December Love 04




「英弓のすべてが、欲しいんだよ・・・」



飢えた男の声。
生々しい欲望のありのままを隠そうともしない、苦しげな吐息。
熱いささやきに、黒川は絡めとられた。
そのまま、もう一度ベッドに押し倒される。
「・・・ああ・・・っ」
再開されるせわしない愛撫。
火照った身体をまさぐる、大きな掌の感触。
狂おしいキスの嵐に、黒川は翻弄された。
「んああぁ・・・んんっ」
昂ぶっていた性器を再び弄られ、黒川が嬌声をあげた。
快感を如実に伝える、とろけるような響き。
「え・・・っ」
自分の出した声の甘さに呆然として、黒川は瞼をしばたかせて保坂を見上げた。
困ったような、ゆらめく瞳。
「弓ちゃん・・・」
保坂の精悍な顔に、じわりと甘い微笑が広がった。
くすぐるように、長い指が黒川の乳首を揉みこんだ。
女の乳房を愛撫するような、確かな意図を持った執拗さで。
「ふぅんっ・・・!」
頬を染めて、黒川が身体を大きく震わせた。
「・・・わかる、弓ちゃん?」
涙を浮かべた黒目がちの瞳が、保坂の声にピクリと反応した。
「ここで、感じてるんだよ」
ささやきながら、保坂はもう一度、固くしこった乳首を爪先で刺激する。
「・・・んはっ」
熱い息を吐いて、黒川は身をよじらせた。
保坂はくすりと笑って、ざくろ色の突起に舌を這わせた。
「こんなの・・・っ」
じんじんと疼きはじめた乳首をねぶられ、噛まれ、こすり上げられて。
その間ずっと、先走りのこぼれ落ちる性器を、荒々しくしごきあげられて―――。
「うそ・・・っ」
裸身がほの紅く染まり、痙攣した。
黒川はぎゅっと目を瞑って、シーツを掴む手に力を込めた。
歯を食いしばって、喘ぎ声をかみ殺す。
「弓ちゃん、声を・・・」
低くささやかれて、黒川は無我夢中で首を横に振った。
「じょ・・・っだん!」
軽く仰け反り、肌を震わせながら。
頬を染めて、黒川は保坂を睨みあげた。
「意地が、悪いって・・・っ」
保坂は笑って、大きな手を黒川の腰に滑らせた。
思いがけないくらい線の細い腰が、快感に耐えかねて揺れていた。
「BLの仕事だったら、いっくらでも色っぽく喘ぐくせにねえ・・・」
ゆっくりと身体をずらし、再度、震える膝に手をかける。
黒川は、ついと顔を背けた。



「・・・んくっ・・・」
火照る身体を、無意識のうちに強張らせながら。
黒川はそれでも深く息を吐いて、男の手を迎え入れた。
大きな、温かな手のひら。
逃げ出したい衝動と必死で戦って―――黒川の顔は、真っ赤だったけれど。
「・・・うれしいよ、弓ちゃん」
のろのろと抵抗なく開いた太腿の内側に、保坂はゆっくりと指を這わせた。
「あ・・・っ」
黒川が息を呑む。
柔肌がふるえ、立てた膝がガクガクと揺れた。
「英弓・・・」
くすぐるように指がすべり、固く閉ざされた後孔に、やんわりと触れる。
「あふっ・・・」
指がトントンとノックする感触に、黒川の下肢がきゅっとこわばった。
「ここに、入れてくれるんでしょ・・・?」
そわりと、黒川が腰を揺らめかせた。
「いいんだよね?」
保坂の息が、荒くなった。
固く目を閉じたまま、顔をそむけて―――。
黒川は小さく頷いた。



熱い手が去っていく感覚と、カチリ、と小さな音。
「・・・?」
おずおずと視線をめぐらせた黒川は、保坂の手にある小さな容器に目を瞠った。
ピンクのボトルに入ったラブ・ジェリー。
とろりと透明の液体が、ほのかな灯りにきらめく。
それがぬめって光りながら、保坂の長い指に絡まった。
「うわ・・・」
とても正視できずに―――黒川は思わず、首を振った。
「笑えないだろ・・・」
かすれた声に、保坂が反応する。
「・・・ドラマの世界みたいに、都合よくはいかないからね」
やさしい声。
保坂の真剣な瞳に、黒川は言葉につまった。
「弓ちゃん、初めてだし。・・・痛い思いは、させたくないんだ」
「・・・!」
その言葉には、揶揄のひとつも感じられなかったが。
黒川は悄然とつぶやいた。
「・・・ずいぶん、手馴れてるじゃないか」
不満そうな声に、保坂は小さく笑った。
「やきもちは嬉しいけど。俺も男を抱くのは、弓ちゃんがはじめてだよ?」
「・・・ふうん」
いかにも信じていない、そんな声を出した黒川に、保坂は笑いかけた。
のそりと身体を伸ばして黒川に覆いかぶさり、紅潮した頬にちょんとキスをする。
「そんな顔、するとね」
「?」
「俺の理性が、ぶち切れるよ」
「・・・ばか」
ニヤリと笑って、保坂はもう一度、黒川の内腿に手をかけた。
「弓ちゃん、脚、開いて」
ブルリ、と身体を震わせてから。
黒川は脚を投げ出して、観念したように目を閉じた。
好きにしろ、と言わんばかりに―――。



