さしも知らじな  第九章 その5





どんな過去があるかなんて、関係ない。
いい歳の大人に、過去がないほうがおかしいだろう。
―――強がりでも言い訳でもなく、俺はそう思った。
岩城さんが何を知ってるかなんて、俺にはどうでもいい。
肝心なのは、今、愛しあうこと。
恋人をそっくり素のまま、受け止めること。
俺の願いはいつだって、シンプルだ。
好きだって気持ちを、目いっぱい表現する。
ただ、それだけでいい―――。



もう一度はじめから、愛し合いたい。
そんな気持ちで、俺は岩城さんをベッドに横たえた。
ほの暗い照明に映えるきれいな肌が、わずかにそそけ立っていた。
・・・緊張、してるんだね。
「香藤・・・」
「うん」
震える声に、俺は微笑を返した。
今まで見たことのない、岩城さんの表情。
俺は彼の手を取り、指を絡めてしっかり握りしめた。
甘々の仕草に照れて、岩城さんが視線を泳がせる。
―――この身体は、どのくらいの快楽を知ってるんだろう。
ふと、思う。
彼の身体の上を通り過ぎていった、数多(あまた)の男たち。
気にならないとは言わない。
嫉妬や憎悪がないって言ったら、嘘になる。
でも俺は、不思議と穏やかな気分だった。
岩城さんは今、俺の目の前にいる。
俺を信じて、まっすぐ信じようとして、全身を預けてくれている。
―――それが、すべて。
無防備な姿が、たまらなく愛おしい。
「好きだよ、岩城さん」
うっそりと囁いて、俺は岩城さんの額にキスを落とした。
戸惑いにひそめられた眉に。
うっすら紅の透ける瞼に。
上気したやわらかい頬に。
「ん・・・」
それから、ついばむような優しいキスを唇に。
扇情的なかたちの口を、ゆっくり塞いだ。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
深く、甘く、息を奪うように長く。
「・・・んっ・・・」
岩城さんが身じろぎをして、低く喘いだ。
冷えかけていた裸身が、再びほんのりと染まり始める。
「綺麗だよ」
にっこり笑って、俺は岩城さんに覆いかぶさった。
「ほんとに、綺麗―――」
熾き火を燃え立たせるように、俺は丹念に愛撫を加えた。
きれいな肩に。
すっきりした鎖骨に。
なめらかな胸に。
つん、とけなげに勃った乳首に。
「・・・ふっ・・・」
ひそやかに噛み殺された吐息。
指で、舌でなぞるだけで、ぴくぴくと震える身体。
なめらかな肌のすべてに、俺はくちづけた。
ほの白い肌に、鮮やかな赤い刻印。
俺のマーキング、かな。
「・・・ぅんっ・・・」
「もっと声出して、いいんだよ―――」
身体を重ねて、岩城さんの肌に両手を滑らせた。
岩城さんが甘く、熱く、とろとろに融けてしまうまで。



「・・・はんぁあっ・・・んっ・・・」
岩城さんの顔は、いつの間にか真っ赤に染まっていた。
ぎゅっと目を閉じたまま、ときおり思い出したように喘ぎを噛み殺して。
―――たぶん、ものすごく、恥ずかしいんだろう。
ひたすら奉仕されるって、自分がするより、ずっと照れくさい。
ただ愛されることに、慣れていない人だから。
それでも我慢して、じっと、俺の好きにさせてくれてる。
「・・・かと・・・っ」
掠れ声で、岩城さんが俺の名前を呼ぶ。
まるで助けを求めるみたいに、何度も、小さな声で。
「うん、ここにいるよ」
その度に俺は、彼にキスの雨を降らせた。
岩城さんの手を、しっかりと握り返しながら。
「好きだよ」
「うん・・・」
俺の言葉に、岩城さんがいちいち頷く。
その仕草がいたいけで切ない。
―――きっと、怖いよね。
心の中で、俺は岩城さんに語りかけた。
愛を信じるのは、とても勇気がいる。
自分を素直にさらけ出すのは、大人であればあるほど難しい。
岩城さんみたいな人なら、なおさらそうだと思う。
俺の言葉を信じて、無垢の心を差し出すのは、さぞかし怖いだろう。
傷ついたことがあるからこそ、人は臆病になる。
心を守るために、心を閉ざしてしまう。
俺はその、彼の鎧をこじ開けようとしている。
彼のいちばん柔らかい核心に、素手で触れようとしている。
―――怖くて、あたりまえだ。
それでも岩城さんは、俺を信じてくれた。
信じようとして、一生懸命に応えてくれてる。
愛おしくないわけがない・・・!
「・・・はんっ・・・」
甘い声が、俺をそそる。
震える肌が、俺のリビドーを煽り立てる。
「岩城さん・・・!」
汗の匂いが、俺を誘惑する。
俺は夢中で岩城さんにむしゃぶりついた。



