さしも知らじな  第四章 その2





強引に、俺は膝で岩城さんの腿を割った。
「・・・はっ」
ふっと、岩城さんの身体の力が抜けた。
ベッドに縫いとめられた体勢のまま、俺をじっと見上げる。
どこか冷めた、無機質なまなざし。
それなのに黒い瞳が、誘うようにけぶって見えた。
動揺の表情は見えない。
試されてる・・・?
俺の反応を見て、面白がってるのか。
いや、やっぱりこれは、なんかの罠かもしれない―――。
「どうした?」
ざらついた淫靡な声。
まるで混乱してる俺を煽るような、甘い響き。
「岩城さん・・・っ」
もう、たまらなかった。
俺はがっちりと、岩城さんの身体を抱き寄せた。
両腕に抱え込む、確かな存在感。
―――女ではありえない、身体の厚み。
抵抗する気を失ったらしいその身体に、俺は全身を擦りつけた。
もう痛いほど勃起してるペニスを、岩城さんのスラックスに押しつける。
自分で何をしているのか、ろくに判らないまま。
「ん・・・っ」
目を閉じた岩城さんが、わずかに熱い息を吐いた。
ゆるゆると彼の腕が上がり、俺の背中に廻る。
「んっ・・・岩城さ・・・!」
どくん、と心臓が跳ねた。



俺は夢中で、岩城さんのシャツに手をかけた。
ネクタイを引きむしり、震える指でボタンをはずす。
どくん、どくん、どくん―――自分の鼓動で耳がずきずきした。
ああ・・・俺は、俺たちは、何をしている?
「・・・んっ・・・」
岩城さんが、大きく胸を喘がせた。
「かと・・・っ」
細い腰を捩るようにして、俺の抱擁から抜け出そうとする。
「え・・・?」
黒い澄んだ瞳に、俺が映る。
抵抗するというより、何か言いたげな表情。
俺は思わず、腰を浮かせた。
「待て・・・」
掠れた声で、そう囁いて。
岩城さんは俺の腕に手をかけ、のっそりと上半身を起こした。
「え―――」
「そんなに、がっつくな」
眉をしかめて、嘆息混じりに言う。
呆れた・・・?
いや、むしろ訝しむ視線かもしれない。
・・・でも、何を?
黙ったまま荒い息を吐く俺を横目に、岩城さんは身体をずらした。
「・・・こっちだ」
ぐい、と無造作に腕を引かれて、俺は前のめりになる。
「へ・・・?」
なんだか、やけに手馴れた仕草で。
岩城さんは、俺をベッドの真ん中に押し倒した。
「・・・ええっ!?」
俺に上から覆いかぶさるように馬乗りになり、膝をつく。
まじまじと、俺を見おろす。
それから躊躇いもなく、半分脱げかけた俺のジーンズを取り払った。
「なんて顔を、してる・・・」
ひっそりと微笑しながら、下着も引き下げる。
腹につくほど反り返った俺のペニスを、さらりと指で確かめる―――。
「んん・・・っ!」
俺はその刺激だけで、どうにかなりそうだった。
弾む息のまま見上げる俺に、冷めた一瞥をくれて。
岩城さんはゆっくりと身体を起こすと、俺の腰に触れた。



☆ ☆ ☆



夢を見てるのかもしれない。
―――荒い息を吐きながら、俺はそう思った。
淫夢というより、悪夢に近い・・・かもしれない。
この上なく甘美な、危ない夢。
じゃなきゃ、この事態をどう説明したらいいんだろう。



冬の夜、見知らぬ都心のホテル。
汗ばむほどの空調。
ほとんど裸で、俺は興奮のあまり胸を喘がせていた。
唇が乾いて、どうしようもない。
セックスに飢えて、飢えまくって。
「岩城さん・・・」
俺はかすれた声で、俺を狂わせてる元凶の名を呼んだ。
やわらかな間接照明。
「どうした?」
俺を両腿で押さえつけながら、俺の上で微笑する男。
・・・そう、それが問題だった。
初めて見たときから俺を翻弄し、幻惑させ、ここまでいざなってきた男。
俺の腰にのしかかる重みも、シャツから見え隠れする胸板も。
耳に心地いよいそのバリトンも。
どう考えても、どこから見ても男性なのに。
―――岩城さん。
名前のほかには、何も知らない。
今晩初めて、口をきいただけの他人。
ゆきずりの相手としか、呼びようがない。
それでも俺は、もうごまかしようがないほど、彼に魅せられていた。
俺の全身が、この人の醸しだす香華に反応してた。
・・・マジで、気がふれたのかもしれない。



岩城さんは片頬で小さく笑うと、ゆっくりとスラックスを下ろした。
俺を見据えたまま、少し腰を浮かして。
まるで見せつけるように、わずかに腰をひねりながら。
「んは・・・っ」
俺は思わず、息を呑んだ。
さっきからじんじん疼いてる俺のペニスが、勢いよく腹を打つ。
―――ぬめるような、ほの白い太腿。
それが、女の脚みたいにすらりと伸びている。
ごくり、と俺は唾を飲み込んだ。
岩城さんの手が―――指の長いきれいな手が、すごくなまめかしい。
それが器用に動いて、下着を脱ぎ捨てる。
「・・・っ!」
岩城さんはそれを、スラックスと一緒にもうひとつのベッドに放り投げた。
・・・黒のビキニ、なんだ。
彼のイメージに相応しい・・・のかな。
俺は呆然と、岩城さんを見上げた。
―――実際、興奮しすぎて言葉を失ってた。
俺に馬乗りになったままで、裸になる男を見上げながら。
むしゃぶりつきたい。
それしかもう、考えられない。
俺は完全に、あさましい欲望に支配されていた。
「・・・なんだ?」
ひんやりとしたバリトンが尋ねる。
俺は黙って、ぶんぶんと首を振った。
・・・だって。
真っ白いシャツの裾から覗く、綺麗な弧を描いた尻。
みっしりした硬い質感が、触らなくてもわかるような。
―――それを見て、よけい勃つなんて。
これ以上ないほど昂ぶって、目が眩む。
・・・犯したい。
あれを掴んで、今すぐ俺の息子をぶち込みたいと思うなんて・・・!
自分で自分が、信じられない。



