さしも知らじな  第九章 その1





岩城さんを引きずり込んで、俺は彼の部屋に入った。
乱暴にドアを閉めて、後ろ手に鍵をかける。
片方の手では、岩城さんの両手首を掴んだまま。
もどかしくてもどかしくて、気が狂いそうだった。



「・・・かっ・・・!」
強引な拘束から逃れようとして、岩城さんが低く喘ぐ。
「離せっ」
「なんで?」
「こんな、玄関先で・・・っ」
蹴飛ばす勢いで、靴を脱ぎ捨てる。
有無を言わさず抱き寄せて、俺はその白い項に噛みついた。
「んぁあっ・・・」
パサリ。
岩城さんが手にしていた上着が落ちる。
甘い悲鳴が、俺の飢えを煽った。
じっとり汗にまみれた肌が、ぴくぴくと震える。
むせ返るような匂い。
―――汗と、かすかな香料の。
暗闇の室内で、手探りに彼を抱きしめる。
熱く息づく細い身体。
「岩城さん・・・っ」
それだけで、俺はのぼせそうだった。
のしかかるように体重を預けて、岩城さんを壁に押しつける。
「んん・・・ばっ・・・」
ぐいっと俺の額を手のひらで押しやって、岩城さんがかすれた声を上げた。
「ちょっと、待て・・・ああっ」
問答無用で、俺は腰を密着させた。
ジーンズの中でじんじん疼いてるペニスを、岩城さんの下腹部にこすりつける。
何度も、布越しにグラインドさせる。
野獣みたいだと思ったけど、止まらなかった。
「・・・待てないって・・・っ」
俺の声も、いやらしく掠れてた。
「好きだ、マジ好き・・・岩城さん・・・っ!」
一日中閉め切られていたマンションは、むんと蒸し暑かった。
みっしりと重たい、生ぬるい空気。
俺の首筋を、つうっと汗が伝う。
暑さが、岩城さんの体臭が、俺をぼうっとさせる。
壁と自分の身体で岩城さんを押さえ込んで、がむしゃらにしがみついた。
「・・・香藤っ・・・」
悲鳴を上げて、岩城さんが身を捩る。
俺の強引な愛撫の手に、全身を震わせながら。
「やめ・・・っ」
拒む言葉を吐くくせに、岩城さんの声は甘い。
宙をさまよう手が、するりと俺の肩に絡まった。
「う・・・そっ・・・ばっか!」
俺は猛然と、岩城さんの唇を塞いだ。



