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気が遠くなるようなセックス。
もう何度、抱かれたのかもわからなかった。




若い恋人に翻弄されて、惑乱の坩堝(るつぼ)に投げ出される。
身体が軋むほど貫かれ、揺さぶられる。
恐ろしくて、恥ずかしくて、何より痛い。
それなのに、疼きと陶酔にいつも我を失ってしまう。
裸で抱き合う悦び。
果てしない愛撫に、身体が反応してしまう。
―――もう何もわからない。
甘い痛みに岩城はむせび泣いた。




「―――好きだよ」
細い腰を抱き寄せて、香藤は囁いた。
「岩城さん」
愛の言葉に反応して、岩城がぼんやりと瞳を開けた。
「うん・・・」
潤んだ漆黒の瞳。
涙で濡れそぼった長い睫。
「俺のこと、好き?」
若い恋人が、いつもの問いを繰り返す。
「うん」
いつも通り、岩城は素直に頷いた。
「じゃあ、さっき、何が嫌だって言ったの?」
「・・・さっき?」
ぽかんと岩城が見上げる。
香藤は微笑して、指先で岩城の乳首をつついた。
「・・・ひうっ・・・!」
まるで魚が跳ねるように。
岩城は過敏に上肢をくねらせた。
それと同時に、香藤を呑み込んだままの後孔が蠢く。
「セックスが嫌なんじゃ、ないよね」
「ダメ、もう・・・っ」
じんじんと疼くしこった乳首は、岩城の弱点だった。
―――弱点になってしまった、というべきか。
「かと・・・っ」
香藤に執拗に愛撫され、悦びを覚え込まされた小さな突起。
今では、濃い珊瑚色に染まったそこに触れられるだけで、かすれた嬌声が迸る。
「そこ・・・」
「ふふ、敏感だよね、岩城さん」
いたずらっ子の顔をする香藤を、岩城は恨めしげに見上げた。
拒むとか、制止するとか。
そういう機転が端(はな)からない岩城には、拗ねた視線を向けるのがやっとだった。
「ばか」
「ねえ、何がイヤなの?」
焦れたふりをして、香藤が腰を揺らした。
「・・・忘れ・・・はぁんっ・・・!」
香藤がうごく。
反り返った彼のペニスの切っ先が、岩城の柔襞をぐりり、と抉る。
疼痛と紙一重の、強烈な悦楽。
「んああぁ・・・あっ・・・」
いまだ慣れない快感。
岩城は涙をこぼし、全身を仰け反らせて悶えた。
「・・・いやぁ・・・っ!」




「いわ・・・きさっ」
岩城の後孔がうねった。
搾るように貪欲に、香藤のペニスに絡みつく。
「・・・んんっ」
香藤は歯を食いしばって、再び律動を始めた。
きつい肛内を繰り返し、深く浅く、時に最奥までこすり立てる。
ふたりの間で、岩城のペニスはいつの間にか弾けていた。
「か・・・かと・・・!」
火照る肌の匂い。
汗と涙と体液が、粘着質の音をたてる。
「・・・ひいっ・・・んん、んあぁっ・・・!」
甘い悲鳴をあげて、岩城は香藤にしがみついた。
肛内を蹂躙するペニスを、全身で受け止めながら。
ぎゅっと目を閉じて、押し寄せる快楽の波に身を任せた。
―――何度目の高波なのか、もう覚えていない。
手足がじんじん痺れて、意識が朦朧となる。
「かと・・・香藤っ」
必死ですがりつきながら、岩城は恋人を呼んだ。
その単語しかもう出て来ない。
何度もなんども繰り返す。
痛いのか気持ちがいいのか、やがて判らなくなる。
「岩城さん・・・んんっ」
求めに応えて、香藤が乱暴に岩城の唇を奪った。
セックスとしてのキス。
喘ぎの合間に舌を絡ませ、岩城も夢中でそれに応えた。
身体中、どこもかしこも繋がっているような錯覚。
「・・・かとぉっ・・・」
熱に浮かされて、岩城は喉を引き攣らせた。
「い・・・っても、いいっ?」
荒い吐息と、香藤の囁き。
「・・・んっ!」
岩城がせわしなく頷いた、その直後。
香藤が腰をねじるように叩きつけ、岩城の中に精をぶちまけた。
「・・・あふっ・・・!」
内襞のいちばん奥深くで感じる、恋人の絶頂。
その生々しい感覚に惑乱して、岩城はぽろぽろと泣いた。
「―――香藤・・・っ」
受け止める想いと、眩暈のような羞恥。
衝撃と灼熱。
甘い痛みと、気の遠くなるような幸福感。
「・・・好きっ・・・」
香藤の腕の中で、岩城は悲鳴を上げていた。




気だるいまどろみ。
「何時だろう・・・」
岩城がぼんやりと呟いた。
寝室の窓の外から、街の喧騒が遠く聞こえていた。
カーテン越しに漏れる陽光も、ずいぶん明るいように見える。