「・・・はあぁっ・・・んぁあ・・・っ」
岩城さんの甘い嬌声が、深夜の寝室に響いていた。
―――熱を孕んだ、蠱惑のまなざし。
「かと・・・」
涙にゆらめいて、俺をうっとりと見上げる。
すべてを与えたい、と思う傍から。
奪いたくて奪いたくて、俺は気が狂いそうになる。
「・・・ひぁ・・・っ」
俺は身体をずらして、岩城さんの股間に顔を寄せた。
火照る太腿を左右に押し広げて、勃ち上がったペニスにキスをした。
「・・・いっ・・・!」
まるで、魚が跳ねるように。
岩城さんが腰を浮かせて仰け反る。
先走りのこぼれるペニスを、俺はキャンディーみたいに舐めた。
ぺろりと舌先で、先端をつつく。
「んっ・・・そこっ・・・か、かとぉ・・・っ」
背筋に電流が走ったみたいに、岩城さんが身を捩る。
甘い、甘すぎる悲鳴。
俺のバカ息子が、一気に反応した。
―――そそる、なんてもんじゃない。
勃起をビンビンに直撃する、妖艶な媚態。
鼻をくすぐる岩城さんの肌の匂い。
だいたい、今まで耐えられてたのが、奇跡みたいなもんだけど・・・!
「・・・ここ、いい?」
俺の声も、すっごい卑猥に掠れてた。
さんざん愛して、潤んでほころびたアヌス。
ふだんは慎ましいそこが、ぱっくりと口を開けていた。
―――どうしようもなく、いやらしい眺め。
欲しくて、欲しくて、喉が渇いてたまらない。
「ここに、俺が欲しい?」
収縮するアヌスに、俺は息を吹きかけた。
「・・・はんっ・・・」
低く喘ぎながら、岩城さんが何度も頷いた。
「かと・・・っ」
真っ赤に染まった目もと。
潤んだ瞳が、ぎりぎりの欲情に霞んでいた。
半開きの濡れた唇から、ちろり、と舌が覗く。
―――淫猥すぎるよ・・・!
俺はゴクリと、喉を鳴らした。
ひくつくアヌスにもう一度、そろりと指を差し込む。
そぼ濡れた肛内が、いやらしく疼くように。
さっきまでの快感を思い出させるように、そこを刺激した。
「・・・ひいっ・・・くっ・・・!」
悲鳴を上げながら、岩城さんは俺の首にしがみついた。
「すごい。締めつけてるね、ここ」
貪欲なアヌスが、異物の侵入に狂喜する。
もっともっと欲しいと、柔襞がはしたなく蠢いていた。
「可愛い・・・」
岩城さんの脚の間に座り込んで、俺は三本の指をねじ込んだ。
「・・・ふあぁんっ・・・!」
「こんなにもう、呑み込んでるよ」
ぐいっと奥まで、きつく抉るように弄り倒す。
「あ、あぁぁ・・・っ」
「ねえ、いい?」
彼の太腿が震えて、俺の身体に巻きついた。
じわりと、四本目の指を挿れる。
「こ・・・んなっ・・・やぁ・・・っ!」
熱い涙を降りこぼして、岩城さんがあられもない嬌声を上げる。
愛されて、ただ一方的に愛されて。
ひたすら快感ばかりを、与えられて。
どうしていいのかわからないみたいに、嗚咽を堪えていた。
「欲しい、岩城さん・・・?」
何度目だか、もうわからない台詞。
それでも、彼の言葉を聴きたかったから。
「・・・んん、ふあぁ・・・っ」
俺はひくつく肛内を摩り、こね回して、熱い内襞を引っ掻いた。
空いてる腕で、飛び跳ねる岩城さんの腰を押さえつける。
「欲し・・・っ・・・おまえ・・・の・・・っ!」
かすれた声でそう叫んで、岩城さんが俺を見据えた。
「―――早く、挿いって・・・来いっ・・・」
吐息が震える。
俺の肩を抱き寄せて、俺の耳元にキスをした。
夢中で俺を欲しがる岩城さん。
「うん」
俺はベッドに膝をついて、岩城さんを見下ろした。



