さしも知らじな  第十四章 その1




休 暇 申 請



「これ、お願いします。」
岩城が、部長席の前に立った。
差し出された休暇届を、菊地は少しの間眺めた。
「旅行か?」
「ええ。」
にこやかに笑う岩城に、菊地は口元を歪めた。
「あいつとか?」
「ええ、そうです。」
にっこりと笑うその左手に、指輪が光っていた。
最初に岩城が、その指輪を付けて出社して来た時の大騒ぎを思い出して、菊地はふと、息を漏らして、机の引き出しを開け、印鑑を取り出した。
「あいつ、馬鹿なこと言うんですよ。」
「え?」
「新婚旅行だって。ほんとに馬鹿ですよね。」
それを唖然として見上げた菊地は、岩城に促されて、休暇申請届けに印を押した。
「お前も、相当馬鹿になったな。」
「え?そうですか?」
目を見開いて見返す岩城に、菊地は嘆息を隠して笑った。
「お前、変わったよな。」
「そんなことはないと思いますが?」
「いい顔になった。みんなそう言ってるぞ。」
岩城は、にこ、と笑って、ペコリ、と頭を下げた。
「幸せそうだ。俺も、見たことがなかったな、そういう顔は。」
「ありがとうございます。」
届けを受け取って、岩城はもう一度頭を下げた。





2007年11月6日



2013年8月10日、サイト引越に伴い新サイト(新URL)に再掲載。初掲載時の原稿を若干加筆・修正しています。
次の場面との繋ぎに、Lovesymbolの弓さんが即興でこんなSSを書いてくれました。岩城さん、いつの間にか開き直って超絶最強天然キャラに・・・(汗)。ここまで来ると、どうにも部長殿がお気の毒です。