第二話 (前編)



「お上のお呼びにござりまする。」
「おお、わかった。」
陰陽寮。
それを仕切る賀茂保憲が、お上に呼ばれ御前に侍った。
近習を下がらせ、保憲を近くへ呼び、帝は御簾の近くまで膝を進めた。
「保憲、洋二殿の御息所はそろそろではないのか?」
「左様にござりまする。もう、月満つる頃かと。」
「仕度は調うておるのか?」
「はい。つつが無く。」
ほっと安堵のため息を吐く帝に、保憲はわからぬようにくすり、と笑った。
「他には、漏れてはおらぬな?」
「はい。ご心配には及びませぬ。」
「そうか。御息所がこと、頼みおるぞ。」



「って、わけさ。」
保憲が、そう言って笑った。
「加持祈祷、ったって、お前にやってもなあ。」
呵呵と笑い声を上げる保憲に、岩城は苦笑して頷いた。
「だいたい、産前産後は物の怪が現れ、鬼が取り付きやすいゆえに、加持祈祷を行うとなっておるが、お前、その鬼を使役にしておるのにな。」
「意味、ないですよね。」
香藤がそう言って頷いた。
「だろう? お上はお前のことを知っておいでだが、どこか抜けてるんだ。」
「ほんと。」
二人の、笑顔の傍若無人な物言いに、岩城一人が顔をしかめていた。
「ま、言われたとおりにするさ。」
保憲の言葉に、岩城は首を振った。
「いりませんよ、加持祈祷なんて。」
「そうだけどな。真似事だけでもせぬと、俺の首が危うい。」
「人のように、出産するわけじゃありませんからね。」
「ほ? そうなのか?」
「当り前です。」
保憲は組んだ腕から片手を上げて、顎をかいた。
「ふむ。それは興味あるな。後学のために、見学させてもらおうかな?」
「じょ・・・。」
「ダメ!!」
冗談じゃない、と岩城が言い終わる前に、香藤の声が上がった。
「ダメですよ、そんなの! 俺だって、外で待ってろって言われてるのに!」
「外で? それはまた・・・では、産婆は?」
「私が致しまする。」
佐和が、膳を持って現れた。
「おお、佐和か。なら、心配要らぬな。」
「母御前も、おいで下されまするゆえ。」
「母者が?」
にっこり笑って頷く佐和に、岩城は思い切り苦笑した。







いよいよ、産み月が来て岩城邸は慌しい様子を見せていた。
門扉は堅く閉じられ、内の様子は表からは窺い知れない。
岩城の私室から、普段置いてあるものが全て運び出され、白木の御帳台、白綾面の屏風、白の几帳、白綾縁の畳、という白ずくめの装飾に替えられた。
常ならば、四方柱が組まれ、修験者などが側に侍して加持祈祷を行うところだが、保憲がそれを一人で行うこととして、ぶらり、と岩城邸を訪れた。
「お、三位殿。」
「保憲殿。」
にこにこと、香藤は保憲を迎えた。
「ここに来る前に、内裏に寄ってきた。」
「どうでした?」
「いや、うるさいのなんの。しつこいくらいに、お上に念を押された。」
声を上げて笑う香藤に、保憲が頷いた。
「俺だけでは、心配らしい。」
そう言って、ニヤリとする保憲に、香藤は片手を振った。
「お上は、誰が産むのかわかってないような気がしますね。」
「まったくだな。本来、必要ないんだからな。」



「で、座産するのか?」
まだ狩衣を着たまま座っている岩城を、しげしげと眺めながら、そう言って首をひねった。
「いいえ。人とは違うと言ったでしょうに。」
この時代、出産は上半身を起こして前後の介添人に助けられ、座ったままの姿勢で出産する、いわゆる座産であった。
岩城は、苦笑しながら首を振った。
「へぇ・・・それにしても、腹は出ておらんな。胸もだ。」
「だから、人ではありませんと申し上げております。」
「そうか。不思議なものだな。」
香藤は、岩城の憮然とした顔に、噴出した。
「胸なんて・・・あったら怖いよ。」
「どうしてだ? 乳はどうするんだ? 初乳は?」
「乳母がおりますから。」
こともなげに答える香藤に、岩城も保憲も、驚いて振り返った。
「いったい、いつの間に探したんだ?」
「いつの間に、って、洋子だよ。」
「ああ!」
岩城が、はたと膝を打った。
「そうか。もうすぐ生まれると言っていたな。」
「洋子殿?妹君のか?」
保憲が香藤のほうへ身体を回した。
「そうです。」
香藤は、そう言ってにっこりと笑った。
「あれも子が生まれますので、丁度よくて。頼みました。」
「それはよかった。心配していたのでな。」
保憲の言葉に、香藤は笑って頷いた。
「ありがとうございます。岩城さん、あっちの身体でも胸は膨らんでませんからね。」
「こ、こら! 余計なことは言わなくていい!」
ゴツン、と香藤の頭に拳骨を当てて、岩城は真っ赤になった。
「ごめん、ごめん。」
あはは、と香藤は笑い声を上げた。
「ふむ。」
笑い返しながら、保憲は岩城を見つめた。
「親父殿から聞いていたからな。お前は、男子の部分が大半だと。それでも、子を生せるとは、よほど念が強かったものらしい。」
「念?」
香藤が首を傾げた。
「うむ。」
「保憲殿。」
岩城が、困ったような声を発した。
香藤はその声に、はっとして岩城を見つめた。
「人、というのは望まなくても子が出来るからな。」
香藤は、保憲の言葉に黙って頷いた。
保憲は、産まれそうになったら連絡を、と言いおいて帰っていった。