視線を合わせたまま、俺は岩城さんの腰を抱えなおした。
「挿れるよ・・・!」
荒い吐息をついて、胸を泳がせて。
全身びっしりと汗をかいて。
桜色に上気した肌を震わせて、岩城さんは俺を乞うた。
俺が花を散らす瞬間を、待っていた。
「ああ・・・香藤・・・っ」
痛いほど膨れ上がったペニスの先。
俺は岩城さんの中心に、そいつをあてがった。
「岩城さん―――!」
渾身の力を込めて、俺は彼を貫いた。
「んぐっ・・・あぁ・・・んああっ・・・!!」
甘くほころびたアヌスを、ぶっとい銃身で一気に擦り上げる。
待ちわびた蹂躙。
岩城さんの肛内が、生き物のようにうねった。
甲高い悲鳴をあげて、彼は激しく身体を捩って悶えた。
「かと・・・ぁんん・・・かとぉ・・・!!」
「うっ・・・きつ・・・っ」
こぼれる嬌声に煽られて、俺は腰を叩きつけた。
ギリギリまで腰を引く。
アヌスにペニスを突き立てる。
前立腺を執拗に虐めながら、深い抽挿を繰り返す。
腰を抉って、ねっとり絡みつく柔襞を、俺はめちゃくちゃにかき回した。
「あ・・・熱い・・・っ」
岩城さんの中が、俺を取り込もうと蠢く。
ペニスを巻き込んで震える肛内。
じゅくじゅくと濡れているのを、リアルに感じる。
最奥まで犯されて悦ぶ身体が、俺の腕の中でしなやかに仰け反った。
「い・・・いい、岩城さんっ・・・?」
―――苛むように、切りつけるように。
きゅうきゅう締めつける熱いアヌス。
俺はリズムをつけて、震える襞を擦りたてた。
「・・・ひぅんっ・・・あっあっあぁ・・・っ」
この上なく淫らな声を上げて、岩城さんが俺に腰をこすりつける。
俺を欲しがって、完全に箍のはずれた姿を曝して。
極上の快感だけを求めて、涙をこぼす。
「いい・・・もぉっ・・・もっとぉ・・・!」
俺にしっかりとしがみついて、甘い声で先をねだる。
その腕の力強さに、俺はくらくらしそうになった。
「・・・ん、もうっ・・・」
全身、見事に桜色にそまった岩城さん。
無意識なんだろうけど、何度も何度も、乾いた唇を舐める。
すべてが強烈にエロティックで、俺は目眩がした―――。



☆ ☆ ☆



快感のためだけのセックスって、ありだと思ってた。
いちいちそこに愛を求めなくても、身体はちゃんと昂ぶるから。
抱きたい。
抱かれたい。
欲望に任せて、刹那に繋がる関係があってもいいと思う。
―――でも。
そこには何も生まれない。
ふたりで育んでいくものなんて、生まれようがない。
ひと時の快楽を共有して、それでお終い。
それじゃあ人は、永遠に孤独を抱えたままだ。
その虚しさに気づいてしまったら、もう独りでは生きていけない―――。



