第一話 (後編)



「あのな・・・。」
「うん?」
「・・・我慢、出来るか?」
え、と香藤は岩城の顔を見返した。
困った様な笑顔を浮かべると、岩城が口を開いた。
「お前が、産まれるまで何ヶ月も、我慢できるとは思えないし。もう、俺にわからないように、辛そうに溜息ついてるしな。」
「やだなァ、ばれてた?でも、仕方ないじゃない。」
「うん。」
岩城は、少し視線を落として躊躇っていた。
「あのな、香藤。」
顔を上げて岩城は、意を決したように、香藤を見つめた。
「してやろうか?」
「はっ?」
「だから、その、口でしてやろうか、って言ったんだ。」
ぱちくりと目を瞬かせて、香藤は岩城を見返した。
思い切り、目元を染めて岩城は、その視線を受け止めた。
「そっ・・・それって・・・。」
香藤は思わず、真っ赤な顔で言い募る岩城を見つめた。
「で、でもっ・・・いつもして貰ってて、俺はしたことがないから・・・」
岩城はニヤニヤと笑う香藤に気付いて、むっとして黙り込んだ。
「それで?」
「それでって・・・笑うな。」
「うん、ごめん。してくれるの?」
香藤は嬉しそうに岩城を抱きしめた。
「ありがと。」
「・・・下手だぞ、きっと。」
「いいよ。それより、平気?出来る?」
「で、出来る。それくらい。」
くすくすと笑う香藤に、岩城はますます顔を赤くして、その腕から逃れようとした。
「ごめん、ごめん。」
「お前、馬鹿にしてるだろ?」
「違うよ!嬉しいの!そんなとこまで、負けず嫌いにならなくてもいいのに。」
「そういう訳じゃない。」
「じゃ、して?」
香藤は起き上がると、岩城に両手を伸ばした。
その手を取って、岩城も身体を起こした。
香藤がゆっくりと唇を近づけ、岩城はそれを唇を開いて受け止めた。



「・・・んっ・・・」
普段の口付けとは違う、明らかに官能を呼び覚まそうとする香藤に、岩城はその胸を叩いた。
「ダメだ。」
「なんで?」
「これ以上は、俺がしたくなるから。」
「したくなっちゃ、まずいの?」
こくり、と頷く岩城に、香藤は肩を竦めた。
岩城は香藤の小袖の裾を捲り、その間に座り込んだ。
そっと、香藤の茎を握り込み、やわやわと摩った。
「・・・う・・・」
香藤が熱い息をつくのを見て、岩城は香藤の股間に蹲ると、躊躇いがちにゆっくりとそれを口に含んだ。
「・・・んっ・・・」
岩城の鼻から息が漏れる。
両手で愛しげにそれを支え、舌を這わせる岩城の髪を、香藤が優しく撫でていた。
「岩城さん・・・。」
香藤の手が、岩城の小袖の裾に潜り込んだ。
茎を握りこんだ香藤の手を、岩城は香藤のものから口を離してはたいた。
「いてっ・・・なんで?してあげようとしただけじゃん?」
「触るな。俺はいいから。」
「だから、なんで?」
「お前に触られると、我慢が出来なくなるから。」
「我慢しなくていいじゃん。」
「そうじゃなくて。」
岩城は、苦笑して香藤を見返した。
「まずいんだ。子供に影響が出るから、挿れるわけにいかない。」
「挿れなきゃいいんじゃないの?」
「だから!」
岩城が、真っ赤になって叫んだ。
「わからない奴だな!挿れて欲しくなるから、触るなっていうんだ!」
香藤は、その岩城の顔を呆然として見つめ、はっとして口ごもる岩城を、蕩けるような笑顔で見返した。
「わかったよ、岩城さん。」
真っ赤なまま顔を顰める岩城に、香藤は手を差し伸べた。
「ね、続き、して?」
岩城は赤い顔で頷くと、再び香藤の股間に顔を埋めた。
「・・・ふぅっ・・・」
両手を後について、香藤は岩城の奉仕を受けていた。
拙いその舌の動きに、香藤の茎ははち切れそうになっていた。
「上手だよ、岩城さん。」
「嘘つけ。」
くぐもった岩城の返事に、香藤はくすりと笑った。
「ほんとだよ。岩城さんがやってくれてるってだけで、俺、いっちゃいそうだもん。」
「馬鹿。」
「・・・あっ・・・くっ・・・」
褥に背をつけ、香藤は軽く仰け反った。
「ありがと、岩城さん。」
咥内に迸った香藤の精を飲み込みそこねて、岩城は咽て咳き込んだ。
「大丈夫?無理しなくていいのに。」
眦に涙を浮かべて、けほけほと咽る岩城の背を香藤は優しく撫で摩った。
「お前だって、いつもそうしてるだろ?」
「そうだね。それが当然って思ってるからさ。」
香藤は岩城を抱きしめると、浮んだ涙を指で拭い、身体を入れ替えて褥に横たえた。
枕元の瓶子から、水を汲むと湯呑を岩城に差し出した。
「すまん。やっぱり、下手だな俺は。」
起き上がり、その湯呑を受け取って岩城はぽつり、と零した。
まるで包み込むような微笑を浮かべて、香藤は岩城を見つめていた。
「いいよ、そんなの。」
岩城は恥ずかしげに、微笑む香藤の首に腕を回すと、そっと唇に触れた。
「一回でいいのか?」
「ん〜〜・・・じゃ、もう一回。」
くすっと、岩城は笑って頷いた。







