「なんか綺麗だね、岩城さんの部屋。」
「そうか?物がないだけだと思うが。」
整理整頓の行き届いた岩城の部屋。
通されたリビングのソファに座りながら、香藤は辺りを見回した。
とりたてて変わったところのない部屋だが、壁が幾棹もの本棚で隠れていて、ほとんど見えない。
「すっごいね、難しそうな本ばっか。」
「凄くないさ。」
岩城がカップを持ってキッチンから戻ってくると、それをテーブルの上に置きながら香藤の隣に座った。
「・・・俺は、ずっと研究ばかりやってて、世間知らずなんだな。」
「え、そう?」
「うん。お前と話してて、そう思った。知らないことばっかりだった、お前の話すこと。」
「ああ、そう言えば、それはなんだって、よく聞くよね、岩城さん。」
「その度にお前が驚いたり、笑ったりするから、そうなんだって。」
「ごめん、傷ついてた?」
「いや・・・恥ずかしいとは思うけど。」
そう言って、頬を染めてカップを口にする岩城を、香藤は微笑んで見つめた。
「お前のほうが、よほど大人だよ。」
「それは違うよ、岩城さん。」
香藤が岩城の手を握って、首を振った。
「一つのことに集中して、それが人生になってるって、悪いことじゃないでしょ?」
「・・・そう、なのかな。」
「そうだよ。岩城さん、凄い人なんだよ?自覚ないみたいだけど。」
首をかしげたまま、考え込み始めた岩城の肩を、香藤が掴んだ。
「あのさー、まさかと思うけど、コーヒー飲んで、話するだけのつもりなわけ?」
「・・・え?」
きょとん、として見つめる岩城に、香藤は盛大に嘆息をついた。
「岩城さーん、あのさ、この前、キスしたでしょ?」
「え・・・あ、うん。」
「で、ここじゃだめだって言ったでしょ?」
「・・・。」
見る見るうちに真っ赤に染まる岩城の顔に、香藤は呆れてその顔を見つめた。
「それで、家に来いって言ったんだよ、岩城さん。それって、そういうことじゃないの?」
「・・・え・・・。」
肩を掴まれたまま、うろたえて視線を彷徨わせる岩城に、香藤はくすくすと笑い出した。
「やっぱりなぁ、そうじゃないかと思った。」
「やっぱり、って?」
「思ってもいないんだ?自分が誘ったってこと?」
「さ、誘った、って?」
「セックス。」
「・・・はっ?!」
香藤は岩城の肩に額を乗せ、身体を揺らして笑った。
「だから、あそこじゃだめだから、家に来いって、そういう意味に受け取れるんだよ、あの言葉。」
「えっ、いやっ・・・あのっ・・・。」
「だめだよ、岩城さん。そんなつもりなかったって言っても。」
「でっ・・・でも・・・。」
「でも?」
「どうしたらいいのか・・・俺・・・。」
「大丈夫。心配しないで。」
眉を寄せて見上げる岩城の染まった頬に、香藤はそっとキスを落とし、岩城の眼鏡を外した。





一人で浴びる、と言ったシャワーに、無理矢理香藤が入ってきて、岩城は香藤に全身を洗われ、子供のようにタオルで拭かれ、ベッドまで手を引かれて連れて来られた。
そっとシーツの上に横たえられて、岩城は全身を緊張させたまま、香藤を見上げた。
「肩に力入ってるよ、岩城さん。」
「しょうがないだろ、男に抱かれるなんて初めてなんだぞ、俺は!」
「うん、俺も男抱くのって、初めてなんだけど。」
「え・・・そうなのか?」
「あれ?なにそれ?」
唖然として見下ろす香藤に、岩城はばつの悪そうな顔で、口を尖らせた。
「だって・・・俺のこと好きだとか、言うから・・・。」
「好きだよ?初めて好きになった男の人、だよ?」
ぱちくりとして、岩城は香藤を見上げた。
「抱けるのか、それで?」
「は?」
「いや・・・なんていうか・・・。」