「・・・んふぅっ・・・」
紅潮した岩城さんの頬に、涙が伝っていた。
深く、彼の身体の中心で繋がったまま。
俺たちはぴったり、重なっていた。
火照った肌をかき抱いて、俺は囁いた。
「好き・・・だよ」
喘いじゃって、まともな声にならないけど。
官能にむせび泣いていた岩城さんが、うっすらと目を開けた。
長い睫毛に、涙のしずくが光る。
さっきからずっと、彼は泣きっぱなしだ。
「・・・かと・・・」
低い声は完全にざらついて、ほとんど吐息だけ。
「うん?」
岩城さんはゆっくり俺の頭を抱き寄せて、くすりと笑った。
頬に、我が儘な子供をあやすみたいな、小さなキスをくれる。
「いい気持ち・・・」
「そうか」
穏やかな、やさしいささやき。
セックスの真っ最中だなんて、思えないくらいの。
「・・・まだ、いい?」
ぐい、と腰をゆらめかせて、俺はお伺いをたてた。
「んっ・・・ああ・・・」
とろとろの内襞が、俺のペニスにやわやわと巻きついた。
―――岩城さんのここって、本当にヤバい。
アヌスの締めつけに、俺はさっきから翻弄されてばかりだ。
こんな強烈な快感、俺は知らない。
「岩城さんも、ちゃんと、気持ちいい?」
肩で息をしながら、彼はゆっくり頷いた。
「・・・おまえは、そればっかり聞く・・・」
ひょいと眉毛を上げて、俺は微笑した。
「そりゃ、気になるもん」
それから指先でそっと、岩城さんの涙を払った。
「なんでそんなに泣くのかな、とかね」
「・・・どうして、気になる?」
―――もう、また、そんなことを言う。
不思議そうに首を傾げる岩城さんの頬を、俺は手のひらでゆっくり撫でた。
「好きだからだよ」
岩城さんはのろのろと腕を伸ばして、俺の手を掴まえた。
「嫌われたくないから、だよ。・・・痛いのかな、ってさ」
そっと指を絡めて、掌を重ねる。
「辛い思いをさせてたら、どうしよう・・・って、思ってる」
俺は絡めた彼の指先に、ちょん、とキスをした。
「気持ちよくって泣いてるなら、嬉しいんだけどね」
「・・・」
まじまじと俺を見返す岩城さんに、俺は苦笑してみせた。
「わからないから、俺。だから、心配になるんだよ」
「馬鹿・・・」
「うん」
俺は大まじめに頷いた。
「―――教えて、岩城さんのこと」
「香藤・・・」
「もっともっと、知りたい。教えてほしい」
岩城さんの唇が戦慄く。
「ダメだってば、泣いちゃ」
宥める代わりに、俺は腰を小刻みに動かした。
「・・・バカ・・・んあっ」
ゆるやかな抽挿。
固いペニスが、岩城さんの内襞をやさしく刺激する。
「こら・・・香藤・・・っ」
いさめる岩城さんの唇に、俺は再度くちづけた。
「いや?」
「聞くな、バカ」
眉をひそめた岩城さんが、剥れ顔で文句を言う。
案外うれしそうで、何だか俺のほうが照れてしまうくらい。
「ふふ」
俺は笑って、岩城さんの乳首にキスを落とした。
「・・・!」
再開するよって、そんな合図のつもりで。
汗にぬめる太腿を掲げて、俺はじりじりと腰を引いた。
「行くよ・・・っ」
うねる肛内が、去っていくペニスを追いかけて蠢く。
「・・・あぅっ・・・そこっ・・・」
ぎゅうっと絞り込まれたアヌスを、俺は力任せに貫いた。
最奥まで、強引に捻じ込むように。
「んん・・・ふぁああっ・・・!!」
甘い悲鳴が、岩城さんの喉からほとばしった。
白い腕がするりと、俺の背中に回る。
飛び散る汗なのか、岩城さんの精液なのか。
ぬるぬる滑る下肢を、俺はしっかりと抱え上げた。
「んん・・・いっ・・・わきさん・・・っ!」
最高の高みを目指して、俺は勢いよくラストスパートをかけた。





藤乃めい
2 September 2007



2013年6月5日、サイト引越に伴い新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。