さしも知らじな  第六章 その7






「香藤・・・」
ため息のような響き。
岩城さんは相変わらず、テレビのほうを向いたままだった。
手のひらをずらして、セーターの下へ。
コットンのシャツに包まれた肌が熱い。
「・・・っ・・・」
半ば岩城さんを、後ろから抱えるような格好で。
俺はシャツのボタンを、ゆっくりと片手ではずした。
「おい・・・」
制止の言葉が甘く掠れた。
病人のくせに、とかすかに聞こえた気がする。
「もう元気になったよ―――」
岩城さんが、やさしいから。
胸のボタンをふたつはずして、俺は岩城さんの肌に触れた。
「・・・!」
俺の腕の中で、ひそやかに息を呑む岩城さん。
なめらかな肌が火照って、俺の指に吸いつくようだった。
じっくりと確かめるように、俺は彼の肌をまさぐった。
「・・・かと・・・」
上目遣いの瞳が、濡れたように光る。
たまらずに、俺は岩城さんの額に、瞼にキスを落とした。
小さく岩城さんが首を振るけど、それは拒絶じゃない感じだった。
「好きだよ・・・」
俺の指が、硬くしこった乳首を捉えた。
「んあぁ・・・っ」
甘い喘ぎ。
俺の下半身がドクリ、といきり立った。
もう一方の腕で岩城さんを抱き寄せ、俺の脚の間に引き入れた。
後ろからすっぽり、抱っこするみたいな姿勢。
相変わらず岩城さんは、視線をテレビからはずさない。
意地っ張りなのか、恥ずかしいだけなのか。
―――もうとっくに、映画どころじゃないはずだけど。
だってほら、俺の手のひらの下。
岩城さんの鼓動が、駆け出しているのがわかるから―――。



・・・許されている。
そう思うだけで、頭に血が上った。
眠気なんか吹っ飛んでた。
俺のペニスはもうはち切れそうで、ジーンズの中がじんじん痛んだ。
たぶんその硬い感触が、岩城さんの腰に伝わってるだろう。
ほっそりした下肢の緊張が、布越しにもはっきりわかった。
「・・・止めないの・・・?」
白い項に舌を這わせながら、俺は囁いた。
蕩けそうな熱い身体が、俺を誘惑する。
「んふぅ・・・っ」
岩城さんの身体が、ぞわりと震える。
―――火が点ったみたいに、熱い肌。
「俺、調子に乗っちゃうよ?」
「・・・ばかっ・・・」
それはもう、誘(いざな)いにしか聞こえなかった。
来て、と言われてるのと同じ。
まるで愛撫をねだるように、岩城さんは細い腰を揺らめかせる。
「岩城さん・・・」
耳を齧るように愛撫すると、背を仰け反らせて悶えた。
扇情的なその仕草に、俺は目眩がしそうだった。
俺はもう一度、後ろからセーターをたくしあげた。
「自分で持ってて?」
そう囁いて、岩城さんの手を取ってあてがう。
「・・・んっ・・・」
首を振るようにしながら、岩城さんは素直に従った。
震える指先が、セーターの端をぎゅっと握りしめる。
思いがけない従順。
言質は与えないくせに、身体はこんなふうに俺を煽る。
―――堪らないよ。
荒い息を必死で鎮めながら、俺は岩城さんのシャツを全部はだけた。



後ろから抱き込みながら、俺は両手ですべらかな胸を探った。
火照ったきれいな肌。
噛み殺された甘い吐息。
男の胸をまさぐって、こんなに興奮する自分。
立ちのぼる岩城さんのほのかな香華に、くらくらした。
岩城さんが欲しい。
有無を言わせず捕らえて、腕の中に閉じ込めて、封印してしまいたい。
大事にしたいという思いとは相容れない、灼けつくような欲望。
―――俺はホントに、狂ってるのかもしれない。