「抱けるよ?っていうか、すでにこの状態。」
香藤は岩城の手を取ると、股間に持って行き、自分のペニスを握らせた。
「・・・あ・・・。」
それはとっくに熱を持って、存在を主張していた。
手に中にあるその熱く勃ったそれを、岩城は呆然としてまじまじと見つめた。
「ね?」
香藤が押さえていた手を放すと、岩城も慌てて香藤のペニスから手を引っ込めた。
「好きだよ、岩城さん。」
香藤の唇が額に落ち、岩城はくすぐったそうに首を竦めた。
その唇が頬に移り、唇に触れた。
舌先で唇を突くと、岩城は躊躇しながら少し開いた。
そこへ香藤の舌が割り込み、岩城の舌を捉えて吸い上げた。
「・・・んっ・・・」
心臓が早鐘を打ち、岩城は息苦しくなって、顔を顰めた。
本人はそのつもりもなく、喉の鳴る声が香藤を煽った。
「色っぽいなぁ、もう・・・。」
「は?」
熱い息を漏らして、岩城が香藤を見上げた。
潤んだ瞳で見つめられて、香藤は苦笑しながら岩城の肌を撫でた。
「・・・いろんなとこで自覚ないんだね、岩城さんは。」
わからん、と首を傾げる岩城に、香藤はくすくすと笑いながら、彼の乳首を指で捏ねた。
「・・・あっ・・・」
「感じた?」
「な・・・なんで・・・?」
じわり、とそこから広がった感覚に岩城は戸惑い、肩を竦めるようにして、その香藤の指が弄るのを受けた。
「感じるでしょ、男だって。」
「で、でも・・・っ・・・やっ・・・」
ぴちゃり、と乳首を舐められて、岩城は思わず香藤の頭を抱え込んだ。
身体中を這っていく香藤の舌と指に、岩城の皮膚が粟立ち、熱を持った。
肩で息をする岩城を抱いてキスをすると、香藤はそっと彼のペニスに触れた。
「・・・んんっ・・・」
顔から火の出るような愛撫を受ける間に、すっかり勃ち上がった岩城のそれに、香藤が嬉しそうに微笑んだ。
「感じてたね、岩城さん。すごい色っぽい声だった。」
「だ、だって・・・。」
「うん。これ、辛そうだからいかせてあげる。」
「ひ・・・うっ、んっ・・・」
扱かれて、岩城は仰け反ったまま声を上げた。
「いっ・・・やだっ・・・香藤ッ・・・」
「なんで?気持ち良くない?」
「ち、違ッ・・・出るからっ・・・」
「・・・当たり前でしょ。」
香藤の胸に額を押し付け、彼の腕を掴んだまま岩城は首を振った。
「・・・あっ・・・ああっ・・・」
仰け反って声を上げ、荒い息をついて、岩城は気付いたように香藤に視線を向けた。
「・・・ごめ・・・。」
「なんで謝るの?」
「え・・・。」
真っ赤になった顔で上目遣いに見つめる岩城に、香藤は堪らずその唇に喰らい付いた。
「やめてよ、その顔。」
「その顔?」
「・・・自覚なしって、怖いよね・・・この、男殺し。」
「な、なんだ、それは?」
「ほんとのことだもん。」
香藤はそう言うと、岩城の精で塗れた右手の指を、そっと彼の腰の奥へと滑らせた。
「ひゃっ・・・」
岩城が驚いて腰を引こうとした。
「だめ。逃げないで。」
そのまま後孔の入口を撫でる香藤を、岩城は困惑した顔で見つめた。
「・・・な、なにしてるんだ?」
「あのさぁ、男同士のセックスって、挿れる場所、ここしかないでしょ?」
「・・・っ・・・。」
絶句する岩城に、香藤はくすっと笑って、額に唇を落とした。
岩城を見つめたまま、香藤はゆっくりと指を一本、後孔に挿れようとした。
「ほんとにそこに入れるのか?」
「そうだよ。岩城さん、力抜いて。入らないから。」
「力抜いてって・・・入れてない。」
「入ってるよ、緊張してるね。」
「う・・・ん・・・。」
「じゃ、息吐いて?」
こくりと頷いて、岩城はゆっくりと息を吐いた。
「そう、いいよ。」
弛緩した後孔の中へ、香藤の指が沈んでいった。