「10時すぎ・・・かな」
答える声は、眠たげだった。
香藤はのそのそと身体の向きを変えると、岩城の腰を引き寄せた。
「ひと寝入り・・・したのか」
「うん、たぶんね」
素肌が重なる、しっとりした感触。
岩城は目元を朱に染めて、じっと香藤を見上げた。
「・・・ん?」
寝起きの甘くかすれた声。
がっしりと逞しい腕が、恋人をすっぽり包んでいた。
「キスのおねだり?」
小さく笑って、香藤が顔を近づけた。
「・・・そんなこと」
言葉に詰まりながら、岩城はそれでも少し顎を上げた。
キスを乞う仕草。
香藤に教えられた通り、ふわりと目を閉じる。
「・・・ん」
啄ばむような甘いキス。
岩城の鼓動が、それだけで疾走を始める。
気づいた香藤が、岩城の胸を手のひらで撫でた。
「・・・やめ・・・」
指先がすべり、茱(ぐみ)色の乳首を弄ぶ。
敏感な裸体が、ぴくん、と跳ねた。
「・・・んっ!」
「ドキドキしてるね、ここ」
「それは、おまえが・・・」
わずかに口を尖らせた岩城を、香藤がとろけるような眼差しで見下ろした。
穏やかな、やさしい愛情が降り注ぐ。
嵐の後の静けさ―――。
漂う甘い雰囲気に、岩城はふと赤面した。




「・・・目が赤いな」
声がかすれていた。
岩城は腕を伸ばして、香藤の頬を撫でた。
「ああ、うん。シフト明けは、いつもこんなだよ」
「ちゃんと、寝たほうが―――」
眉をひそめた岩城に、香藤は微笑を返した。
「うん、ありがと。なんか、もったいない気がしてさ」
「どうして?」
「眠いことは、眠いんだけどね。でもこうやって、せっかく岩城さんと一緒にいられるのに。寝てるヒマなんてないじゃない?」
香藤は甘えるように、岩城の肩口に顔を埋めた。
肩甲骨の辺りに吸いついて、小さな痕を残す。
「・・・バカ」
岩城はそっと、じゃれつく香藤の頭を抱き返した。




「・・・あのな、香藤」
深く息を吐いて。
岩城は思い出したように苦笑を漏らした。
頭を抱えられたままの香藤には、その表情は見えない。
「うん?」
「・・・嫌だって、さっき言ったのは―――」
小さな沈黙。
それからもう一度、諦め半分のため息。
「その・・・駄目なんだ」
「うん?」
「怖いというか、みっともない・・・気がして」
「へ!?」
香藤は岩城の抱擁から逃れて、シーツに肘をついた。
半身を起こして、まじまじと岩城を見つめる。
「なんのこと、岩城さん」
恋人のびっくりした眼差しに、岩城ははにかんで顔を背けた。
「その・・・」
「俺の岩城さんのこと、みっともないなんて言わないでよ!」
岩城をしっかりと抱き寄せて、香藤が抗議した。
そっと宝物でも扱うように、香藤は岩城の耳元にキスを落とす。
「どこもかしこも、こんなに綺麗なのに」
「・・・香藤・・・」
岩城は訥々と、言葉を繋いだ。
「あの・・・なっ・・・涙が・・・」
「うん?」
香藤は岩城の黒髪をゆっくり撫でて、戸惑う恋人の言葉を待った。
「嫌なんだ・・・馬鹿、みたいだろ」
「え―――」
「大の男が、泣いて・・・」
「いわきさ・・・」
「・・・あ、あんな・・・こ、声まで・・・っ」
顔を真っ赤にして、岩城が口を噤んだ。
それ以上は続けられずに、拗ねたように香藤を見上げる。
「だ、だから」
「岩城さん・・・もしかして、それって」
目を丸くしていた香藤の相好が、とろけるように崩れた。
「俺に抱かれて感じちゃうのが、恥ずかしいってこと?」
「・・・!!」
「わけが分からなくなっちゃうくらい、イイってことだよね?」
最高だよ、と幸せそうに笑って。
香藤はそろそろと岩城の全身を包み込んだ。
「可愛いよ、岩城さん。すごい殺し文句だ」
「・・・ちがっ」
躊躇いがちに、岩城が首を振った。
「ちがうと・・・思うけど・・・」
何がどう違うのか、自分でも説明できないのだろう。
頬を紅潮させたまま、香藤の胸に顔を埋めた。
「―――怖がらないで、いいんだ」
「え・・・?」
思いがけず真摯な恋人の声。
岩城は、おずおずと顔を上げた。
「快感を覚えて、身体が変わっていくのはあたりまえだよ。セックスってそういうもんだから」
「あ・・・」
「恥ずかしくなんかない。みっともないことなんかない。岩城さんの好きなように、感じればいいんだ」
恋人の満面の笑み。
岩城は上目遣いに、その眩しい笑顔に見入った。
「香藤・・・」
「好きな人に触れて、裸で抱き合うって、最高にハッピーなことじゃない?」
「・・・うん・・・」
「幸せなんだもん、好きにすればいいんだよ」
香藤はぎゅっと岩城を抱き寄せた。
「嬉しいよ、岩城さん。俺と一緒にいて、気持ちいいってことだもんね」
「・・・バカ」
香藤の手が、するすると岩城の肌を摩る。
あたたかい感触。
あらたな情事の予感。
岩城は目を閉じて、全身でその感触を追いかけた。
―――また、少し。
心が近づいた、と岩城は感じた。
身体を重ねて、たくさんの言葉をもらって。
そのたびに少しずつ、お互いを知ってゆく。
少しずつ、恋人に近づいてゆく。
―――どこまで・・・?
香藤と一緒に、どこまで行けるんだろう。
高揚感と、漠然とした不安。
「香藤・・・」
ずっとそばにいたい。
岩城は心からそう思った。




藤乃めい
4 February 2008



2014年10月19日、サイト更新。
前回の更新ではたくさんのご声援をありがとうございました。ぽよよん岩城さん、本当に愛されてるなあ。
小説はサイト引越にともない新URLに再掲載。当時の原稿を大幅に加筆・修正しています。