内裏に出仕した岩城は、陰陽寮で次の年の暦を作っていた。
完成をみたので、それを帝に納める為、御前に侍った。
それを近習から受け取った帝は、いきなり近習を下がらせ、岩城に直接声をかけた。
「御息所、そろそろ宿下がりをせねばならぬのではないか?」
「は?!」
驚く岩城に、帝は声を上げて笑った。
「洋二殿から聞いている。大事にしてたもれ。」
愕然として岩城は頭を下げるのも忘れ、御簾越しに帝を見つめた。
はっとして、平伏しようとする岩城を、帝が制した。
「身体を折らぬでもよい。腹の子に悪い。」
「お、お上・・・。」
うろたえる岩城に、帝が面白げな声を出した。
「身は、喜んでおる。心配せぬでもよい。良い子をな。」
「・・・恐れ入りまする。」
陰陽寮に戻った岩城は、病平癒と偽って休みを取った。



「お、三位殿。」
内裏の廊下で、香藤は源頼光に呼び止められた。
「あ、頼光殿!」
明るい笑顔で、香藤は頼光を振り返った。
「岩城殿のお加減は、いかがですか?病、と伺ったが?」
その言葉とはまったく逆の笑顔で、頼光が尋ねた。
す、と頼光は香藤の耳に口を寄せた。
「茨木から聞いたが、悪阻があるようだが?」
香藤もまた、笑顔のまま頷いた。
「大丈夫です。ちょっと、困ってるけど。」
「と、言うと?」
「無頓着なんですよ、岩城さん。自分の身体なのに。」
「なまじ力があると、生身の身体のことは忘れるものかな?」
頼光と香藤は、顔を見合わせて笑った。
そこへ、廊下の角を曲がって殿上人があわられると、二人は取って付けたような真面目な顔で、挨拶を交わし通り過ぎた。



