Festering Desire ― 爛れた欲望 ―




「ほら弓ちゃん、こっちにおいで―――」
無造作に黒川の肩を掴んで、保坂が囁いた。
「・・・ちょ、ちょっと、待てってば・・・」
逞しい腕が、そのまま横抱きに恋人を閉じ込める。
「・・・んっ・・・」
強引なキス。
吐息を奪うような、甘いキス。
「・・・じょぉ・・・」
保坂の舌がゆっくりと黒川の咥内を弄り、入念にねぶり、蹂躙する。
根こそぎ理性を持って行かれそうな濃厚なくちづけ。
黒川は小さくもがき、肌を震わせた。



轟然と音を立てて降りしきるシャワー。
「弓ちゃん・・・」
もうもうと蒸気のこもる、保坂のマンションのバスルーム。
熱い湯が二人の裸身を滑り、滝のように流れ落ちる。
黒川の額に浮かぶ冷や汗など、無情に押し流して。
「こんな、こと・・・さあ」
湯けむりに霞んだ視界を煩がるように、ぶるりと首を振りながら黒川が言った。
エコーのかかったバリトンが、隠しきれない戸惑いに掠れる。
「こんなことって?」
保坂が片手でゆっくり、濡れた黒川の髪をすく。
もう一方の手で、じわりと腕の中の身体のラインをなぞった。
「・・・あーいうこととか、こーいうこととか、全部だよ」
憮然とした黒川の言葉に、保坂はふふ、と微笑んだ。
さも可笑しそうに、目を細めて。
「保坂くんって案外、すけべだったんだなって―――」
「男はたいてい、そうだと思うけど?」
さらり、とそう言って。
悪戯な手のひらが、ゆるゆると背中をすべって腰に辿り着いた。
「すけべじゃない男なんて、いる?」
「・・・何、言ってんだか・・・」
俺は違うからな、と呟いて、黒川は肩をすくめた。
緊張していた四肢が、ほんの少しだけ弛緩する。
文句は言うものの、保坂の愛撫を避ける様子はなかった。
「弓ちゃんだって、いやがってないみたいだけど」
保坂がくすりと、口を綻ばせた。
「ここはずいぶん、素直になったし・・・」
そのままぐいっと、黒川の尻たぶを掴んだ。
骨ばった長い指がするりと後孔を撫で、当然のように中に滑り込む。
「んぁ・・・っ」
肌を粟立たせて、黒川は小さな声を上げた。
甘い、かすれた吐息。
保坂の濡れた指が一本、探るように柔襞を掻き分けて侵入する。
「ふぁっ・・・ちょっ・・・んんっ」
首筋を仰け反らせながら、黒川が保坂にしがみついた。
「熱いね、弓ちゃんの中」
低く囁いて、保坂は黒川の耳にぴちゃりと舌を這わせた。
「・・・ずいぶん、柔らかくなった」
「・・・っ・・・」
「なに?」
「・・・みっ・・・」
「み?」
「み・・・耳はっ・・・」
「うん?」
「じょ・・・っ・・・耳は、反則・・・!」
抗議というより、それは悲鳴に近かった。
切なげなその響きに、保坂はいっそう笑みを深める。
「感じてるんだね、嬉しいよ」
「ほ・・・さっ・・・あぁっ」
瞳を閉じて、黒川は必死で首を横に振った。
「ほら、俺の指を、ちゃんと呑み込んでる。もうじんじん、疼いてるんじゃない?」
保坂の指が、ピアノを弾くように肛内で踊った。
ぴくぴくと黒川の身体が跳ねる。
浅い呼吸音と動悸は、シャワーの音にすっかりかき消されていたが。
快感に侵され始めていることは、色づく黒川の肌が証明していた。



「ここ、感じるでしょ・・・?」
荒い息をつきながら、保坂が二本目の指を黒川の尻に捻じ込んだ。
そのまま前立腺のあたりを、くすぐるように刺激する。
軽く、ゆるく、執拗に。
「んあっ・・・ひぁっ」
ひくひくと震える柔襞の締めつけを、愉しむように。
逃げ道を封じながら、保坂は黒川を正面から力を込めて抱き寄せた。
ぴたりと重なる胸板に、寸分の隙間もないように。
「・・・んあぁ・・・やっ・・・」
肌をきつく擦り合わせる、強引な愛撫。
ぷちりと勃ち上がった乳首を押し潰されて、黒川は悲鳴を上げた。
「ひぁっ・・・じょういっ・・・んふっ」
「たまんないよ、弓ちゃん・・・っ」
唸るようにそう囁いて、保坂が下半身を密着させた。
鎌首をもたげたペニスが、黒川の下腹にぐいと押しつけられる。
そのまま、保坂はゆっくりと腰を回した。
前後に、緩急をつけて。
敏感なペニスの先を狙って苛むような、淫らな愛撫。
「やあぁっ・・・うんっ」
甘い嬌声を上げる唇を、保坂が塞いだ。
深いキスに呼吸を奪われた黒川が、苦しげに眉を寄せる。
「・・・ぐっ」
熱く疼く後孔と、震えるペニスと、胸と、咥内。
すべて同時に、一気に煽り立てるように犯されて。
忙しない愛撫に、黒川は全身を震わせた。
「ん・・・ぅあっ・・・!」
力の入らない腕を、そっと許しを乞うように保坂の背中に廻す。
抱きしめるのではなく、躊躇いがちに、宥めるようにポンポンとそこを叩いた。
シャワーの湯が、保坂のなめらかな背筋を駆け下りる。
「んはぁ・・・っ」
子供がいやいやをするように、顔を左右に振ってキスから逃れて。
黒川は潤んだまなざしで、自分を翻弄する暴君を睨みあげた。
「じっ・・・條一朗っ・・・」
「うん?」
「タ、タイム・・・ッ」
黒川の声が、ファルセットに響く。
「・・・へ?」
腕の中で、真っ赤な顔でむくれる黒川を、保坂はまじまじと見下ろした。
「どうしたの、弓ちゃん」
片手を伸ばして、保坂はシャワーの水量を少し絞った。
滝のような湯が、途端に消え失せる。
―――奇妙な沈黙。
そこにはただ、柔らかい湯の雨が降り続けていた。
保坂から心持ち身体を引き剥がして、黒川は大きく胸を喘がせた。



