帰り花 ― Delicious Moment ―



帰り花 ― Delicious Moment ― 1




「香藤、おい香藤?」
階段の下から、岩城さんの声。
「なーに、岩城さん」
二階でスーツケースの荷解きをしていた俺は、のんびり応じた。



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久しぶりの我が家は、やっぱり最高だ。
窓の外は冬の青空が広がっていて、鼻歌でも歌いたいくらい気持ちがいい。
庭の桜が時ならぬ花を咲かせたって、そういえば岩城さんが言ってたっけ。
「おまえの携帯、鳴ってるぞ」
「えー、誰だろう。わかる?」
「あの着信音は、船橋のお義母さんだと思うが」
「あー、わかった。放っておいていいよ。あとでかけ直すから」
「いいのか」
「うん。正月の予定、知りたいんだと思うからさ」
「ああ、もうそんな時期か・・・」



長い海外ロケを終えて、俺は今朝早く自宅に帰ってきた。
二ヶ月ぶりの日本は、すっかり冬。
しばらく砂漠の国にいたから、冷たい空気が新鮮だった。
寝ているだろう岩城さんを起こしたくなくて、忍び込むように玄関を開けた。
キッチンに荷物をおいたまま、俺はしばらくボーっとする。
たっぷりコーヒーを淹れて、ソファに身を沈めて。
カーテンを閉じたままの、しんと静まり返った明け方の部屋で。
エアコンの暖かな風がゆっくり満ちていく。
目を閉じて、それを肌で感じていた。
ああ、帰ってきたな、と思う瞬間。
我が家のにおい。
岩城さんの気配に安心する感覚。
うっとりと幸せで、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
起き出してきた岩城さんが、びっくり顔で俺を発見するまで───。



「もっとかかるのかと思ってたよ」
俺たちは並んで、ソファに寛いだ。
岩城さんは、シンプルな黒のタートルネックのセーターを着ていた。
なつかしい、穏やかな微笑。
俺の隣でゆったりとジーンズの脚を組み直す。
「んー、その予定だったんだけどねー」
俺は肩をすくめて、岩城さんの淹れてくれたお茶をすすった。
「クリスマスには街中のお店も全部閉まっちゃうから、その前に撮れるだけ撮ろうってことになって、みんなかなり頑張ってさ。結局、二日も早く終わらせたんだ」
「そうか」
遅めの昼飯は、旬の寿司と具たっぷりの海鮮汁。
電話一本で、馴染みの鮨屋が届けてくれるからありがたい。
久しぶりに本当においしくて、涙が出た。
「まさか帰ってるとは思わなかったから、さっきは驚いた」
「ごめん。びっくりさせたくて、黙ってたんだ」
ちろりと舌を出した俺に、岩城さんが笑って首を振った。
「岩城さんこそ、さ」
ボタン海老の握りをつまみながら、俺は言った。
「オフなんだね、今日」
「ああ」
「12月に入ってからずっとスケジュールが詰まってたから、今日くらい休んでおけって」
「清水さんが?」
「ああ、そうだ」
「暮れも仕事?」
「たぶんな」
申し訳なさそうな割には、岩城さんは嬉しそうだった。
その理由に思い当たって、俺は頷いた。
「撮りなんだ、それ?」
「わかるのか」
「そりゃねー」
社長業が忙しくて、役者としての仕事をずいぶん絞っている岩城さん。
それだけに、収録があるときは生き生きしていた。
俺たちは、何をおいても役者だから。
芝居が生きがいなのは俺も同じだから、気持ちは痛いほどわかる。



「・・・で」
ひとしきり食べてから、俺はほーっと息をついた。
「なんだ?」
岩城さんの瞳が、いたずらっ子みたいに光る。
「旨かっただろう?」
「日本の味、たしかに堪能したけどね───」
俺は無造作に腕を伸ばして、岩城さんの腰を抱き寄せた。
ほっそりした、でも堅く引き締まった身体。
「まだ、食い足りないのか」
俺の腕の中で、俺を見上げて。
岩城さんがひそやかに微笑した。
「食い足りないも、なにも」
にっこり笑顔を返して、俺は岩城さんの白い喉に指を這わせた。
「香藤───」
「メインディッシュは、これからじゃない?」
岩城さんは、くすりと笑って目を閉じた。