「・・・うっ・・・んっ・・・」
岩城はその異物感に、とっさに香藤の腕を掴んだ。
「大丈夫だから。息つめないで。」
「うん・・・。」
顔を顰めながら、息を吐く岩城の耳元で、香藤は「好きだよ。」と囁いた。
「うん。」
根元まで指を沈めて、香藤はぐるりと柔襞を擦るように回した。
「・・・ひ・・・うんっ・・・」
びくっと岩城の身体が震え、唇が戦慄いた。
「あっ・・・あぅんっ・・・」
「気持ち良い?」
「なっ・・・な、んでっ・・・んあっ・・・」
「なんでって?」
香藤の声が聞こえていないかのように、探る指に岩城の身体が跳ねた。
「ひゃうっ・・・」
その岩城の声と姿に、香藤は探った場所を指で押した。
「うあっ・・・あぁっ・・・」
ゆっくりと指を引き出し、二本に増やして差し入れ、壁を擦ると、岩城の声が明かに喘ぎに変わった。
「・・・あぁ・・・っ・・・んふっ・・・」
香藤の肩に縋るように腕を回して仰け反り、岩城の腰が揺れ出した。
「やっ・・・はんっ・・・」
「ここらへん・・・かなぁ・・・」
香藤が岩城の顔を見ながら、指で柔襞を探った。
「ひうっ・・・」
喉を引き攣らせて腰を沈めた岩城を見て、香藤はうふ、と笑った。
その場所を攻め続け、岩城の声が跳ねた。
「うんッ・・・か・・・香藤ォ・・・」
岩城の後孔が収縮し、香藤の指を絡め取ろうと蠢いた。
せいせいと息をする岩城を見て、香藤は指を引き抜き、ゆっくりと身体を重ねると、その唇を塞いだ。
「いい、岩城さん?」
「・・・え・・・?」
「岩城さんの中に、入っていいよね?」
荒い息をしながら、岩城はじっと香藤を見つめた。
「だめだって言っても、抱くよ、俺。」
「だめだなんて・・・言ってないだろ。」
岩城が躊躇いつつ、呟くように答えた。
「俺のこと、好きなんだって、思ってるけど?」
岩城は、上気した顔で少し香藤を見つめて、こくり、と頷いた。
「良かった。」
香藤が顔中に笑顔を咲かせて、岩城の頬にキスをすると、彼の膝を掴んだ。
ゆっくりと脚を開かせ、香藤は岩城の顔を見た。
岩城はそれを見つめ返すと、頷いて息を吐いた。
「・・・あ・・・く・・・っ」
指とは比べ物にならない圧迫感が、岩城の身体の中心を進んだ。
「・・・うっ・・・ふっ・・・」
無意識にずり上がろうとする岩城の腰を掴んで固定すると、香藤はそこで止まった。
「岩城さん、息吐いて。」
わき腹を撫でながら香藤が囁き、岩城は唇を薄く開いて、言われたとおりに息を吐いた。
「もうちょっとだからね。」
ぐい、と香藤は腰を動かし、大きく息を吐いた。
「あぁっ・・・んんっ・・・」
「全部入ったよ。わかる?」
拡げた腿の一番奥に、香藤の肌がぴったりと付いているのがわかって、岩城は仰け反ったまま頷いた。
「・・・痛い?」
「痛い・・・。」
腰を固定していた手を放して、香藤は岩城に重なり、その小刻みに震える身体を抱き込んだ。
付けた頬をずらして唇を啄ばむと、岩城は瞳を開けて香藤を見つめた。
「好きな人とセックスするのって、すごく気持ち良いね。」
「入れてるだけなのにか?」
「そうだよ。岩城さんに締め付けられて、それだけでいっちゃいそうだよ。」
「気持ち良いのか、お前?」
「うん、最高。」
そう言って、香藤はゆさゆさと腰を揺らした。
「ああっ・・・あっ・・・」
眉をしかめて、岩城が香藤の背に腕を回した。
「うわ・・・」
香藤がその顔を見て、ごくりと喉を上下させた。
「ごめんっ・・・」
「・・・ひぃっ・・・いっ・・・」
叩きつけるように動き出した香藤に、柔襞が悲鳴をあげ、岩城は必死でその背にしがみ付いた。
「・・・あうんっ・・・んぁあっ・・・」
