第三章 (4)




次の瞬間。
嵐のような激しさで、クラウディオが俺を突き倒した。
「・・・え?」
毛布に再び仰向けに沈み込みながら、俺は彼を見上げた。
燃えるような瞳が、俺を射抜く。
―――焦燥・・・?
それとも嫉妬か。
いや、むしろ苛立ちに似た感情だろうか?
クラウディオが俺の膝をつかみ、いきなり脚を極限まで広げさせた。
「ちょ・・・っ」
股間に荒い吐息を感じて、俺は身体をよじらせた。
つぷり、と。
何の前触れもなく、濡れた指が俺の肛門に差し込まれた。
「ああ・・・っ!」
抉るように、探るように。
クラウディオの―――香藤の指が、苛立ちをぶつけるように俺を犯した。
柔らかい粘膜を馴らすのには、いっそ酷すぎる愛撫だったが。
「はぁん・・・っ」
俺はぐっと歯を食いしばって、その痛みに耐えた。
この男に与えられるものならば、痛みすら被虐的な官能を呼び起こす。
香藤。
香藤。
香藤。
おまえの好きなように、すればいい―――。



息も絶え絶えになりながら。
俺は肛内を蹂躙される悦びに、甘ったるい嬌声をあげ続けた。
「・・・呼べよ」
低い声が降ってきて、俺はうっすらと目を開けた。
「なに・・・?」
汗にまみれた長い髪をかきあげながら、クラウディオが俺を見つめた。
挑むような、傷ついたようなまなざし。
俺は首を傾げた。
「ここに、欲しいんだろう・・・?」
「ひあぁっ・・・!」
ぐいっと、三本の指が俺の中をかき回した。
身体を震わせながら、俺はとっさに彼の腕を掴んだ。
「やっ・・・ク、クラウディオ・・・っ」
やっとのことで出した声は、ほとんど悲鳴に近かった。
濡れそぼった肛門がじんじんと疼き、俺を翻弄する。
「欲しいって、言えよ・・・!」
彼はそう呻ると、俺の乳首に噛みついた。
「あうっ・・・は、はんっ!」
甘美な痛みが、俺の全身を駆け巡った。
喘ぎながら、俺はクラウディオにすがりついた。
「ほ、ほし・・・っ」
思わず涙が滲んだ。
どこまで試されれば、いいのだろう。
俺には、おまえしかいないのに―――。



ピタリ、と。
膨れあがった灼熱が、俺の肛門に押し当てられた。
「挿れるぞ・・・」
興奮にかすれた低い声。
俺は頷いて、クラウディオの首に両腕を廻した。
メリメリと、音がしそうな勢いで。
身体を引き裂かれるような衝撃とともに、香藤のペニスが侵入してきた。
「んん、あああぁ・・・っ!」
そう―――それは間違いようもなく、香藤だった。
身体を押し開かれる痛みと、気が遠くなりそうな悦び。
俺は全身を仰け反らせて、ずっしり重量感のあるそれを迎え入れた。
「ク、ラウディオ・・・!」
息苦しさにあえぎながら、俺は男の名前を呼んだ。
甘い響き、愛おしい名前。
心の中で、香藤、と繰り返しながら。
俺を思い出さない恋人に、語りかけた。
おまえが拓いた、おまえしか知らないこの身体だ。
こうしておまえに抱かれて、俺がどれほど幸せか。
どれほど、おまえを待っていたか。
―――中にいるおまえには、わかるだろう?
「ああ・・・っ」
香藤が俺の中に、還って来た、と―――。
そう思うだけで、達ってしまいそうだった。
「んく・・・っ」
すべてを納めた彼が、ブルリ、と身体を震わせた。
「・・・きついな・・・」
久しぶりに男を味わう貪欲な柔襞が、クラウディオのペニスに絡みついた。
脈打つ怒張に狂喜して、ねっとりと包み込む。
そのはしたなさに、俺はどうしようもなく身悶えた。
「いくぞ・・・」
俺の耳朶を噛むようにささやいて。
クラウディオは、性急に抽挿を開始した。
「ふぁ・・・っ!」
凶器と化した灼熱が引き抜かれ、突き入れられ、俺の内襞を蹂躙する。
何度も繰り返し、勢いよく、香藤のペニスが俺の肛内を苛んだ。
グチャリ、ヌチャリ、と卑猥な音が耳に届く。
「ああぁ・・・んふっ・・・はあぁ・・・っ」
喉から嬌声がほとばしって、もう止めようがなかった。
擦りあげられる柔襞が、熱をはらんで震えた。
「キョウスケ・・・!」
熱いささやき。
そういうふうに名前を呼ばれるだけで、肌がそそけ立った。
ああ、香藤―――。
おまえは知っているんだろうか?
約束通りに名前で呼ばれる日が来るのを、俺がどれほど待ち望んでいたか。
こんなせつないかたちで実現するなんて、予想もしていなかったけれど。
「ひっ・・・あ、あ、あ、あぁんっ・・・」
香藤のペニスが暴れまわり、俺の最奥を抉った。
切り裂かれるような激しい律動に、どうしようもなく感じて。
俺の肌をまさぐる手に、項を這い回る熱い舌に、容赦なく追い上げられて。
俺はクラウディオの背中にしがみついて、淫らに腰を振った。
「キョウスケ!」
クラウディオが耳元で呻った。
ひときわ深く、猛ったペニスが俺の中を穿つ。
「・・・くうっ・・・」
クラウディオの身体が、俺の上でぎゅっと緊張した。
俺を犯す灼熱が膨れ上がり、内襞を擦りあげて一気に弾ける。
「はぁん・・・っ!」
スパークする絶頂感。
骨も軋むような荒々しい抱擁に、目がくらんだ。
息苦しさに涙を零しながら、俺はのた打ち回った。
俺を支配する若い男の激情を受け止め、全身を痙攣させながら。
「か、香藤ぉ・・・!!」
かすれた甘い声で、俺はそう叫んでいた。



