第四章 (6)




☆ ☆ ☆



俺は無造作にシャツを脱ぎ捨てて、ソファに膝をついた。
ズボンはそのまま、大きく股を開いて、クラウディオの太腿を跨ぐ。
「うん?」
からかうようなクラウディオのまなざしに、俺は首をかしげた。
「それでいいのか?」
彼の視線が向かった先を追いかけて、俺は苦笑した。
「・・・下なんか脱げるか、バカ」
俺は両腕でクラウディオの顔をゆるく抱え込むと、額にキスを落とした。
不満そうな薄茶色の瞳が、訝しげに俺を見上げる。
「おい・・・」
「唇はダメだ。自分の精液の味なんて、知りたくはないだろう?」
クラウディオは目を瞠った。
ゆっくりと裸の背中に回った腕が、俺の動きを封じる。
「ク・・・」
そうしておいて、彼は強引に俺の唇を奪った。
噛みつくような、荒々しいキス―――。
せわしなく動き回る舌が、容赦なく口腔内をねぶり、執拗に粘膜をかき回す。
「あふ・・・っ」
俺は喉を鳴らして、彼にしがみついた。
―――するり、と。
天鵞絨(びろうど)のターバンが解け、クラウディオの肩に絡まった。
「んはぁっ・・・!」
もぎ取るようにキスから逃れ、俺は荒い息をついた。
「クラウディ・・・こん、な・・・?」
「キスを拒んだ罰だ」
可笑しそうにそう言うと、クラウディオはターバンを拾い上げた。
ぐいと俺の腕を後ろに引き、手首を重ねる。
「・・・え?」
まるでそれが、あたりまえだと言わんばかりの気安さで。
クラウディオはその翡翠色の布で、あっさりと俺を後ろ手に縛りあげた。
「クラウディオ?」
わずか数秒の早業。
俺はソファに膝立ちのまま、呆然と恋人を見下ろした。



「・・・なぜ?」
俺は肩を揺らしながら、クラウディオに尋ねた。
「罰だと、言ったろう」
「え?」
「これは、脱ぎたくないんだろう?」
いたずらっ子のように瞳を輝かせて、クラウディオは俺のズボンをつついた。
「・・・え」
「俺が脱げと、言ったのに」
「・・・こんなところで・・・」
「言い訳はするな」
―――したたる蜜を含んだ甘い声で、そう囁いて。
クラウディオは、無防備に晒されたままの俺の乳首を爪で弾いた。
「く・・・っ」
先刻からずっと、愛撫を待ちわびて勃っているそこが、じんと疼いた。
「クラウディオ・・・」
俺は眉を寄せて、恋人の名前を呼んだ。
クラウディオの愛撫に飢えた肌がざわめき、火照っていた。
本当に触って欲しいのは、そこではないのに。
俺は無意識に腰を揺らめかせ、股間をクラウディオの上半身に擦りつけていた。
彼は笑って、俺のペニスを布越しに揉み込んだ。
「・・・んんっ」
情けないことに、それだけで俺は身悶えた。
「はあっ・・・」
クラウディオの手が施す、乱暴でもどかしい愛撫。
するりと滑った手のひらに何度も尻を撫でられ、俺は腰を捩じった。
「・・・も・・・ぉっ!」
息が上がる。
目を閉じて、俺は上半身をクラウディオに預けた。
彼の手が、俺の下半身を覆う薄い布地を引き裂いてくれることを、密かに渇望しながら―――。



ふと、手を止めて。
クラウディオはくすりと、口元で笑った。
「・・・ん?」
「今日は、こっちじゃなかったな」
耳元にキス。
同時に、彼の手が俺の腰から離れていった。
後ろ手に縛られた不自由な身体をのそりと起こして、俺は不審げに、クラウディオを見下ろした。
俺の眼下、手を伸ばせばすぐ届くところに、濡れた屹立があるというのに。
「ここが・・・いいんだろう?」
クラウディオは、俺の乳首に噛みついた。
「ああ・・・っ」
衝撃に、俺は仰け反った。
しこって硬く勃ち上がった、左右の茱萸色(ぐみいろ)の突起。
それに交互に、強弱をつけて、キリリと歯が立てられる。
「・・・くぅっ・・・」
―――堪らなかった。
淫らな痛み。
痺れるようなきつい快感が、背筋を這い上がってきた。
「キョウスケ」
震える吐息で、俺は応えた。
「存分に愛してやるから・・・ここだけで、達ってみろ」
「・・・!」
俺は息を呑んで、クラウディオを見つめた。



