Prelude 06



「あ・・・んんっ」
巧みなフェラチオに、俺はもう暴発寸前だった。
―――あと、もう少し!
夢中でそう思った、そのとき。
「・・・ううっ」
唐突に、岩城さんが苦しげにえずいた。
俺のペニスを吐き出し、慌てて顔をそむける。
俺は、はっと手を離した。
「えっ!?」
―――俺、力いれすぎてた!?
ぜいぜいと、喘息みたいな荒い息。
岩城さんが身体をよじり、酸素を求めて咳き込んだ。
「けほ・・・くっ」
「ご・・・ごめんなさい・・・!!」
俺はあわてて、彼の背中をさする。
「岩城さん、大丈夫!?」
何度もむせて、岩城さんはしばらく苦しそうに咳を繰り返した。
俺はひたすら謝り倒した。
ごめんなさい、ごめんなさい・・・!
情けないことに、久しぶりの快感に我を忘れてた。
突っ走って、岩城さんを道具みたいに扱った自分を殴ってやりたい。
「水、持って来ようか!?」
「・・・いや・・・」
せいせいと、胸を喘がせて。
やっと落ち着いたのか、岩城さんはようやく顔をあげた。
「・・・すまん」
きまり悪そうに呟く。
荒い吐息。
うまくできなくて、と照れたように笑った。
まなじりに涙の浮かんだ、紅潮した顔。
「岩城さん・・・」
―――ああ、堪らない。
今夜、何度目だろう。
本当にきれいだ、と俺は思った。
途端に俺の胸にせつないものがこみあげた。
―――もしかしたら、このとき。
俺ははじめて、この人を本当の意味で愛おしいと感じたのかもしれない。



「あやまんないでよ」
言葉は、自然と口をついて出た。
「俺ばっかり、ごめんなさい。こんな・・・」
俺は欲求不満のガキみたいに、がっついていた。
己の欲望にすっかり目がくらんでいた。
何年ぶりかのセックス。
いきなり与えられた強烈な快感に逆上せて、余裕を失っていた。
岩城さんを、単なる欲望のはけ口にしようとしていた。
―――俺、最低だ。
今さらそれに気づいて、俺は恥じ入った。
無我夢中で、自分のことしか考えていなかった。
いい歳の大人が、本当に情けない。
「本当に、ごめん」
「・・・謝るな」
おまえのせいじゃない、と低い声。
「これ―――」
それから岩城さんはそっと、俺の腰に手を触れた。
爆発の一歩手前だった俺のペニス。
ぬらぬらと濡れて、いまだいきり立っている。
「もういいよ、岩城さん」
俺は苦笑して首を横に振った。
さすがにもう、そんな気になれない。
「俺、自分で抜くから・・・」
本当に間抜けなシチュエーションだけど、自業自得だ。
バスルームを借りて、さっさと終わらせてしまおう。
・・・そう、思ったのだが。
岩城さんは、でも、と小さく囁いた。
「辛いだろう?」
戸惑いがちに、ゆっくりと。
岩城さんの指がふたたび、俺のペニスを捉えた。
「・・・岩城さんってば」
「手で、いいなら―――」
独り言のように、そう呟く。
「でも」
「・・・いいから」
緩慢に首を振って、岩城さんは微笑した。
やさしくて哀しい笑顔だった。
「達っていいぞ」
きゅっと俺を包み込み、ゆっくりと丁寧に扱く。
巧みな力加減で、根元から先端まで。
「あ・・・あっあっ・・・!」
俺のためらいは、一瞬で吹き飛んだ。
上手すぎる。
実際、岩城さんの愛撫は極上だった。
俺はあっという間に、再び高みに押し上げられた。
「・・・んくっ・・・!!」
そのまま一気に、快感の階段を駆け上った。
あっけない解放。
「・・・!」
その瞬間、岩城さんは俺を再度、口に含んだ。
激しい迸りを喉で受け止める。
「え・・・!?」
呆然と俺が見下ろすのに、気づいていたのかどうか。
ゴクリ、と。
彼はぎゅっと目を閉じたまま、俺の精液を嚥下した。
「岩城さん・・・」
「うん?」
舌先で拭うように俺を舐め上げる。
濡れた音が響く。
赤い舌が蠢く。
それはもう、たまらないほどエロティックな眺めだった。
―――それなのに、どうして。
こんなに胸が痛むんだろう・・・?
「どうした」
絶句してる俺に気づいたのだろう。
静かに顔を上げて、俺の気配を探る。
「あ―――」
しどけなく、衣服を乱したままの岩城さん。
情事に火照った美貌。
ほの暗いホテルの部屋で、淡い月の光を浴びている。
「・・・」
「よかったか?」
ざらついた、セクシーな低い声。
―――本当に、たまらない。
「岩城さん・・・!」
俺はゆっくりと両腕をひろげた。
そして、はじめて、岩城さんを抱きしめた。
「・・・!」
よほど驚いたのだろう。
岩城さんの身体がぶるり、と震えた。
やわらかい筋肉がぎゅっと一気に緊張するのがわかる。
「逃げないで」
「香藤・・・?」
あえかな声で俺を呼ぶ岩城さん。
それは今までにないほど、頼りなげな響きだった。
「いいから、このまま」
―――しばらく抱かせて。
彼の耳元に、そう囁いた。
懇願した、といったほうがいいかもしれない。
それをどう解釈したのか、わからないけど。
おずおずと頷いて、岩城さんは少し身体の力を抜いた。
心音が共鳴する。
呼吸が重なる。
岩城さんは、俺の胸に額をつけてじっとしている。
その姿が、とにかく愛おしかった。
「岩城さん・・・」
俺はもう一度、岩城さんの顎をとらえた。
うるんだ黒曜石の瞳に、俺がぼんやり映っている。
「香藤・・・」
「かわいいよ」
それだけ言って、その濡れた唇にキスをした。
はじめてのキス。
その甘さに、俺は酔った。





藤乃めい
23 October 2005



2013年11月07日、サイト引越により新URLに再掲載。『Prelude』完結・・・のはず。初稿にかなり加筆・修正を加えていますので、リニューアルに近いかもしれません。