岩城さんはそれから、焦らすようにネクタイをはずした。
着乱れたシャツは、そのまま。
解いたネクタイも、向こうのベッドに投げる。
「・・・脱がないの?」
喘ぐように言った俺に、目を瞠った。
「ああ」
くつくつと笑って、俺の胸を撫でる。
「おまえには、このほうがよさそうだからな」
意味ありげにそう言って。
岩城さんはそろそろと身体をずらして、俺のペニスに手を添えた。
「あん・・・っ」
突然の刺激に、俺は歯を食いしばった。
岩城さんは構わず、勃起して濡れそぼったそれを擦り上げる。
緩急をつけて、執拗に。
「・・・んくっ・・・」
腰が、震えた。
手淫でここまで強烈な快感なんて、感じたことがないかもしれない。
「いわ・・・きっ・・・」
俺は喘いだ。
情けないことに、あっという間に達しそうだった。
さらさらの黒髪を揺らして、岩城さんが俺をしごく。
熱い息づかいが聞こえた。
―――上手い。
「上手すぎるよ・・・!」
俺は腕を伸ばして、すぐそこにある岩城さんの太腿を掴んだ。
「・・・っ」
反射的に、白い下肢が震えた。
指先に吸いつくような、しっとりした肌の感触。
―――たまんない・・・!
「んあぁ・・・っ!」
次の瞬間、俺はあっけなく暴発した。
腰から足の爪先まで、電流が走った感じ。
強烈な快感に、岩城さんを乗せたまま身体が跳ねた。
「・・・んっ・・・」
岩城さんの両手が包み込むように、迸る精液を受け止めた。
勢い余った飛沫が、彼の顔や首筋にかかる。
「ご・・・めっ・・・」
必死で息を整えながら、俺は言った。
指を伸ばして、岩城さんのシャツに飛んだ雫を拭い取る。
にやりと笑って、彼が俺の手首を捉えた。
「・・・え?」
目線は俺に向けたまま。
ゆっくりと舌を差し出して、俺の指先の精液を舐めてみせる。
「・・・っ!!」
―――ダメだ。
妖花の微笑。
くらくらとした目眩に襲われながら、俺は悟った。
―――この人は、危うすぎる・・・!



この人は麻薬だ。
そうとしか、もう言いようがない。
「岩城さん・・・っ」
獣みたいに呻いて、俺は跳ね起きた。
身体の上の岩城さんを引き摺り下ろし、手首を捉えてねじ伏せる。
暴走するリビドー。
ベッドカバーを剥がす余裕もない。
俺は牡の衝動に突き動かされるままに、獲物を再度、組み敷いた。
「んぁ・・・かっ・・・」
踊るように逃げを打つ岩城さん。
男の腰にしては、驚くほど線が細い。
すらりとした白い脚が、淡い照明に鈍く光る―――。
ズキン、と股間が疼いた。
―――達ったばっかり、なんだけど。
見なくたってわかる。
俺のペニスはあっという間に快復して、見境なくいきり立ってた。
相手が男だとか。
どうしてこういう状況になったのか、とか。
・・・考えなくちゃいけないことが、あるはずなのに。
俺は完全に、思考を放棄した。
岩城さんのシャツの裾から、無遠慮に手を差し入れる。
「はん・・・っ」
肌を粟立たせて、岩城さんが身体をくねらせる。
俺は夢中で、手触りのいい肢体を弄った。
陶器のようにつるん、と冷たく見えた肌。
触れると、そこから融け出すように熱い。
熱くて、なめらかで、いつまでも愛撫していたくなる―――。
「・・・んは・・・っ」
息を殺して、岩城さんが悶える。
「気持ち、い・・・っ」
火照った肌に誘われて、俺は岩城さんの両膝に手をかけた。
はっと、彼が息を呑む。
わずかな抵抗を封じて、俺はぐいっとほの白い太腿を開かせた。
容赦なく拡げて、股間を覗き込む。
「ば・・・っ」
岩城さんが、すっかり上気した顔を俺に向けて睨んだ。
拒むというより、羞恥に駆られた感じ。
「・・・っ」
セックスの興奮に頬を染めて、俺を見上げる岩城さん。
・・・堪らなかった。
きついまなざしは相変わらずだけど。
でも、優美にしかめられた眉が。
乾いた唇からちろりと覗く紅い舌が。
荒い、低い息遣いが。
匂い立つような、桜色の肌が。
すべてが、どうしようもなく蠱惑的だった。
すべてが、俺を翻弄する。
「なに・・・?」
俺の声は、みっともなく上擦ってた。
「・・・ったくは・・・だろっ・・・」
岩城さんの声も、すっかり掠れていた。
何を言ってるのか、わからないけど。
そのたしなめるような響きにすら、鳥肌が立ちそうだった。
俺は首を振って、ぐっと岩城さんにのしかかった。
そそる項に、むしゃぶりつく。
「・・・よせ・・・っ」
噛みつく勢いの俺に、慌てたように。
岩城さんは俺の背中に腕を廻して、宥めるように叩いた。
思いがけず、甘い抱擁。
俺は陶然と、その感覚に酔った。






藤乃めい
14 February 2007



2013年3月14日、サイト引越に伴い新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。