書斎は、深い闇に包まれていた。
広間の片隅に、ぼうっと燭台の灯り。
いつの間にか、誰かがそこに火を入れたということか。



「・・・キョウスケ・・・」
冗談じゃない、と思ったのは初めのうちだけだった。
―――執拗に、丹念に、信じられないほどの器用さで。
クラウディオは念入りに俺の乳首を愛し、そして虐め抜いた。
本当に、そこだけを。
香藤ですら、こんなことをしたことはない。
「あん・・・ぅふっ・・・は、はぁん・・・っ」
指で弾かれ、爪を立てられて、喘ぎ。
傷ついたそこを、ねっとりと舌で舐め上げられる度に、甘ったるい嬌声が零れた。
「・・・ああっ・・・クッ・・・ディオ・・・!」
噛み痕に唾液が沁みる、ただそれだけで。
快感が全身を駆け抜けて、下半身がどうしようもなく熱くなった。
拘束された倒錯的な状態が、いっそう、俺の被虐的な官能を煽った。
「いいか・・・?」
満足そうな、クラウディオの声。
「ばっ・・・そこで、しゃ・・・べるなっ」
ぷっくり勃ち上がったそこは赤く腫れ、ほんのわずか吐息がかかっただけでも、ズキズキと痛いほどに疼いていたから―――。



そろり、と。
俺の腰を支えていた逞しい腕が、気配を消した。
ぬくもりを惜しんで、俺はクラウディオの動きを視線で追いかけた。
深紅のソファの片端の、小さな金属製の何か。
クラウディオはそれをつまみあげると、俺の鼻先に差し出した。
「・・・なに?」
「ターバンの留め具だ」
針のような先端が尖った、凝った細工のクリップに似たもの。
俺の腰を再度引き寄せながら、恋人がにやりと笑った。
「これも、おまえにやろう」
甘く優しい声でそう言って、クラウディオは俺の左の乳首に留め具を填(は)めた。
「んぁあぁ・・・っ!」
鋭角な痛みが、全身を駆け抜けた。
ペタリとクラウディオの太腿にしゃがみ込み、俺は背を仰け反らせた。
「ぃやあっ・・・ふっ・・・んんっ」
不安定な上半身が、ぐらりと傾(かし)いだ。
「・・・キョウスケ」
宥めるようにクラウディオが俺の腰を抱き、右の乳首を舌で嬲(なぶ)る。
「痛いか?」
涙をふり零しながら、俺は何度も頷いた。
「それとも、いいのか・・・?」
泣き顔を晒して、俺はもう一度頷いた。
―――馬鹿野郎。
痛いに決まってる。
なのに、クラウディオに与えられる痛みは、どうしようもなく甘美だった。
じんじんと痺れる乳首。
痛くて堪らないのに、逆上せそうだった。
―――熱い吐息が項にかかる。
着衣のままの下半身がもう、弾けそうに疼いていた。
そこに、むき出しのクラウディオのペニスが擦りつけられる。
「はあぁっ・・・!」
欲しがるクラウディオ。
欲しがる俺。
―――薄い布地が、俺たちが繋がるのを隔てる。
惑乱のあまり、俺は腰を捩って快感に堪えた。



「・・・どうして、ほしい?」
笑いを含んだ低い声。
気の遠くなるような痛みと官能。
激しく胸を上下させながら、俺は、唇を噛んだ。
キスが、欲しい。
それは言葉にならず、俺は代わりに、乾いた唇を舌で辿った。
くすり、と笑って。
クラウディオは伸び上がって、俺にくちづけた。
「ん・・・」
柔らかな舌が俺の唇をこじ開け、侵入してくる。
それだけで、肌がいっそう粟立った。
―――愛に溺れるというのは、こういうことかと思う。
先刻から一方的に、酷い愛撫に翻弄されているというのに。
それでも俺は、キスひとつ与えられただけで、深い幸福感に目眩がした。
クラウディオへの愛しさで、胸が張り裂けそうなほど。
「・・・それから?」
俺を支配する男が、ゆったりと聞いた。
―――こうやって、いつの間にか。
クラウディオはいつも、どんな愛撫であっても、俺が望んでいるのだと気づかせる。
熱くて、容赦のない愛情。
俺を追いつめ、俺を至上の高みに導いてくれる。
俺は、じっとクラウディオを見つめた。
「・・・右も・・・」
口にした途端に、羞恥で顔がほてった。
「そうか」
意地悪な恋人が俺を見上げ、満足そうに目を細めた。



