Prelude 05



いつのまにか、ピアノの音は止んでいた。
ピアノに向かい、俺に背を向けたまま。
岩城さんは俺の愛撫に、ただ静かに息を乱していた。
・・・そう、これは愛撫だ。
これは、情事だ。
わかっている。
わからないわけがない。
どっちが誘ったのか、誘われたのか。
考えている余裕はなかった。



「かと、う・・・」
俺を呼ぶ声がかすれていた。
彼は目を閉じたまま、じっと身を委ねている。
硬直していた身体はいつの間にか、熱っぽく解けていた。
きれいな筋肉の乗った男の身体。
それがくったりと、頼りなげに震えている。
―――いいんだ、本当に・・・?
岩城さんに触れている。
彼にそれを望まれている。
そう自覚するだけで、全身がカッと燃える気がした。
バクバク鼓動が止まらない。
「あ・・・」
そろそろと、岩城さんが片腕を上げた。
うなじをまさぐる俺の手を、やらわかく引き寄せる。
「んん・・・っ」
俺の手のひらに、彼の熱い唇が押しつけられた。
「・・・!」
濡れた感触。
甘い衝撃が、俺の身体を貫いた。
―――あの、蠱惑的な紅い唇。
あれが俺の指を吸っているのだ、と。
そう思うだけで、心臓が破裂しそうだった。
身体が火照る。
下半身が、じわりと更に熱くなる。
「ん・・・」
あえかな吐息。
酩酊を誘うなめらかな肌。
「岩城さん・・・」
―――もう、引き返せない。
いいとか、悪いとか、もう考えられない。
俺がそう感じたタイミングを、まるで見計らったかのように。
岩城さんは片手でゆっくりと、自らシャツのボタンをはずした。
ひとつ、ふたつ。
音もなく布地が肌蹴られ、喉元が晒される。
ふわりと、肌の匂いがした。
「え・・・」
岩城さんは相変わらず、ピアノに向かっていた。
無防備な背中をまるまる、俺に晒した格好だ。
顎を少しだけ上げて、中空に視線を遊ばせて。
ああ、と熱い吐息。
彼は一方の手で、肩越しに俺の手をつかむ。
そしてするりと、胸のあわせに俺を導いた。
触ってほしい、と。
あからさまな誘惑。
「あ・・・!!」
ただもう、誘われるままに。
俺は夢中で、岩城さんのシャツの中の素肌に手を這わせた。
「ふ・・・っ」
驚くほど肌理の細かい肌。
わずかに震え、そそけ立っているのがわかる。
「ああ・・・」
岩城さんの息が荒くなった。
俺の指先に触れた乳首は、つんと尖っていた。
―――乳首。
それだけで、目眩がしそうなほど興奮した。
小さくて、固い。
女性のものとはまったく違う。
俺は手探りでそれを摘み、こするように愛撫する。
なんだか喉がカラカラで、俺まで喘いでしまいそうだった。
「ああぁ・・・んっ」
はじめて聞く、岩城さんの嬌声。
その甘い響き。
俺の背筋にぞくりと電気が走った。
「感じる・・・岩城さん?」
耳元にささやくと、岩城さんがわずかに頷いた。
―――いいんだ、本当に。
俺の股間はもうギンギンに膨張していた。
隠しようもない欲望。
いや、すでに隠そうとすら思わなかった。
「こっち、向いて・・・?」
俺の吐息にも感じるのか、岩城さんは首をすくめた。
「ねえ、岩城さん」
自分の声の卑猥な響きに苦笑した。
―――エロ親父かよ、まったく!
「香藤・・・」
ゆっくり身体をずらして、やっぱり座ったまま。
岩城さんはおずおずと、俺に向かい合った。
「岩城さん・・・」
うっすらと目を開ける。
きらめく黒曜石の瞳が、情事の予感に濡れていた。
やや紅潮した頬。
わずかに開かれた肉感的な唇。
半分はだけられたシャツから、火照った肌が覗いていた。
―――ああ、綺麗だ。
そのすべてが、どうしようもなく俺の劣情を煽った。
扇情的すぎる。
これが、30代も半ばの男性だなんて。
「綺麗だ―――」
細い顎をすくいあげ、顔を寄せて、俺はささやいた。
「・・・いいの?」
岩城さんの瞳がまたたく。
俺を見上げる、だけど俺を映さない眼差し。
乾いた唇をするりと舐めて、彼は逆に聞き返した。
「おまえは・・・いい、のか」
ざらついた低い声。
それがまた、俺を熱くさせる。
「いいも何も―――」
俺は苦笑した。
岩城さんの片手を取り、俺の股間に押しつける。
「俺、さっきからずっとこうだよ」