痛みが走り、岩城は悲鳴を上げて香藤の背に縋った。
しばらくそれに堪えていた岩城の声が、徐々に艶めきはじめ、香藤を包み込んでいた柔襞がうねった。
「・・・あぁんっ・・・んぅっ・・・」
顔を上げて岩城を見た香藤は、頬を染めて、感じているのが苦痛だけではないとわかるその顔に、ほっと息をついて岩城の前立腺を突き上げた。
「ふあっ・・・んふっ・・・」
腹の間で湿った音がたった。
岩城のペニスがいったことがわかって、香藤は勢い良く岩城の奥に叩きつけた。
「・・・あぁぁっ・・・か、かとおッ・・・」
揺さぶられ、突き上げられて、突っ走る快感に、岩城の思考が飛んだ。





「・・・ん・・・?」
閉じた瞼から、日の光を感じて、岩城はすう、と息を吸い込んだ。
漂ってきた美味しそうな匂いに、まどろみながら、閉じた瞳のまま眉を潜めた。
「・・・あっ・・・」
その理由に思い当たり、目を開けると、岩城は慌てて起き上がろうとした。
「・・・え・・・」
途端に身体が軋んで、起き上がれずに、岩城は呆然として天井を見上げた。
はた、と気付いたように岩城は毛布を持ち上げ、全裸で眠っていた自分に、顔に血が上るのを感じて顔を顰めた。
「・・・香藤!」
ばたばたと足音が聞こえて、寝室のドアがばたん、と開いた。
「どうしたの?!」
香藤がベッドサイドに駆け寄り、床に膝をついて岩城の顔を覗きこんだ。
「どうしたじゃない!」
「え?」
顔を赤くして、睨む岩城に、香藤は首を傾げて見つめた。
「・・・動けない。」
「・・・え?」
「身体がいうこときかないんだ!お前のせいだろう。」
「あ、ごめん。」
くすくすと笑いながら、香藤は岩城が起き上がるのを助け、シャツを岩城の肩にかけた。
「でもさ、」
「でも、なんだ?」
シャツに手を通しながら、岩城は剥れたまま香藤を見上げた。
「途中で寝ちゃったのになー、岩城さん。」
「え・・・?」
「途中で寝ちゃったの。」
「・・・そう、だった、っけ?」
「そうだよ。」
香藤がベッドの上に座って、シャツを着た岩城を抱き寄せた。
ちゅ、と唇を吸うと、岩城は寄せていた眉を開いて香藤を見返した。
「・・・ごめん。」
「いいよ、疲れちゃったんだね、岩城さん。初めてだもんね。」
「うん・・・。」
「朝ごはん、出来てるから、食べよう?」
「あ・・・。」
答えようとした岩城の腹が鳴って、香藤は思わず噴出した。
「可愛いね、岩城さんは。」
「うるさい。」





キッチンに置かれたテーブルの上に、香藤が用意した朝ごはんを見て、岩城は目を見張った。
ご飯と味噌汁、玉子焼き。
「こんなの、よく作れるな。」
香藤に抱えられて、椅子に座った岩城は、嬉しそうに微笑んだ。
「こんなので喜んでもらえるなら、いつだって作るよ、俺。」
「うん。」
子供のように頷く岩城に、香藤はそっと唇を寄せた。
抵抗も見せずに、岩城は瞳を閉じてそれを受けた。
「これから、一杯一杯、岩城さんの喜ぶことしたいんだ。」
そう言って微笑む香藤を、岩城はじっと見上げた。
「香藤。」
「うん?」
「その・・・好きだ。」
一瞬、呆然として、香藤は白い歯を見せて笑った。
「ありがと。」
「べ、別に・・・礼を言われるようなことじゃ・・・。」
「なら、ベッドに行こうよ、ね?」
「ばッ・・・俺は腹が減ってるんだ!」
岩城が真っ赤な顔で怒鳴り、香藤は声を上げて笑いながら、岩城を抱きしめた。
「いいよ、これからゆっくりね。俺達、始まったばっかだもん。」
「・・・先が心配になってきたな。」
キッチンに、香藤のくすくすと笑う声と、岩城の溜息が響いた。





2007年5月14日



2013年12月09日、アップロード。