*-----*-----*-----*-----*



「・・・ん」
甘いため息みたいな、岩城さんの声。
いや、声っていうより、鼻に抜ける吐息みたいなものなんだけど。
それを聞くだけで、俺の肌は見境もなくざわめいた。
「いい匂い・・・」
身体にぴったりした黒いセーターを脱がせると、岩城さんの白い肌が現れた。
しっとりなめらかな、指に吸いつく感覚。
顔を寄せると、久しぶりの岩城さんの匂いがした。
石鹸ひとつでも、余計な香りがついてるのを嫌がる岩城さん。
だからこれは、さらの岩城さんの肌の匂いなんだろうと思う。
───嗅ぎ慣れてるんだけど、たまんないよね。
静かな冬の午後。
二ヶ月ぶりのセックス。
暖かいリビングで、俺たちはゆるゆると抱き合った。



「・・・んっ・・・」
俺の熱い息を感じて、岩城さんの乳首がきゅっと震えた。
肌がかすかにあわ立ち、じわりと熱がこもる。
「スイッチ、入ったかな」
ひとりごとみたいに呟いて、俺は岩城さんの胸を撫でた。
「あ・・・っ」
岩城さんが、伸び上がるようにソファの上で肢体を捩る。
うなじから鳩尾までの美しいカーブを、俺は愛でるように辿った。
「きれいだよ」
指で描いたラインをなぞって、今度は舌で愛撫する。
「・・・香藤・・・」
誘うような甘いテノール。
俺を見つめるつややかな瞳。
俺は頷いて、赤いグミみたいな乳首を口に含んだ。
「あ・・・んっ」
コリコリと舌に触れるそれを、飴玉みたいに舐める。
左右に転がしてくすぐると、岩城さんの上半身が揺れた。
「・・・ふっ・・・」
岩城さんがすらりと手を伸ばして、遊んでいる俺の片手を掴んだ。
半ば無意識の仕草で引き寄せ、俺の指先を銜える。
ぴちゃり、ぴちゃりと音がした。
「せっかちなんだから、もう」
俺はくすくす笑って、囚われた手を奪い返した。
唾液をからめた指をそのまま、岩城さんの胸に這わせる。
「・・・んっ」
片方の乳首を、唇で丁寧に愛しながら。
もうひとつの乳首は、岩城さんが濡らしてくれた指で弄んだ。
苛めるみたいに、ときどき引っ掻いてみたり、噛んでみたり。
くいっと摘まんだり、潰したり。
「ん・・・はぁっ」
そのたびに岩城さんは、ソファに背中を擦りつけて悦びに震えた。
柔肌の温度が、じんわりと上がっていく。
ふたりの熱が交わって、とろりとした官能に変わる。
「いいよ、岩城さん」
甘やかな喘ぎに、俺は酔い始めていた───。