「あ・・・!」
そこは恥ずかしいくらいに昂ぶって、解放を待っていた。
我ながら、大胆な行動だと思う。
こんなあからさまな求愛は、今まで誰にもしたことがない。
―――でも、止まらない。
暴走するリビドーに、俺は翻弄されていた。
ああ、と。
吐息のような、ため息のような声がした。
岩城さんの手は、俺のクロッチから離れない。
「ね・・・?」
「―――だな」
囁きはあまりに小さくて、俺には聞き取れなかった。
「なに・・・?」
つい、と岩城さんが立ったままの俺を見上げる。
謎めいた微笑。
赤い舌が、ちろり、と見えた。
「・・・!」
彼の長い指がするりと、俺のベルトをはずした。
迷うことなくファスナーを下ろす。
「・・・い、わきさん・・・?」
俺の声は、裏返っていたかもしれない。
期待と、惧れ。
なけなしの理性が脳内のどこかでアラームを鳴らす。
「あ・・・!」
岩城さんの指はしなやかに動いていた。
俺の下着に辿りつく。
俺の欲望をたしかめるように、布の上から撫でる。
そしてわずかに逡巡してから、それも引き下ろした。
ぷるん、と。
飛び出した俺のペニス。
すでに先走りで濡れるほどいきり立っていた。
ガキの頃みたいな、めちゃくちゃな興奮状態。
それを彼が、そっと掴む。
―――ああ、そんな・・・!!
「い・・・わきさん・・・!」
あまりのことに、俺は叫んでいた。
吐息がものすごく熱い。
下半身はもっともっと熱い。
とめどない欲望に、俺の躊躇いが押し流される。
「ん・・・!」
岩城さんは両手でそっと、俺を包み込んだ。
「熱いな」
まるでその昂ぶりを、その質量を測るように。
見えない瞳でじっと、俺のペニスを見つめていた。
「・・・か?」
「え?」
「いい、か?」
喉の奥でこもるような低い声。
彼の言葉ひとつひとつが、妙にエロティックに響いた。
「岩城さん・・・」
俺は茫然と、股間を見降ろしていた。
ゆるゆると愛撫する岩城さんの指。
さっきまで、美しい音楽を紡いでいた長い指。
それが今、俺のペニスをもろ手で掴んで離さない。
「んん・・・っ」
紅い唇をもう一度舐めると、彼はいきなり俺を銜えた。
「あう・・・っ」
―――何だ、これ!?
信じられない。
信じられない。
「ああ・・・!」
どういう淫夢だよ・・・!?
俺は―――俺の分身は、彼に呑み込まれていた。
岩城さんの紅い唇。
岩城さん赤い舌。
それが俺のペニスに絡みつき、やわやわと刺激を与える。
濡れた唇、濡れた舌先。
まるで甘い蜜を吸うように、俺の先端にキスをする。
―――こんなことって・・・!!
俺は悲鳴を上げて身悶えた。
興奮で、息苦しい。
「い・・・岩城さんっ」
実をいうと、まともなフェラチオは初体験だった。
強烈な、あまりにも強烈な快感。
男の性器をほおばる岩城さんの姿に、さらに興奮した。
淫猥な、扇情的な眺め。
とにかく頭にカーッと血が上った。
―――信じられない、信じられない!
「岩城さん・・・ああっ」
さらさらと揺れる黒髪が目の前にある。
俺はいつのまにか、それをぎゅっと股間に押しつけていた。
もっともっと、彼の喉の奥に行きたくて。
ただ、陶酔したまま腰を振っていた。
「あう・・・んっ」
身体中の血が逆流する。
荒々しい欲望が暴れ回り、解放を目指して突っ走る。
「いい・・・いいよっ!」
男に―――岩城さんに、こんな愛撫を受けるなんて。
それがこんなに、気が狂いそうに気持ちがいいなんて・・・!!






藤乃めい
23 October 2005



2013年10月24日、サイト引越により新URLに再掲載。初稿にかなり加筆・修正を加えていますので、リニューアルに近いかも。