しっとりと肌にまとわりつく白いシャツ。
俺は胸のボタンに噛みついて、そのまま引きちぎった。
邪魔なネクタイをむしり取り、ぽい、と放り出す。
「バカ、何を・・・!」
糸の切れる音に驚いて、岩城さんが俺を見返す。
「ごめん、俺、待てないっ」
言い訳にもならない言い訳をして、俺は岩城さんのシャツを剥ぎ取った。
「岩城さん・・・!」
ほの白い素肌が、目の前に現れる。
ぬめるような感触が、じっとり熱を発して俺の指に吸いついた。
―――も、たまんない・・・!!
ぷつりと勃ちあがった乳首に、俺は舌を這わせた。
「んああっ!」
コリコリした、固い感触。
それを何度も甘噛みして、舐めて、舐めまくった。
岩城さんを、高みに押し上げたくて。
片手で、他方の乳首を慰めながら。
空いているもうひとつの手で、熱い肌を縦横にまさぐった。
―――俺の、恋人。
俺の岩城さん。
俺だけのものだ、と脳内で繰り返した。
「ひあっ・・・か、かとっ」
身動きのできない狭い玄関先で、岩城さんは悲鳴を上げた。
いや、嬌声、か。
背中を仰け反らせようとして、それができなくて。
後頭部を壁にこすりつけながら、必死で喘ぎを噛み殺す。
「香藤、かと・・・んんっ」
「―――我慢、しないで・・・っ」
わき腹を支えながら、俺は言った。
「声、聞かせてよ!」
「冗談じゃ・・・あぁっ」
艶(なまめ)かしい声をあげて、岩城さんが俺の腕の中で身悶える。
黒髪を振り乱して、目を閉じて。
頬をわずかに紅潮させて、震えながら。
「あっ・・・んぅっ」
俺の愛撫に感じて、感じて、俺の名前を呼びながら。
「きれいだよ、岩城さん!」
俺のほうも、悲鳴みたいな切羽詰まった声しか出なかった。
ただ夢中で、俺は岩城さんの肌をまさぐった。
うす紅に上気した身体。
じっとり香る、官能的な匂い。
たまらなくて、俺は茱(ぐみ)みたいな乳首に噛みついた。
「―――ひいっ・・・!」
甲高い悲鳴が上がる。
俺の髪の毛の中に指を突っ込んで、岩城さんがいっそう仰け反る。
真っ赤に腫れた乳首が、唾液にぬらぬらと光っていた。
つるりと滑るそれを、俺は指で掴んで揉み込む。
「・・・いい、でしょっ・・・?」
岩城さんが首を振る。
けなげにつんと尖った乳首が、俺の指を悦んで震える。
俺はそれに応えて、指先にぎゅっと力を込めた。
「はう・・・っ」
押し潰して、引っ張って、そこをちろりと舐めて。
虐めのような容赦ない愛撫。
岩城さんはただ、俺に身を任せていた。
密着させた下半身越しに、彼の興奮が伝わる。
「い・・・達く・・・っ」
疾走する強烈な快感に、俺まで持っていかれそうだった。
「気持ち、いい・・・っ?」
「・・・やっ・・・」
甘えるような、強請るような声。
絶頂が近いことを知らせるように、岩城さんが何度も首を振る。
「かと・・・っ!」
壮絶な色香に、俺は目眩がしそうだった。
「いいよ・・・このまま、達って!!」
全身をくまなく弄って、俺の印を刻みつけて、鮮やかな岩城さんの官能を引き出す―――。
「あ、ああっ・・・」
岩城さんを壁に縫いとめて、ぐりぐりと腰を押しつけて。
ひときわ強く乳首を愛撫した、そのとき。
「や・・・かとぉっ・・・!!」
びくびくと身体中を震わせて、岩城さんが俺にしがみついた。
火照った肌を擦りつけるようにして、俺を強く抱きしめる。
「・・・岩城さん!・・・」
俺も喘ぎながら、全身で彼を抱きとめた。
「んん・・・!」
閉じられた岩城さんの瞼が、赤く染まって震えていた。
汗がするすると、背中を伝う。
「ふああ・・・っ」
一気に弛緩して、岩城さんが俺の胸にぐったり身を預けた。



荒い吐息。
甘い汗の匂い。
「達ったの、岩城さん―――」
口元を綻ばせて、俺は彼の股間に手を這わせた。
「・・・んんっ・・・」
恥ずかしいのか、岩城さんが腰をひねって俺を避ける。
逃げを打つというより、無意識のリアクションだろうけど。
「いいから」
薄いサマーウールのスラックス越しに、勃起を探る。
さっきまでの硬さは、そこにはなかった。
代わりに柔らかな熱が、ひっそり息づいている。
―――ふと、俺の指先に反応して。
岩城さんのペニスが再び、ゆっくり勃ちあがった。
それが愛おしくて、たまらない。
「岩城さん、可愛い・・・」
嬉しいよ、とやさしく囁いて。
彼の髪の毛をかきあげて、俺は汗まみれの額にキスを落とした。
宥めるようなキスを、何度か。
くすぐったそうに、岩城さんが肩を揺らす。
「なに・・・?」
「いや―――」
彼が落とした視線の先には、ぼってり紅い乳首が二つ。
噛み痕と、擦過傷が出来ていた。
「ごめん・・・っ」
俺はよほど、情けない顔をしたんだろう。
「いい、から」
荒い息を整えて、岩城さんが苦笑した。
「でも」
「気にするな。・・・嫌じゃ、なかったから」
消え入るようにそう言って、俺の胸に顔をうずめた。
「岩城さん・・・!」
鼓動が、早い。
・・・ちょっと恥ずかしそうなのが、たまらなく可愛い。
「おまえは、人を甘やかしすぎだ―――」
「嫌じゃないんでしょ・・・?」
俺は笑って、岩城さんの耳にキスをした。
ぺちょって濡れた音をさせて。
いたずらな舌先で、耳の中を愛撫する。
「こら」
「いや?」
「香藤・・・」
「いやなら言って。岩城さんの嫌なことは、しないよ」
とびっきりの誘い声で耳元にそう囁くと、岩城さんがふわりと目を開けた。
「バカ・・・」
睨みつける、その目元がほんのり色づいてる。
―――射精の余韻を引きずった、なんとも妖艶な表情。
「好きだよ、岩城さん」
じっとり汗の浮かんだ目元に、俺は唇を寄せた。
ぴちゃりと汗の雫を舐めて、目じりの皺を辿る。
こんな小さなラインですら、岩城さんは色っぽいから。
「大好きだよ」
ギンギンに勃起したままのペニスを、岩城さんの腰に擦りつけた。
ゆるやかに、グラインドさせる感じで。
「ばか」
あからさまな求愛に、どうしていいかわからないみたいに。
ため息半分で、岩城さんがつぶやいた。
「おまえは、ばかだ」
慰めるように、俺のクロッチを撫でる。
その穏やかな微笑に、俺は泣きそうになった。
岩城さんの言う「馬鹿」って、愛の言葉みたいだ―――。