「風邪・・・」
かすれた低い声が、悩ましげに響いた。
「・・・ひいて、るんだろ・・・」
俺を制止するつもりで、言ってるのかもしれないけど。
それじゃ丸っきり、挑発してるのと一緒だよ―――。
「ん」
曖昧に頷いて、俺は岩城さんをしっかり抱え直した。
熱い身体。
ぷちんと勃ち上がった茱みたいな乳首を、指で摘まむ。
「だから、もう治ったって・・・」
しっとり指先に吸いつく、ひどく官能的な触感。
コリコリ、いやらしい音がしそうな感じ。
「それどころじゃ、ないもん」
「あぁんっ・・・はあっ」
絞り出すような声を上げて、岩城さんが身体を捩った。
・・・すっごい敏感なんだ。
「ここ弄られるの、好きなんだ?」
彼はきつく瞳を閉じたまま、何度も首を横に振る。
そんな仕草が妙に幼く見えて、俺はこっそり微笑した。
「うそばっかり―――」
耳を舐(ね)ぶる。
それから俺は彼の両の乳首を、親指で押し潰した。
「・・・ひぁんっ」
捏ねるように、何度も執拗に愛撫する。
つまみ上げ、くるりと回してから、爪先で引っ掻くように弾いた。
「やっ・・・あぁんっ・・・んはっ」
その度に、岩城さんの上肢がぴくぴくと跳ねた。
腰から飛び上がりそうな勢いで、必死で肩で息をついてる。
かすかに潤んだ瞳。
ぴりぴりと緊張した肌が、ほんのり桜色に染まってた。
「かとっ・・・」
汗と官能の混ざった妖艶な匂いは、いつかの夜を想起させた。
―――今の俺の原点みたいな、あの鮮烈な記憶。
「・・・すっごく感じてるね」
頭を俺の胸に擦りつけるようにして、岩城さんが身体を仰け反らせる。
「岩城さん、気持ちいいって言って?」
答えられないって言うみたいに、無意識に首を振る。
「ん・・・っ」
甘い甘い喘ぎが、俺をますます昂ぶらせる。
彼の答えはすべて、俺の手の中にあったけど。
「言ってよ、ね・・・?」
わき腹を撫でるようにして、俺は岩城さんの肌を擦った。
「ねえ」
「んくっ・・・」
目元を真っ赤に染めながら、唇を噛んで顔を背ける。
・・・こんなに、感じてるのに。
俺の腕の中で、こんな蠱惑的に乱れてるのに。
―――嫌がってるわけじゃないのにね。
俺のやってることも、岩城さんの享受してる悦楽も。



「じゃあ、こうして―――」
少し意地悪な気分で、俺は岩城さんのジーンズのジッパーを下ろした。
「・・・やめっ」
その途端、しなやかな指先が伸びてきて、俺の手を掴んだ。
四肢を強張らせて、俺の愛撫を押しのける。
「なんで?」
思いがけない抵抗に、俺は首を傾げた。
「・・・いいからっ・・・」
荒い吐息を懸命に鎮めながら、岩城さんが俺を見上げる。
泣きそうな眼差し。
「でも」
なんで、ともう一度問いかけて、俺は言葉を飲み込んだ。
―――もしかして・・・。
ふと、あの夜の会話が脳裏に甦った。
シャツを脱ぐのを、最後まで渋った岩城さん。
俺が、同性の身体を見て興ざめするといけないって、嗤ってた。
多分、ゲイではない俺を気遣っての言葉だったんだろう。
どこか自分の性癖を卑下するような、淋しい口ぶりで―――。
「・・・見せて、岩城さん」
強い口調で、俺ははっきり言った。
「香藤・・・」
「いいから。俺が、見たいんだ」
見上げる暝い瞳が、わずかに揺れる。
俺は構わず、岩城さんの手の甲をぽんぽんと叩いた。
「岩城さんの全部、見たいし、触りたいよ」
濡れた睫毛が、ゆっくりと瞬いた。
「―――好きな人の裸に興奮しない男なんて、いないでしょ?」
わざと軽くそう言って、俺は微笑した。
・・・ねえ、見せてよ、岩城さん。
岩城さん自身の意志で、俺に身体を拓いて―――。
「・・・」
岩城さんは、降参したみたいにため息をついた。
ためらう指先が、俺の望むとおりに、ジーンズから離れて行く。
逆らいません、という無言のジェスチャー。
「岩城さん・・・」
―――ああもう、本当に・・・!
こんな可愛い人が、世の中にいるなんて。
ぐったりと俺に全身を任せている岩城さんが、愛おしくて愛おしくて。
もう、たまらなかった。






藤乃めい
9 April 2007



2013年4月10日、サイト引越に伴い新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。