くすり、ともう一度笑ってから。
保坂は濡れた指先で、黒川の後孔に触れた。
横たわるしなやかな身体が、反射的にビクリと震える。
「息を、吐いて・・・」
ささやきながら―――保坂が指を一本、震える秘孔にねじ込んだ。
「あう・・・っ」
異物感に、黒川が眉をしかめる。
中の熱さを、確かめながら。
保坂は指をズルリとめり込ませ、黒川の奥まで侵入した。
「ひあ・・・っ!」
「・・・息、弓ちゃん!」
ぎっちりくわえ込んだ柔襞をなだめるように。
保坂が、ゆるゆるとリズムをつけて指を動かし始める。
「奥まで入ったの、わかる?」
耳をねぶるような、甘いささやき。
上半身を捻じらせて、黒川は小さく頷いた。
指から削げ落ちたローションが、後孔の周りでヌチャリ、ネチャリと粘着質の音をたてた。
「ふ・・・んっ」
黒川の肌が、どうしようもなく粟立った。
あまりにリアルな、犯される感触―――。
黒川は大きく胸を上下させ、首を振った。
「條・・・!」
喉から絞り出された切迫した声に、保坂が指の動きを止めた。
「痛い?」
「いや・・・」
額にびっしりと汗を浮かべて、黒川は、ぼうっと保坂を見つめた。



保坂條一郎。
クールな個人主義者で、めったに人を寄せつけない。
だけど心のうちには熱い奔流があることを、いつだったか、思いがけず垣間見せた。
意外なほどストレートな告白に驚愕したのは、何年前のことだろう。
あれから、ずっと。
思えばこの日がいつか来ることを、自分は知っていたのかもしれない―――。
「ほさか・・・っ」
三十数年の人生で、ここまで深く、心に侵蝕してくる人間はいなかった。
自分の太腿を強引に広げ、当然のように、その間に座り込んでいる男。
「弓ちゃん・・・?」
我がもの顔で、自分のいちばん恥ずかしい場所を蹂躙する、昨日までの友人。
後輩で、ライバルで、いつの間にか誰よりも信頼できる人間になっていた。
「・・・信じられない」
今日からは―――こうして、身体を重ねる相手なのだ。
くちづけ、セックスをし、拘束し、拘束される。
恋人という言葉では括りきれない、もっとずっと生々しい関係。
―――もう、後には引き返せない。
保坂に股間を押し広げられ、後孔を弄られ、そこで繋がるのだとさらりと告げられて。
男にとって、何よりも屈辱的なことをさせられているはずなのに。
・・・それを許している自分が、確かにそこにいた。
ただ、受け入れるだけではなく。
この男を喜ばせてやりたいと、思う自分が。
黒川は、深い息を吐いた。



「條一郎・・・」
思わずもれた声のか細さに、黒川は苦笑した。
「どうしたの?」
「・・・の、かな」
「え?」
保坂が眉をひそめた。
「セックス、してさ・・・」
「うん?」
「俺たちは、どうなるのかな・・・?」
黒川の揺れるまなざしに、保坂の頬がゆるんだ。
「弓ちゃん。それ、すっごい間の抜けた質問なんだけど」
笑って、黒川をじっと見下ろす。
「・・・変わるのが怖い、弓ちゃん?」
そう言いながら、指をもう一本、ゆっくり黒川の後孔に差し入れた。
「そりゃ、まあ・・・っあんっ」
粘膜がこすれ、濡れた音が漏れる。
「何にも心配すること、ないよ。ここにいるのは、弓ちゃんがよーく知ってる男でしょ」
「んあ・・・っ」
途端に、黒川が苦しげに喘いだ。
上半身を泳がせて、後孔を押し広げられる痛みに耐える。
「セックスして、変わらないほうが、おかしいと思うけどね・・・」
保坂がつぶやくように、そう言った。
二本の指がずるりと引き抜かれ、また、突き入れられる。
黒川の肛内が、その摩擦にふるえた。
狭い内襞が蠢き、保坂の指をぎゅっとくわえ込む。
保坂はねじ込んだ二本の指を、ぐっと深く突き入れた。
「あう・・・っ」
もう一方の手でなだめるように、濡れそぼったペニスを擦りながら。
クチャリ。
淫猥な音をたてながら、抽挿を繰り返す。



「もっと、ゆっくり・・・」
黒川の呼吸が荒くなった。
きつく閉ざされたままの瞼から、つるりと涙が伝わった。
「・・・痛い?」
「ったりまえ、だって・・・」
震える声で、悪態をつく。
「この歳になって、こんな・・・っ」
「弓ちゃん」
保坂は身体をかがめると、黒川にくちづけた。
唇が触れ合うだけの、小さなキス。
「痛いだけ?」
そのささやきに、黒川の瞳がうっすら開かれた。
涙のしずくで濡れた睫の奥の、ためらうようなまなざし。
「そういうことは、聞かないの」
吐息のようなかすれ声。
「・・・痛くたって、いいんだよ。おまえにされてること、なんだから」
苦しげに眉をひそめながら、それでも黒川は微笑してみせた。
「條一郎・・・」
キスをねだるような、甘い呼び声。
保坂は小さく息を呑んだ。
「英弓」
ざらついた声でささやいて、黒川にくちづける。
「ん・・・っ」
吐息を奪うような、熱いキス。
あえぐように、黒川の喉が鳴った。
「弓ちゃん・・・それ、殺し文句だよ。わかってる?」
ふっと唇を離して、保坂がそうつぶやく。
荒い息を至近距離に感じて、黒川は身体を震わせた。
「・・・口説き文句くらい、俺にだって言えるんだよ」
低い声で笑って。
黒川の両腕がそっと伸ばされ、初めて、保坂の首にしっかりとからみついた。




ましゅまろんどん
2 April 2006



2012年11月28日、サイト引越につき再掲載。