「香藤・・・。」
岩城が褥の中から、香藤を呼んだ。
「なに?」
着替えて戻ってきた香藤は、その褥の中に潜り込み、肘をついて岩城の顔を上から見つめた。
岩城は、黙ったまま香藤の寝巻きの中へ片手を差し込んだ。
「岩城さん?!」
起き上がり、握りこんだ香藤の茎に岩城は、軽く唇をつけた。
「いいよ、岩城さん! 屈んだら、ダメだって!」
「大丈夫だ、この姿なら。」
黒々とした髪を背に流した岩城。
濡れた黒曜石のような瞳に、笑みが浮んだ。
岩城は両手で茎を挟み、ゆっくりと、舌を這わせた。
「岩城さん、俺ならいいから。」
「いいさ。口でしてやるのは、今日が最後だ。」
「え?!」
「・・・明日、産まれる。」
「ほんと?」
香藤は肘をつき、上半身を上げて岩城の顔を覗き込んだ。
「ああ。すまなかったな、一年近くも。口だけじゃ、物足りなかっただろう?」
「そんなことないよ!」
「そうか?」
「うん。岩城さん、上手いし。」
「馬鹿。」
頬を染めて、岩城は香藤の茎を舐め上げた。
「んっ!」
香藤は、上げた身体を再び褥に横たえた。
「岩城さんのほうこそ、大丈夫? してあげようか?」
「いらん。」
「どうして? 岩城さん、この一年全然してないじゃん? いつもやってあげるって言ってんのに、いらないって言ってばっかりでさ。平気?」
「平気じゃないが。下手に触られると、余計困る。」
「へ?」
香藤は首だけ下に向けて、岩城を見つめた。
岩城は、香藤の茎から唇を離すと、床に手をついて香藤の顔まで近付いた。
そっと、唇を重ねると、困ったように微笑んだ。
「お前に触られると、挿れて欲しくなるから・・・だから、俺のことはいい。」
「岩城さん・・・。」
「前にも、そう言っただろ? それに、今日が最後だからな。」
「産まれてすぐに、出来るわけじゃないでしょ?」
「まぁ、そうだが・・・でも、それくらいは我慢できる。」
岩城はそう言って、香藤の上に身体を重ねると、啄ばむように唇を重ねた。
「ありがと、岩城さん。」
「なに言ってんだ。」
香藤の両脚の間に身体を入れると、岩城はその茎に舌を這わせた。
握りこんだ両手で、ゆっくりと刺激を加え、先端を口に含み吸い上げた。
「・・・う・・・。」
熱い口腔内で香藤は昂ぶり、強かに吐き出したモノを、岩城はそのまま飲み下した。
「はぁ〜〜〜〜・・・。」
「大丈夫か?」
「堪んない。上手すぎんだよ、岩城さんは。」
「お前が教えたんだろうに。」
くすり、と岩城は笑った。
「そうかもしんないけど〜〜。」
「もう一回、するか?」
岩城が首を傾げるように、香藤を見下ろした。
ぺろり、と自分の唇についた香藤の精を舐める岩城の顔を、香藤は眉をしかめて見つめた。
「どうした?」
「そういう顔、しないでくれる? 挿れたくなるから。」
「は? どんな顔だっていうんだ?」
「・・・もう・・・自覚してよ。」
わけがわからず、岩城は香藤を見つめた。
目を細めると、香藤がその腕の中に岩城を抱きこんだ。
「いつになったら、大丈夫になるの?」
「産まれてからじゃないと、わからん。」
「なに、それぇ〜〜〜・・・」
「仕方ないだろう?」
「岩城さんは我慢できるのかもしれないけど、俺は無理。」
岩城は香藤の胸に頬をつけて、呆れたように溜息をついた。





つづく




サイト引越に伴い2012年12月13日に再掲載。