「なあ・・・」
紅潮した頬。
手櫛で後ろにかきあげられたツートーンの髪。
色づいて火照る、濡れた肌。
保坂をまっすぐに見つめる、澄んだ瞳―――。
くしゃりと苦笑して、保坂は眩しそうに目を細めた。
「俺は、逃げないから・・・!」
掠れ声のまま、黒川が唐突に言った。
「え―――」
「何がっついてんだよ、條一朗・・・」
ぜいぜいと息をついて、黒川が言葉を継いだ。
それからもう一度、ゆっくりと保坂の厚い胸板を抱きしめる。
大切なものを包むように、そっと。
「頼むから、もうちょっと、ゆっくり行こう。な・・・?」
鼻先に零れるシャワーのしずくを、くいっと手の甲で拭って。
黒川は照れたように笑って、恋人を見上げた。
「弓ちゃん・・・」
「もしかしておまえにとって、こういうやりかたは普通なのかも、しれないけどさ」
「はあ?」
「急ぐな。急がないでくれ」
「え・・・」
「・・・ゆっくり行こう。俺も、セックスも―――」
頬を染めて、黒川は俯いた。
「逃げないだろ・・・?」
甘えるように、そう囁いて。
黒川は腰に廻る逞しい腕を、そっと指でなぞった。



やさしいシャワーの雨。
身じろぎの沈黙。
「・・・それって」
ほうっとひとつ深呼吸して、保坂がニタリと笑った。
「俺のテクにめろめろになって、わけがわからなくなるのが怖い・・・ってこと?」
したたるようなセクシーな低音。
「可愛すぎるね、弓ちゃん―――」
「ばっ・・・な、何っ・・・!」
ぞくりと全身を震えさせて、黒川は飛び上がった。
「あはは、弓ちゃん!」
「・・・どういう解釈なんだ!?」
憤然とそう言い返して、保坂の腕の中でもがく。
抱擁から逃れようと手足をバタバタさせる黒川を、難なく閉じ込めたまま。
「ほら、滑るよ」
保坂は微笑して、濡れたタイルに足を取られそうになった黒川を片腕で支えた。
「―――がっついてるってのは、当たってるけど・・・」
保坂は小さく呟いて、苦笑して見せた。
「ふあ?」
「弓ちゃんに告白されてから、俺、テンション上がりっぱなしだから」
「え・・・」
わずかに緊張の解けた黒川の身体を、保坂はくるり、と無造作に裏返した。
「って・・・おいっ・・・」
驚く黒川を壁に押しつけ、後ろから固定し、膝で両脚をこじ開ける。
冷たいタイルの感触に、黒川が小さい悲鳴を漏らした。
「ごめん―――」
シャワーの向きを調節した保坂が、湯の流れ落ちる恋人の背筋にキスを落とした。
ゆっくりと覆い被さり、項に噛みつくように囁いた。
「いつも欲しくて、欲しくて、我慢できない・・・っ」
「・・・えっ?」
黒川の腰をがっちり掴むと、保坂ははち切れそうなペニスを、無防備な後孔に擦りつけた。
「弓ちゃん・・・っ」
荒い吐息と、鼓動が重なる。
次の瞬間、保坂は強引に、渾身の力で黒川を貫いていた。
「ひああぁ・・・っ!!」
黒川の上擦った悲鳴が、バスルームにこだまする。
ずしん、という衝撃。
全身が硬直し、指がタイルを引っ掻こうとして虚しく滑った。
「・・・じょっ・・・ふっ・・・んんっ」
驚愕に見開かれた瞳から、つるり、と涙が頬を伝わった。
シャワーに洗い流されて、それは恋人の目に触れることはなかったが。
「や・・・んぁあっ・・・!」
「ごめん・・・弓ちゃん・・・弓ちゃんっ!」
最奥まで一気に貫いた保坂が、宥めるように黒川の髪にくちづけた。
激しい抽挿と、浅い息遣い。
ぎゅっと抱きしめる太い腕。
むりやり身体を押し開かれる苦しさに喘ぎながら、黒川は震える指先を伸ばした。
「んん・・・ばかっ・・・」
恋人の腕にすがり、甘えるように指先を絡める。
「痛いよ、バカ・・・ッ」
「・・・英弓っ・・・」
かすれた声で恋人を呼ぶ保坂の声は、震えていた。



まだ始まったばかりの、不器用な大人の恋愛。
欲望がすべてではないはずなのに、欲望に思いがけず翻弄される。
「條一朗・・・」
それでも、それすらも、甘美な疼きに変わるのだと。
黒川の濡れたせつない声が、そう告げていた―――。






藤乃めい
3 December 2006
Initially uploaded 27 January 2007
Released to Annex 8 March 2007


もともとは、同人誌「Worship」を予約購入してくださったみなさまに、ささやかなオマケとしてURL配布していた小品。
2013年2月28日、サイト引越につき再掲載。初稿を若干加筆・修正しています。