ねてますます艶やかで、美しいあなたに首ったけです。
あなたを独り占めできる旦那さまが、ホントにうらやましい!
お誕生日のお話は、やっぱり椿ネタになっちゃいました(笑)。

2013年2月21日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。