無造作に、クラウディオが左の乳首を縛(いまし)める留め具をはずす。
俺は、ほうっと深い息を吐いた。
虐げられた痕がくっきり残るそこを、ペロリ、とクラウディオが舐めた。
「くぅんっ・・・」
それだけで、俺の全身がそそけ立った。
クラウディオは小さく笑うと、留め具を右の乳首に填めた。
「あうっ!・・・んんっ」
ビリビリと、電流のような刺激が俺の背中を伝わった。
さんざん弄(なぶ)られて疼いている突起が、きつい痛みに悲鳴を上げる。
「クラウディオ・・・ッ」
苦痛なのか、悦楽なのか、もう自分でもわからなかった。
極限の快楽。
―――ただ無性に、恋人にすがりつきたくて。
俺は涙を零して、火照る身体をクラウディオに擦りつけた。
「ん?」
「・・・手を、解(ほど)け・・・っ」
声が震えて、どうしようもなかったが。
拍子抜けするほどあっさりと、クラウディオは頷いた。
しゅるり、と幽かな衣擦れの音。
次の瞬間、俺は天鵞絨(びろうど)の縛めから解放されていた。



「キョウスケ?」
きれいな瞳が闇に光り、俺を覗き込む。
無言のまま、俺は両腕でクラウディオにしがみついた。
クラウディオの力強い腕が、同時に俺を抱き寄せる。
きつい抱擁。
「・・・んくっ・・・」
金属の留め具がお互いの身体に挟まれて、いっそう俺を苦しめたが。
俺は構わず、ピタリと身体を重ねた。
鼓動が重なり、唇が重なる。
クラウディオの膨張したペニスが、俺の内腿を叩いて濡らす。
「キョウスケ・・・」
「ふっ・・・ん?」
―――乱れる吐息。
「俺が、好きか?」
真摯な瞳が、俺を捉えた。
俺は腕を緩めてクラウディオをまじまじと見つめ、それからゆっくりと頷いた。
「・・・あたりまえ、だろう」
ご褒美のように、クラウディオの指がつうっと裸の背中をなぞった。
「何を、されても?」
いたずらな指が、二人の間で擦れる留め具を、捻りあげた。
「俺を、試すな・・・っんん、くぅ・・・っ」
唇を噛んで甘美な疼痛に耐えながら、俺は再び頷いた。
―――クラウディオの腕の中で、乱れるだけ乱れる。
何もかも忘れて、自分を解放し、俺のすべてを曝け出す。
・・・溺れていいと、言われたから。
こんな浅ましい姿を、他の誰に見せると言うのだろう?
「クラウディオ・・・」
しっかりと重ねた胸を、擦りつけながら。
背筋を這いのぼる稲妻のような絶頂の予感に、俺は目を閉じた。
クラウディオの手が、追い立てるように俺の肌を弄(まさぐ)る。
その、次の瞬間―――。
「あぁぁ・・・んんっ!」
俺は射精の衝撃に、上肢を仰け反らせた。
「・・・ク、ラウディ・・・ッ!」
震える腰を、クラウディオが支える。
指先が痺れ、目の奥に火花が散った。
張りつめ、そして弛緩する身体。
気の遠くなりそうな快感に、俺は身を委ねた。



荒い息をついて。
俺はそろそろと、顔をクラウディオの肩に埋めた。
―――恋人の望むまま、胸への刺激だけで達した。
羞恥心に、どうしようもなく頬が火照った。
香藤・・・クラウディオとのセックスに、禁忌などないが。
それでも、こののぼせそうな初体験は堪えた。
「キョウスケ・・・」
俺を呼ぶクラウディオの声音が嬉しそうで、それが一層いたたまれない。
「よかったか?」
留め具を俺の身体からはずしながら、彼は俺を覗き込んだ。
顔を背けた俺の頬に、軽いキスを何度か。
「おい、こっちを向け」
くすくす笑いながら、クラウディオは俺の股間を摩った。
「ん・・・っ」
薄い布地の下の、じんわり湿った感覚。
「キョウスケ」
もう一度、今度は少し強い口調で呼ばれて、俺は渋々顔を上げた。
「そんな顔を、するな」
薄暗がりの中、クラウディオの瞳が優しく微笑した。
「あ―――」
ぐい、と腰を抱え上げられ、俺はソファにへたり込んだ。
ゆらりと立ち上がったクラウディオが、着衣の乱れを直して振り返る。
「来い」
俺は黙って、指し伸ばされた彼の手のひらに自分の左手を重ねた。
そのまま、抱き寄せられる。
「いい子だ・・・」
甘い囁きと、確かな温もり。
クラウディオの指が、労わるように俺の背筋をなぞる。
もう一方の手は迷わず、股間へ―――。
布越しに肛門のあたりを指で突かれ、俺は身体を震わせた。
「夜はまだ浅い。おまえもここが、疼くだろう?」
俺の返事を待たずに。
クラウディオは無造作に俺を抱き上げ、書斎を後にした。





10 July 2006
藤乃めい(ましゅまろんどん)




2013年1月15日、サイト引越により新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。