「大変だよぉ。」
言葉とは裏腹に、にこにこと笑いながら香藤は帰ってくるなり、口を開いた。
「何が大変なんだ?」
「岩城さんが病で休んでるから、みんなが心配してさ。会う人ごとに聞かれるんだよ。」
岩城の隣に座りながら、香藤はその肩をそっと抱き寄せた。
「ごまかすのが、大変。理由、言えないしさ。一応、真顔でいなきゃいけないし。苦労してるよ。」
香藤の顔を見ながら岩城も笑い声を上げた。
「にやけた顔をするわけには、いかないだろうからな。」
「そうだよ。岩城さんが病気だってのに、不謹慎だって思われちゃうからね。」
そこへ、佐和が慌ててやってきた。
「どうしたの?」
「親王様のお出ででございます!」
「えっ?!」
腰を浮かした二人に、
「かまうな、かまうな。」
と、声をかけて香藤の父、克明親王が、ずかずかと部屋へ入ってきた。
「親父!いきなり来るなよ!」
「堅苦しいことを言うな。忙しくて時間が取れん。来れるときに来ないとな。」
「まったく、毎回、突然なんだから。」
「うるさいわ。こんな目出度いことは、他にはあるまい。」
座り込んだ親王に、香藤は肩で溜息をついて、岩城を促した。
「・・・目立たんの?」
親王が小首をかしげて、岩城の腹を見つめた。
その視線に、岩城は頬を染めてそっと両袖で前を隠した。
「当り前だろ。人じゃないんだから。」
香藤のその言葉に、岩城はぎょっとして二人を交互に見つめた。
「そうだったの。」
「言っただろ。」
二人の何も感じていないような笑顔の会話に、岩城は言葉を失って目を見開いていた。
「人の姿でなくなれば、わかるのか?」
「わかるよ。」
「ほぉ。で、今、どれくらいじゃ?」
「どれくらいって・・・。」
香藤は左隣に少し下がって座る岩城を振り返った。
「どれくらいだっけ?」
「は・・・五つ月でござりまする。」
親王はにっこりと笑って、頷いた。
「そうか。それは大事に致さねばならぬ時じゃな。それにちょうどよかった。」
傍らに置いてあった包みを、自ら手繰り寄せると、その中から別の包みを取り出して、親王は香藤に差し出した。
「腹帯じゃ。そなたの母が用意した。着けてやってくれるかな?」
「え?お袋が?」
香藤はそれを受け取り、嬉しそうに笑った。
「岩城さん、はい。」
身体ごと岩城を振り返り、香藤は岩城の膝の上にそれを置いた。
岩城は黙って俯いたまま、その包みを見つめていた。
「どしたの?」
香藤が岩城の肩に手を置いた。
ビクッと顔を上げた岩城の頬に、伝わる雫を見て、香藤は優しく微笑んだ。
「申し訳・・・」
「謝ることなどあるまい。喜んでもろうて、嬉しいぞ。」
親王が、温かい笑顔で頷いた。
香藤が岩城の肩を抱き寄せた。
腹帯を抱きしめたまま、岩城はその胸に顔を伏せ、しばらく肩を震わせていた。



「・・・なんともはや・・・。」
「いかがした?」
滝夜叉が、廊下の端で香藤の胸に顔を埋める岩城を見つめて、嘆息していた。
佐和がその隣に立ち、滝夜叉を振り返った。
「情けない、と言うて良いものやら迷うが・・・統領がの。」
「致し方もあるまいよ。お子が出来たのじゃ。」
「親王殿も、よくぞ。」
滝夜叉がそう言って、笑った。
「人のわりには、豪胆なお方よ。」
「三位殿の父御じゃもの。」
二人は、忍び笑いをこぼしながら、顔を見合わせ頷いた。



ほっと、息を吐き、岩城が褥に横たわった。
「大丈夫?」
「・・・ああ。」
微笑んで頷く岩城を、香藤はそっと抱きかかえた。
「親父が来て、気疲れしたでしょ?」
「いや、嬉しかった。」
「そう?親父、やたら色んなもの、持ってきてたね。」
岩城の私室の隣に、山のような贈り物が置かれていた。
晴れやかな顔で頷いて、岩城は香藤の胸に頬をつけた。
「岩城さん、人型、疲れない?」
「ん?・・・いいのか?」
「いいよ。」
ゆっくりと、香藤の腕の中で、岩城の身体から淡い光が発した。
香藤が目を細めて、その岩城を見下ろした。
白金の髪と、赤い瞳。
九本の尾が、褥からはみ出ていた。
照れくさそうに、香藤の目から、岩城は腹を小袖で隠した。
香藤は、夜具で岩城の身体を覆うと、額に唇をあてた。
「おやすみ、岩城さん。」
「うん。」
「明日、腹帯してあげる。」
香藤がそう囁いた。
岩城は、顔を上げて首を振った。
「ダメだ。」
「なんでさ?」
「明日は、犬の日じゃない。」
「へ?」
岩城は、呆れて溜息をついた。
「それくらい、知らないでどうする?父親になるくせに。」
「・・・ごめ〜ん。」
屋敷の闇の者達の、くすくす笑いを聞きながら、岩城は再び溜息をついた。
「これで子供が生まれたら、どうなるんだろうな。」
「あれ?俺いい父親になると思うけどな?」
あっけらかんとした顔に、たまらず岩城は笑い声を上げた。





2006年2月5日




サイト引越に伴い2012年12月12日に再掲載。