「ああ・・・っ」
愛を確かめるって、言葉にするとなんだか照れくさい。
でも、岩城さんを抱くたびに、俺はセックスの意味をしみじみと実感する。
世界でたったひとり。
俺だけが、岩城さんに触れることができる。
世界中で俺だけが、岩城さんのいちばん無防備な姿を余さず見ることを、味わうことを許されている。
「・・・香藤・・・」
その奇跡に、名前を呼ばれるたびに気づかされて。
俺は愛おしさで、気が狂いそうになる。
「好きだよ、岩城さん」
何度も身体を重ねて、繋がらなくてはわかり合えないこと。
一緒に過ごしたすべての時間。
それを積み重ねた年月があってはじめて、俺たちは夫婦でいられるんだと思う。
「かと・・・んんっ」
岩城さんの白い肢体は、いつの間にかほのかな桜色に染まっていた。
足首にまとわりつく下着が気になるのか、ソファの上で蹴るような仕草をする。
それが可愛くて、俺は宥めるみたいに岩城さんを抱き寄せた。
「ほら、おいで」
邪魔な下着をつまみあげて、テーブルの向こうに放った。
待っていたように、岩城さんがしがみつく。
俺の裸の背中を抱き寄せて、俺の首筋に顔を埋めた。
なんだろう、ロダンの『接吻』みたいなポーズ。
ねだられるままに深いキスを交わしながら、俺は岩城さんの太腿を撫でた。
「岩城さん、膝───」
俺の手が侵入してくるのを乞うように、岩城さんが両脚を開いた。
濡れたペニスが、せつなく震える。
「・・・ふうっ・・・」
つるりとそこに手を這わせてから、俺はさらに奥をまさぐった。
俺を待ちわびている、岩城さんの官能の泉を。
固く閉ざされた後孔は、指先が触れただけでびくりと蠢いた。
「んくっ・・・!」
俺を受け入れる場所は、なにより敏感だ。
潤いが足りないと、岩城さんを傷つけてしまう。
「痛い、かな・・・?」
いったん指先を唾液で濡らしてから、俺は再びそこに触れた。
「いや・・・」
裸の胸を俺に擦りつけるように、岩城さんが首を振った。
「そう? じゃ、ゆっくり・・・ね」
「ああ」
微笑む岩城さんに、キスをひとつ。
それから俺は、ざわめく後孔に二本の指を揃えて挿し入れた。
「んああ・・・っ」
かすれた甘い喘ぎ声。
仰け反る岩城さんの上半身が、なんとも優美な弧を描く。
片腕でそれを抱きとめながら、俺は少しずつ岩城さんを拡げにかかった。
「久しぶりだね、ここ」
「ん・・・」
「自分で、可愛がってあげてなかったの?」
「・・・ばか」
気を散らすように、うなじにキス。
わずかに汗を浮かべる額に、もうひとつキス。
岩城さんの柔襞は熱い。
熱くて、そしてものすごくきつかった。
いつもすんなりと俺を呑み込むのが、もう信じられないくらい。
「か・・・香藤・・・っ」
俺の名前を呼んで、俺の腕をぐっと掴んで。
岩城さんは目を閉じたまま、浅い呼吸を繰り返した。
「あふ・・・んんっ」
とろりと湧き出す潤い。
ねっとり俺の指をからめとる内襞の熱さに、岩城さん自身が翻弄されてるみたいだった。
「気持ちいい?」
紅潮する岩城さんの頬を、やさしく撫でながら。
俺は慎重に、俺が挿入るための道すじを整えた。
「感じてるね、ここ」
ぐいっと。
指を進めて、狭い孔内を愛撫する。
ゆるく抜き差しをする。
そのうち肉襞がやわやわと熔けて、せつなげに震えた。
岩城さんの声が、一気に跳ね上がる。
「あ・・・あっ」
「たまんないよ、岩城さん」
肌がじんじんと熱くて、俺の身体の中心が疼いた。
扇情的な岩城さんから、目が離せない。
「・・・うくっ・・・はあぁっ」
三本目の指を挿れると、岩城さんの全身が震え始めた。
顔を左右に振って、まるで熱を逃がすように喘ぐ。
身体の奥をまさぐられて、興奮でペニスの先から蜜を滴らせた。
「ひあ・・・っ」
───なんて、官能的な人なんだろう。
俺は少し力を込めて、岩城さんの中を執拗にこね回した。
同時に、つんと尖った乳首にしゃぶりつく。
「ああ・・・か、香藤っ」
鋭い快感に耐えかねて、岩城さんが悲鳴を上げた。
欲しくて欲しくてたまらない、そんな表情で俺を見上げる。
悦楽に身を任せる、最高にエロティックな岩城さん。
その濡れた瞳に、俺のペニスも限界まで張りつめていた。






藤乃めい
28 December 2009



2013年11月12日、サイト引越にともない再掲載。初稿を若干修正しています。