☆ ☆ ☆



ようやく俺の抱擁から逃れて、岩城さんはエアコンをつけた。
吹きつける冷たい風に、俺はほっと息をついた。
「さすがに、暑いねー」
「ああ」
「ねえ、岩城さん」
甘えるように言って、俺は後ろから彼を抱き寄せた。
「こら、離せ―――」
俯いてぼそぼそ言いながら、岩城さんがするりと逃げ出す。
「汗臭いだろう。風呂が先だ」
「いいよそんなの、後で」
口を尖らせて、俺は岩城さんの肩を捕らえた。
ビクリ、とそれとわかるほど揺れる。
「・・・岩城さん?」
顔を覗きこむと、頬が赤い。
俺の視線を避けるように、わずかに腰を捩る。
「恥ずかしいの?」
「ばか・・・」
「あ、そっか」
俺はにっこり、笑ってみせた。
「気持ち悪いよね、ここ―――」
いたずらな指先で、岩城さんの股間をつついてみる。
・・・服を着たまま、下着の中で爆発しちゃったもんね。
「香藤!」
咎めるような視線で、岩城さんが俺を見返した。
「ごめんごめん。直接話法すぎ?」
「・・・」
びっくりしたみたいな赤い顔が、可愛い。
―――困った顔、ものすごくそそられる。
セックスには馴れてるくせに、シモネタは不得手なのか。
「かわいいね、岩城さん。食べちゃいたいくらい」
「・・・!」
食べちゃうかわりに、俺は岩城さんにキスをした。
ちょこんと、触れるだけの。
「キス、して?」
「え・・・」
「して。岩城さんから」
しなやかな身体を引き寄せて、俺の胸に抱き込んだ。
「ね?」
「バカ・・・」
岩城さんのきれいな指が、俺の頬を包み込んだ。
ゆっくりと、唇が塞がれる。
さっきのとは違う、長くて濃密なキス。
「んん・・・」
岩城さんの喉が鳴る。
鼻から抜けた甘い息が、犯罪的に色っぽい。
俺はゆっくりと岩城さんの身体をまさぐり、両手を下に這わせた。
ズボンに隠されたままの尻を掴んで、じわじわと揉んでみせた。
「・・・んっ・・・」
女の尻とはちがう、こりこりと硬い感触。
でもみっしりした肉の密度が、なぜかひどく卑猥な感じで。
俺は指先を伸ばして、双丘の間をなぞった。
つうっと、真っ直ぐにアヌスのあたりまで。
ここが欲しい、って。
ここを俺だけのものにしたいって。






藤乃めい
15 July 2007



2013年5月11日、サイト引越に伴い新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。