「・・・!!」
神経が焼ききれそうな恍惚感。
射精では絶対に味わえない、香藤に貫かれて初めて得られる官能の極み。
俺はその強烈な感覚に、背中をぐっと仰け反らせた。
「あっあぁ・・・んっんっ!」
香藤の腕の中で。
香藤に存分に愛されて。
香藤の胸に顔をうずめて、俺は至福に身悶えた。
「か・・・とぉ・・・」
俺を抱くたくましい身体は、みっしり汗に覆われていた。
―――上気した黄金の肌に、誘われて。
俺は荒い息のまま、そろりと舌を伸ばした。
甘露を味わいたくて。
「!」
その瞬間。
しなやかな筋肉が急激に撓み、俺はぐいと肩を捕まれた。
「・・・誰だ・・・?」
「え・・・」
クラウディオが、俺の顔を覗き込んだ。
ギラギラと光る、強いまなざし。
その瞳に冷たい怒りを読み取って、俺は呆然と彼を見上げた。
「誰を、呼んだ」
激情をはらんだ、低い声。
「なに・・・?」
幸福の余韻が、一気に引いていく。
「他の男の名前を、呼んだだろう!」
「・・・あっ・・・」
俺は思わず、小さな声をあげた。



クラウディオが、激怒に全身を震わせていた。
痣がつくほど強く、俺の肩を抱いたまま。
「・・・その男が、おまえをこんな身体にしたんだな」
蒼い瞳が、俺を映して揺れた。
「・・・抱かれ慣れているのは、しかたないと思っていたが・・・」
地を這うような響きだった。
「まだ、未練があるのか」
「・・・ちが・・・っ」
冗談じゃない。
焦燥感に駆られて、俺は身じろぎした。
俺には生涯、おまえしかいない。
おまえ以外の男など、知らない。
「違う・・・っ」
だが―――どう、説明すればいい。
どう言えば、わかってもらえる。
俺はもどかしさに喘いだ。
クラウディオの瞳に見え隠れする、傷心。
それをどうしたら、取り除いてやれる?
「何が、違う」
ズルリ、と。
萎えたペニスが俺の中から出て行った。
クラウディオがため息をつきながら、身体を起こす。
「・・・言っておくが」
乱れた髪をかきあげながら、クラウディオは疲れたように言った。
「俺の腕の中で、他の男を呼ぶな。それだけは、許さない」
自嘲気味の、小さな嗤い。
―――この、ひどく魅力的な若い男にとって。
閨で屈辱を味わうことなど、おそらく初めての経験だろう。
俺が、香藤を傷つけた。
そう思うと、胸がキリキリと痛んだ。



「クラウディオ・・・」
たまらなくて。
俺は毛布に肘をついて、のそりと起き上がった。
「・・・痛っ・・・」
その途端に腰に激痛が走り、俺は眉をしかめた。
「キョウスケ!?」
クラウディオが、思わずといった感じで手を差し伸べる。
「大丈夫、だから」
その手に助け起こされながら、俺は苦笑した。
―――男同士のセックスを知らない男に、かなり乱暴に抱かれた。
夢中で受け入れているときは、考えもしなかったが。
あれだけひどく抉られれば、肛門の奥が傷つくのは当然だ。
ほろ苦い気分だった。
目の前の男が、俺の香藤ではないことを、思い知らされたようで。
・・・香藤が、俺を傷つけるわけがないから。
「おい・・・?」
俺は相当、青ざめた顔をしているのだろう。
クラウディオが気遣わしげに、俺を抱き寄せた。
さっきまで激怒に震えていた男が、俺をいたわって恐る恐る肩をさする。
そのぬくもりに、俺は陶然と目を閉じた。
疼痛よりも、しあわせで目眩がしそうだった。
クラウディオが―――香藤がそういう優しさを見せることが、嬉しかった。
「気にしないで、いいから・・・」
俺はゆるい抱擁の中から、顔を上げた。
甘いなつかしい薄茶色の瞳を、まっすぐに見据えて。
「・・・信じて、ほしい」
祈るような気持ちで、俺の想いを告げた。
「俺には、おまえだけだ」
それ以外、言いようがなかったから。
「おまえ以外、何もいらない・・・」
―――涙がひと筋、こぼれた。
「・・・キョウスケ」
クラウディオの逞しい腕が、俺をぎゅっと抱きしめた。
「泣くな・・・」
指がそっと俺の頬をなぞり、涙を払った。
その手がゆっくりと、髪をすく。
彼が初めて見せた、やわらかな情愛のしぐさ。
「おかしな、やつだな」
独り言のように、彼がつぶやいた。
「他の男を呼んだくせに。なぜ、そんな目をする・・・?」
戸惑いのため息。
クラウディオの手が、すうっと俺の顎を引き上げた。
間近に見る瞳が、信じてやりたいが、と言っているようだった。
「キョウスケ・・・」
―――香藤の目だった。
その綺麗な瞳が、ある限り。
おまえが香藤という名前でなくても、俺の唯一の恋人であることに変わりはない。
心からそう、思えた。
「クラ・・・」
ゆっくりと、クラウディオの唇が落ちてきた。
せつない吐息。
俺は目を閉じて、そのキスを受けとめた。
クラウディオと交わす、初めてのくちづけだった。





25 April 2006
藤乃めい(ましゅまろんどん)




2013年1月5日、サイト引越により再掲載。テキストは若干修正してあります。